パタつかせて自分達に出来る事
領域への襲撃。
それを知らせるヒメモリ氏の声を聞いた瞬間、俺はピンと来なかった。
はたして前世では平和ボケした国にいたせいか。それでもある程度はこの世界の殺伐とした空気を感じた事も――
「襲撃、ねぇ……正気かしら?」
困惑する俺が正気に戻るきっかけを与えたのは、ママ鳥の声だった。酷く冷たい声に俺はもちろん、メアリー達も怯えた様子で彼女を見る。
「フェニスよ。一応訊くが……何か恨まれるような事をしたか?」
「あら、ジョルト。私が誰からも恨まれていない聖鳥に見えて?」
「ふっ……ヒメモリだったか。状況の詳細を説明出来るかの?」
生まれて初めて聞く襲撃の報だが、大人達は落ち着いている。流石は魔王軍幹部と人類の英傑といったところか、息を整えたヒメモリ氏はジョルト師匠の言葉に、ふるっふーと頷いてみせた。
変化は一昨日、領域の境を警備する鳥がその変化に気が付いた。ふたつ隣の領域に生息する筈のゴブリンが数匹いたらしい。野良ゴブリンにしては装備が整い過ぎており、おかしいとは思っていたとの事。
一昨日では報告が遅いのではないか? 俺はそう感じるが、ママ鳥曰わく豚はよくちょっかいをかけてくるが危険な存在ではない、餓鬼はそれ以下なので半ば放置してよいと伝えていたそうだ。
そして昨日、別方面より爬虫族の接近を確認。ジャイアントスネークという、これまた南側にある領域ではいない種族を中心に北上しているとのこと。
最終的に北西に豚が約50匹と餓鬼が約150匹の部隊。南には爬虫族が数える程億劫になるレベル、少なくとも300の数が展開しているとの事。
「そんな……どうしてそんなになるまで放っておいたんだ!?」
数を聞くだけでも目眩を起こす内容にメアリーが声を上げる。俺も同感だが、大人達の反応を見るに何かあるのかと声にはせずにいた。
「メアリー、落ち着きなさい。この程度で取り乱してちゃ駄目じゃない」
「え?」
「そうじゃぞ、メアリー。儂も昔は似たような状況によく陥ったが……しかし、フェニスよ。どう見る?」
「どう見るも……消すだけよ?」
唖然とするメアリーを余所に、ジョルト師匠とママ鳥が言葉を交わして……その答えに今度はジョルト師匠が言葉を無くした。
簡単に言ってる辺り、簡単にやっちゃうのだろう、ママ鳥は。だけど、この襲撃が同時だという事を鑑みるに――
「ふたつの離れた領域にいる種族を同時期に攻めるように誰かが意図的に操っている、でしょうか……」
「うむ。クリムの言うとおり少なくとも偶然で済ませる程安直な問題ではあるまい」
「…………」
この子は唐突に俺の言葉を奪うのが好きなのか? いや、俺が先にとかみみっちい事は言わないけど。でも先に言うなよな。
だがそれだけではなく、この襲撃は同時だという事に重点を置けば警戒すべきは――
「っ!? どちらかが陽動という点も……でも、何が目的で……」
「うむ。一方でなく他方から来るのだから警戒するべきであろう。よく考えたな、メアリー」
「べ、別に少し考えたら判っただけで……えへへ」
「…………」
もう俺、寝ててもいいかな?
