4_最適化
最適化と呼ばれる非合法の人体改造手術がある。
脊髄に施されるその強化手術によって得られる効果は、身体能力・治癒能力の向上、痛覚の遮断、致命傷を受けた際の生命維持等、どれも本来人間が持つ機能を飛躍的に向上させるものであり、さらには――。
コリィは逆手に握ったナイフを目の前に突き出している。
普通のナイフではない。その鍔は、柄の頭までサーベルのように大きく伸びており、銃弾を受けた箇所だけが微かに黒く変色している。本人は無傷だ。
「見切ったり」
少年は不敵に微笑む。
生物学における反射は、熱や痛み等の刺激に対し無意識的に起こる動作のことを指すが、これを人為的に拡張させることにより、対象者は銃弾の軌道を瞬時に予測し、対処することさえも可能となる。これこそが最適化手術の真価であった。
人間を戦闘に特化させるこの技術を知る者は極めて少なく、たとえ裏社会に通じている人間であっても、それを匂わせる噂すら耳にすることは無いだろう。
間髪を入れずに、周りを囲む三人の男達が襲いかかった。
右。コリィは沈めた体をさらに低く滑らせ、槍のような蹴りを腹部へ放つ。
左。コリィは全身で跳ね上がりながら、顔面に膝を叩き込む。
背後。コリィは男の頭を両手で押し付けながらさらに高く上がり、体を捻りつつ踵を脳天へ振り下ろす。
三人はほぼ同時に音を立てて崩れ落ちた。
「さて、そろそろやめにしませんか。ご婦人の手当もしなくちゃいけないし」
着地したコリィはコートの襟を正しながら言った。
「まあそう言うなよ。お開きにするにはまだ早い」
刺青の男は銃口を向けたまま応える。
「あんたらが台無しにしたんでしょ」
コリィは平然と男に歩み寄る。右手にはトレンチナイフ。もし男が引き金を引いたなら、その瞬間に銃弾は弾き返されるだろう。
男は拳銃を放り投げた。少年の眼前に黒い鉄塊が迫った。
コリィはそれを手で払いのける。
だが、その一瞬の死角に潜り込むように男は間合いを詰めていた。素早くナイフを取り出し少年の腹部を狙う。
コリィは体を横にずらしながら左手で男の持ち手を掴み、刺突を逸らす。意識的に動いていては絶対に間に合わない速さだ。さらにコリィは自らのナイフのガードで相手の顔を打ち付けにいく。
男はこれを掌で受け止めた。ナイフごと握りつぶすように少年の手を掴んでいる。
「おっと、なかなか手ごわい」
コリィは前蹴りで男を押し返す。二人の距離が大きく開いた。
だが男は素早く体勢を立て直し、再びナイフを構える。
「その余裕ぶった面、気に入らねえな」
再度仕掛けるべく男が身を屈めた時。
その手からナイフが落ちた。
男は血に濡れた切っ先を見る。自分のナイフではない。それは己の腹部から突き出ていた。
「ほんと使えないね、君ら」
背後から囁くような声がした。
「ハイドラ……てめえ…………」
刺青の男は、うつ伏せに沈んだ。
そこに立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ少年。開いた襟からは白い肌が覗いている。
男を貫いたその日本刀を一振りして血を払い、黒の少年は言った。
「小さな用心棒さんにも、そろそろご退場願おうかな」
そして、邪魔者を排除すべく、ハイドラが駆けた。