パタつかせて謝罪
柔らかな日差しを受けながらの穏やかな昼食タイム。だというのに、ミミズを食む俺の前には果実に視線を落とすクリムが独白のような言葉を零す。
「わかってます……私という存在が忌むべきだというのは、産まれる所が違っていれば今こうして生きている事もなかったでしょう――」
カビ臭さすら錯覚する程のじめじめオーラを纏いながら呟き続けるクリムを余所に、キィルへと視線を合わせればプイと視線を逸らされた。おい、こっちみろや。どうすんだよ、俺はこれを聞き続けないと駄目なのか?
「もしかしたら、なんて希望を抱いた私が悪かったのでしょう……浅ましく烏滸がましい、認められない事でしか存在する事が出来ない私なんかが――」
「クリム? おーい、クリムさーん?」
「……はい」
意を決して声をかけたが、顔を上げたクリムに思わず背筋がゾッと寒くなった。
死んだような目とはよく聞くが、彼女のそれは比喩ではなく完全に光を失っている。返事こそしたが、果たして俺を見ているかすら解らない程に暗い目が俺に向いている。
そんなクリムへ、俺はなんと声をかけるべきか。視界の隅では無責任な芋虫が期待に満ちた複眼を向けている。こっち見んなと心中で罵倒の言葉を一言だけ告げ、咳払いをひとつ。
なんだっけかな。事の始まりは……あぁ、俺に避けられているとかなんとかだったか。
「確かにクリムが思った通り、俺はクリムを避けてる。まずそこについては謝罪しよう。昨日約束してたってのに、ごめん……」
「あ……」
確か、ステータスを見せた時にそういう扱いはしないって言ったんだよな。だけどこれはクリム本人がどうというより……
いや、この場合、下手な言い訳や否定はすべきではない。数多のエロg……ノベルゲーをプレイしてきた俺の生存本能がそう告げている。
だが、画面の向こうで病んでいらっしゃる御方々(おんかたがた)からの鬱エンドの数々と、そんな生存本能で生きた前世のプレイ実績を鑑みるに分の悪い賭けでしかないのはご愛嬌というもの。
「でも、それに関してクリムの外見だとか、種族は関係ないんだ」
「それでは、なぜ……? それにそんな事――」
「ちょっと待って」
微かに光が蘇り始める瞳に、俺は一度だけ辺りを見回す。
メアリーとジョニーは共に食後の休憩とのんびりしていて、こちらに気を向けている様子はない。ママ鳥とジョルト師匠も温かな日差しを受け、うとうとと微睡んでいる。
皆が穏やかな時を過ごすなか、俺だけがなぜかこんな状況に陥っているのか疑問を覚えなくもないが、自分で蒔いた種と諦めるとしよう。なにともあれ、クリムと話をするには丁度良いタイミングだという事だ。
「昨日、クリムがここに来た理由を聞いたよ」
視線を戻しながら告げた言葉に、居住まいを正していたクリムの目が微かに見開かれた。
「俺個人としては、ここでの生活を気に入っている。だから、それを脅かすような事態に繋がる事は歓迎出来ない。だから……避けていた。初めから言葉にしていれば良かった、本当にすまない」
「……そう、ですか」
どこか事務的に努める俺の声に、先ほどと違い、しかし再び落ち込む様子をみせるクリムに胸が痛くなる。
だけど、他にどう言えばよかったのか。後から浮かぶ最適解なんて意味がないのに、俺は思考を繰り返す。
「何にせよ、私はソラ様に御迷惑をおかけしてしまっていたのですね……申し訳ありません」
「いや、謝る必要はない。それに俺が避けていた理由はそれだけで……」
それだけで? それだけで、なんだ。
いったい俺は何を言おうというのか。
「これから、どうするんだ?」
思考も気持ちも複雑に入り乱れるなかで代わりの言葉をかける俺へと、クリムは困ったように笑顔を浮かべた。不器用なのかまったく上手く出来てない笑顔だ。
「わかりません……ただ、すぐに此処は出て行きますね? 私がここにいては――」
引き止めようと矛盾する言葉が飛び出すより先に、巣へと響く声があった。
「フェニス様!! 緊急連絡です!!」
「ヒメモリ、さん……?」
息を切らせて巣へと降り立つ見覚えのある鳩に俺は、俺達の視線が集まる。
「領域の北西よりオーク族及びゴブリン族、南方より爬虫族の集団が接近しています!!」
穏やかな昼下がり、それは突然に終わりを告げた。
頭部生え際拡張の為、結構間を開けました事をお詫びします。
そろそろ今章の山場になる予定。