「目的なら、恐らく――」
不貞腐れて狸寝入りならぬペンギ寝入りをかまそうと決めた瞬間、遠くで爆発音が響いた。見れば遠くの森の一部から黒い煙が立ち登っている。おいおいマジかよ。
というか、あれは北西の方なのか、南側なのか。まずそれが判らん。
しかし、ママ鳥が驚きの様子を見せるに――
「フェニス様。東方より地龍一体の接近を確認しました。規模から大型と断定』
「大型地龍じゃと!?」
巣へと新たに飛び入る黒い影、カラスさんだ。報告を聞くや否やジョルト師匠も予想外だと声を挙げて黒い煙を睨みつけた。煙は濃く、大型地龍とやらは見えない。火災も起きているかもしれない。
改めて状況を整理しよう。北西からはオークとゴブリンの混成部隊。南からは爬虫族という多数の部隊。東から皆が驚いた地龍が来ているという。
俺の領域が完全方位されてピンチ。
ヤバいかな。ヤバいよな。
「……どうする? マザー」
「正直、私だけで被害無しで対処は無理ね」
「大型地龍はどちらが行く?」
「そうね、それは私が当たるわ」
先ほどと打って変わって緊迫感が伝わってくるのは、やはりその地龍と言うのが厄介なのだろう。耳を澄まさずとも領域の至る所から鳥達がここへ避難してくる声が聞こえる。
「……おかあさん。私も戦うよ」
「おれさまも!!」
「キシャー!!」
「マザー。俺達はどっちを相手にするんだ?」
「ソラ様……私もお供致します。主の為にお使いください」
「……主じゃない」
やはり、というか俺達も出るべき事態だろうな。カマキリ以来の大規模戦闘だが、今回は外部からの助っ人無しか。というかカラスはいつの間に来た。
「……助かるわ」
「フェニス様、これは恐らく私の――」
「クリム」
唯一、この戦いに消極的なクリムを呼び止めると悲痛な面持ちの彼女が此方を向いた。酷く狼狽えるような瞳をしっかり見据えて首を横に振る。
「今はもうそんな話をする段階じゃない」
恐らく、今回のこれは魔王選抜による影響で、他の候補者の手がかかっているのかも知れない。時期的にも合っているし。
だが、今更それがどうした。
「嘆くより先にやることがあるんじゃないのか?」
「ソラ様……」
いい加減に時間も惜しい。
例え、最弱だとしても……
そう考える俺の視界に、それは映った。
「カラスさん。あっちは方角的にどっちです?」
翼で示す。唯一、俺という存在が活かされる場所。
「南で御座います。主は南側の防衛に回るので?」
「なぁソラ。聞きたい事があるのだけれど、その方は……?」
「……後で話す。マザー、俺達は南側でいいか?」
「えぇ、あそこなら私も心配ないわ。ただ、爬虫族は毒があるから――」
限られた時間で各自の配置が決まり、指示が行き渡る。
東の大型地龍はマザーが対処、終わり次第に南へと。
北西のオーク達はジョルト師匠とメアリーとジョニーが。
メアリーとジョニーが撹乱し、ジョルト師匠が潰しながらで北から反時計回りに回るらしい。
そして南側、爬虫族を担当するのが俺、キィル、クリム、カラスさんだ。爬虫類は足が遅く、他の組が来るまで防衛が主となる。クリムが戦えるかは不明だけど。
ヒメモリ氏は伝令で飛び回り、逐一状況を各自に報告だ。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
大体の作戦も決まり、まずは巣から降りる為に全員がママ鳥の背に乗るなか、クリムが俺へと声をかける。
そう、唯一俺だけはママ鳥に乗っていない。背中には恐ろしくも頼るしかない圧迫感がある。時は一刻を争う為、自ら進言したが、今はちょっと後悔している。
「大丈夫だ。先に行ってるよ」
「ソラよ、無理だけはするなよ」
「ソラ、がんばって」
「さぁ、行くわよ」
それぞれから激励の言葉を貰うなか、いよいよ出発である。
「ソラ!! 私達も直ぐに行く……だからそれまで持ちこたえていてくれ!!」
最後の最後になって、叫ぶような声を挙げる一匹のひよこに、思わずして笑みが漏れた。
まったく、誰に言ってるんだか……たかが一度勝ちを拾ったくらいで……
「持ちこたえる? サクッと片付けてやるよ。終わったら再戦だからな? 次こそ泣かしてやるからな」
「っ……そんなフラグ臭いことを……!!」
フラグ? あぁ、確かに。でも吐いた唾は飲めんよ。後はやるしかないんだから。
ママ鳥に目配せ、力強く頷いた彼女が足で止めていたそれを離す。
ミルキーワームを使った発射装置。急激な加速感と共にミルキーバリスタが俺を空へと打ち出した。
向かう先は南方、風を切りながら俺は先にある湖へと向かった。




