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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第一章 ペン里の道も一歩から
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パタつかせてノスタルジア

 

 空腹感に目を覚ますと、アホみたいに青かった空は地平の彼方へ傾く陽の光に茜に色を変えていた。視界いっぱいにどこまでも広がる空を見る度に、まるで自分が飛んでいるような錯覚に陥りそうになる。


 ……起きるか。うん? あぁ、俺ペンギンなんだった。


 知らない天井どころか知らない骨格な俺は、起き上がる事すら手間なのだ。


 しかし、それでも少しずつ要領を覚えたらしく、よっこいせと起き上がって辺りを見回す。ママ鳥はまだ帰って来ていないようだ。本格的に育児放棄を疑いそう。



「あれ、メアリー?」


 鳥の巣グラウンドの真ん中では、俺が寝る前から丸くなってる黄色い饅頭ジョニーがいるが、厨二病を(わずら)う体操ひよこのメアリーがいない。


 ……と、思えば。沈み行く夕日の方角、巣の端の方に彼女はいた。それと同時に、俺はまだ巣の外を見てない事に気がつく。孵化して、飯食わされて、遊ばれて、体操させられて、寝て、起きた。我ながら呑気なもんだな。殆どが受動的なのも如何なものかと。



 しかし、目算でメアリーまで200mはあるか。自身のサイズが不明だから自信はないが、それなりに遠い事だけは判る。やれやれ、なんだって赤ん坊ってヤツはこんなに体力がないかね。



 大声で呼ぶにしてもまだジョニーは寝ているようだし、えっちらおっちら歩いていく。どれだけの小枝で組まれているのか。多少の凹凸は目立つが歩けなくはない巣の上をひたすら歩く、歩く……ちょっと休憩。



「やべぇな。本格的に鍛えないと……」



 肥満体質を嘆くような言葉ではあるがそうではない。前世は運動がそれなりに得意だったのに、今では見る影もない。生後一日に求める内容ではないかも知れないけど。よし。



「やぁ、いらっしゃい。まさか、ここまで来るのに休憩を二回挟むとは思わなかったよ」


「見てたんなら少しは歩み寄るとかしませんかね!?」



 枝を杖にしようと思ったけど、このペンギンハンドは物を握る事において全く役に立たなかった。お陰でこの腹立つひよこにグーパンのひとつも出来ない。



「まぁまぁ、こうして頑張ったからこそ得られる物、見える世界もあるのだから……」


 どこか仰々しく言うメアリーは巣の外へと視線を戻した。



「それは、まぁな……」



 言われるまでもない。それ程までにこの巣から見える景色は産まれてすぐ見た空同様に圧巻と呼ぶに相応しいものだったのだから。



 燃えるような茜の空の下、山々の向こうに沈む夕日と同じ色に染められる森林はどこまでも広がり。一部だけぽっかりと空いた小さな湖が空を映す鏡のようだ。ぽつりぽつりと森が切り抜かれたような場所では花々が咲き誇っているのだろう。



「感想はどうだい? この世界の外から来た人よ」



 たっぷり間を空けて、メアリーはそんな問いかけをする。俺が景色を堪能しているのを邪魔したくなかったのか、それっぽい台詞を考えていたのかはさておくとして……


「なんか、人間がいない地球ってこんなもんなのかな、って思った」


人の手の入らぬ未開の地。まぁ、見たまんまの言葉しか出ないのは心苦しいが俺もそんなにたくさんの景色を見てきたわけじゃないからな。


「一応、言っておくが人間はいるらしいぞ? ただ、山の向こう側らしいが……」


 見ろ、と羽で指し示す場所を注視すると、確かに森のなかに細い線が走っているのが見えた。どうやらここは余程の辺境らしい。



「しかし成る程、人のいない地球……か」


「まぁしかし、ペンギンの生息域としてはどうかとも思うけどね」


「確かに、それならあの湖はいつか行ってみたいんじゃないかい?」


「そうだね。いつかママ鳥さんに頼んでみようかな」


「ママ鳥さん、か。あぁ、きっと快諾(かいだく)してくれるだろう」



 それからどちらともなく口を閉ざして景色だけを見ていた。ロマンチックな光景だが、それどころじゃないというのが正直な心境だった。



 俺はこれから人ではない生き物として生きていく。


人が作りあげた世界(しゃかい)から人の気配の薄い世界(しゃかい)で。



「異世界転生、か……」



それが今、不安となって俺にのしかかる。


 何が出来るのか、というよりもただ、何をしていいのか判らない。迷子という言葉が酷く似合っていた。



「さ、さっきはすまなかったね。同郷という予想外の存在にハシャいでしまったようだ」


「あぁ、まぁ気にするなよ」


俺の声色があまりに感傷的に響いてしまったせいか、メアリーはどこかぎこちなさげに話題を作ってきたようだ。


 互いに未知の環境、初対面で、距離感に戸惑うのは無理もない。


少なくとも彼女より人生経験は踏んできた自覚はある俺だが、彼女は俺という同郷がいない時期を過ごしていた。俺よりも早い歳で転生した彼女がどんな気持ちなのかを俺に推し量るすべもないが――



「あ、あの……ソラ、さんは……幾つで亡くなったん、ですか?」



 思考に沿うような不意な問いに、俺は隣に座るひよこを見た。仰々しさの消えた弱々しい声、その小さな身体の向こうで小さな尻尾が震えていた。




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