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零落の聖域  作者: 零度
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8_首輪

 荒れ果てた会場内は静寂に包まれており、天井の大きなシャンデリアだけが変わらず祝賀に輝いていた。


 飛沫。血が絨毯を染める。

 コリィは弾かれたように飛び退き、頬の傷を指で拭う。

「君は話し合いで全ての人間が分かり合えると思うかい」

 ハイドラは刀身に付いた血液を眺めながら言った。

「さあね。少なくともお前には通用しなさそう」

 息を切らす少年の白いコートは、あちこちが赤く滲んでいる。

「そう、君達とって僕のような人間は、言葉の通じない狂人でしかない」

 刃に指を這わせる。付着した血が掌を流れた。

「それじゃあ君達は、あらゆる人間の言葉に耳を傾ける努力を少しでもしているのか。していないだろう」

 挑発するように刀を向け、一歩前へ踏み出す。

「争いは悲しみを生むだけ、なんて戯言は勝者の理屈だよ。弱者は己の境遇に抗うことさえ許されない。だから僕はここにいる」

 ハイドラは両手を広げて歩き出した。

「君達君達って、一体誰と戦ってんだ」

 コリィが呆れたように言った。

「もう一度聞く。君は戦わずして全ての人間が分かり合えると思っているのかい」

 ハイドラは低い声で問うた。その距離を悠々と縮めながら。

「知らん。お前がどんな理屈を並べようと、人を平気で傷つけるような人間を野放しにしておく理由にはならないよ」

 コリィは静かにトレンチナイフを握り直した。

「じゃあ試してみるといい。用心棒さん」


 駆けつけた霧崎修司が見た光景は常軌を逸したものだった。

 ハイドラは既に敵を間合いに収めており、右手に握った刀を恐ろしいほどの緩やかさで上段に構える。それが振り下ろされるのを待つように、コリィはただ体を低く沈めていた。

 まるで処刑人と罪人が互いの定めを果たそうとしているような、異様な時間の流れが無音を支配していた。

 轟音。刃物同士が衝突した。

 コリィは刀身の峰に左手を添えて、その一撃を眼前で受け止めていた。さらに、鋭い下段蹴りで相手の足を刈りにいく。

 だが、それが空を切ると同時に、顔面に膝蹴りを受けてコリィは吹き飛ばされた。

 両手で受け身を取り瞬時に起き上がるコリィ。目の前にテーブルが飛来していた。

 それを真上に蹴り上げる。目の前に敵の姿は無い。

 高く飛び上がったハイドラは、宙を舞うテーブルごと斬り下ろした。


 円形の天板が踊るように回り、やがて二つに割れて倒れた。

 コリィは、ナイフと左腕で斬撃を防ぐように立っていた。だが、その肩から腰にかけてじわりと赤が広がる。

「動きが単調すぎる。君、同類とやったことないでしょ」

 ハイドラは敵に背を向け、切っ先から血の雫が滴る様を目で追っている。

「さしずめ、捨てられた元刺客ってところかな」

 刀を逆さに、雫を一粒、自らの舌の上に落とした。


 呆然とそれを見ていた老人は、我に返ったように口を開いた。

「た、助けなければ、早く手当を」

「あれは”手出しするな”の顔ですね」

 赤いドレスの女は、血まみれの少年と目を合わせながら言った。老人は耳を疑うように彼女を振り返ったが、女はただ前を見据えていた。

「手加減して勝てる相手じゃありませんよ」

 ぼそりと呟くような声だった。それは隣りにいる老人に対しての言葉ではない。


「わかってる。わかってますよ」

 コリィもまた、誰にも聞こえぬ声で返した。

 血に塗れたコートを脱ぎ捨てる。内側に着ていたブラウンのシャツもまた切り裂かれていて、そこから少年のものとは思えないほど発達した体格が浮かび上がっていた。

 霧崎修司はまたしても言葉を失った。

 拡張脊髄スパイナルユニット。頚椎から鎖骨にかけて取り付けられたその金属の部位は、まるで銀色の首輪だ。ハイドラやイオのものと異なり身体の外部へ大きく露出しているのは、それが旧式であるからに他ならない。

 さらに、その左腕には青い篭手が、重なり合う鉄の鱗のように肘から手首を覆っていた。

「…………君なのか…………ガントレット」

 ハイドラは目を見開いた。

「今の俺はガントレットでも狂犬でもない、ただの便利屋だよ。お前のことも知らん」

 コリィは指でナイフを回しながら言った。

「なんだよ……まるで過去を切り捨てたような…………その言い草は」

 ハイドラの声には、驚愕と、困惑と、怒りが入り混じっていた。まるで吊られた人形のように、よろめきながら敵へ歩み寄っていく。

「切り捨てちゃいないさ。忘れたつもりもない。気が変わっただけだ」

 ナイフを腰に収め、コリィもまた前へ歩き出した。覚悟を背負った力強い足取りで。

「失望だよ。失望した。君はもういないんだね。弱者のために、聖域のために、世界の全てと戦っていた、あの時の君は」

 掻き毟るように顔に手を当て、呪詛を吐くハイドラ。その両目だけが冷たく光っていた。


「やっぱり話し合いは無理そうだな。埒が明かない。悪いけどもう終わらせる」

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