パタつかせて魔王選抜
簡単な質疑応答を交えながらも、カラスさんから魔王選抜の概略の説明を受けていく。
しかしながら、生まれ変わってから建設的で事務的な丁寧語での会話は久しいせいか、頭の奥がしんしんとした痛みが降ってくる。
ペンギンサイズの脳ではキャパシティが違うのだろうかという考えが過ぎる辺り、特に気にすべき問題ではなさそうだが。使えば増える、だからどんどん使おう。
ひとまず解ったのは、次の魔王はすぐに決まる訳ではないという事だ。
これは現魔王がまだ現役でいられる事と、ならば長い目を見るつもりで時間をかけてもすべきだろうという配慮からなる物だった。
ただし、現魔王を超える力を持っているならば、今すぐにでも世代交代が行われるという前提はある。クーデター上等というか、魔王という立場さえ弱肉強食とはね。その辺りは改めて俺のいる場所が、民主主義など微塵もない場所なのだと思わせる。
そんな世界で候補者という立場にいるクリムが、魔王になれるのだろうか。不意に魔王らしく勇者と相対するクリムの姿を想像してしまう。
幾多の苦難を乗り越え、仲間達と共に成長した勇者の前に立ちはだかったのは、白き翼を携えた女性……あまりに邪悪とはいえ困惑する勇者達へと彼女は言うのだ。
「え、と……よ、よく来ましゅたね……!!」
うむ……不覚にも萌えた。
閑話休題、選抜という事はクリム以外にも次代の魔王を目指す者がいる事に繋がる。先の妄想ではないが、どう考えても彼女に魔王という役目は荷が重いだろう。
聞けば現在の候補に挙げられているのは、クリムを含めた魔王の子供達である三名しかいないらしい。
ちなみにこの辺からカラスさんが熱烈とも言える勢いで是非とも俺も魔王選抜に加わらないかと執拗に推されたが、丁寧にお断りさせて頂いた事は割愛させていただこう。
ペンギンの魔王だなんて天使の魔王より質の悪い冗談だろ。
しかし、候補者が魔王の子供達、ねぇ。
家族経営の会社かよ、とも思わないでもないが少なくとも現状最強とされる魔王の子ならば弱い筈もないだろう……多分。
うん? そこを当てはめるとクリムは……? いや、それなら魔王軍幹部のママ鳥の子である俺は……
やめよう、この先の思考は誰も幸せになれない。
「大体の所は御理解頂けたでしょうか? 陛下」
「さり気なく陛下と呼ばないでください。しかしながら貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございます」
まだ選抜に名乗り出させようと考えてるのか。カラスがしつこいのはどの世界も同じかよ。心中で毒づきながらも、決死して表情に出さないように努める俺を知ってか知らずかカラスは深く頷く。
「いえ、こちらこそ。フェニス様では途中とも呼べぬ端から匙を投げるような説明を聞き、かと言えば長の子でありながら不明な点を恥ともせず即座に問う姿勢は素晴らしいと存じます」
「……それは、どうも」
買い被りだと言いたくても言わせてくれそうもない強い視線から逃れるように目をそらせば、いつの間にかママ鳥はリオーネを懐に抱いて寝ていた。
あー……
これはアカンな。買い被られるわけだ。
「あらかじめフェニス様からは殿下が他者からの話を聞かず……えっと、御自身の世界を大切にされる方だと聞いてましたので、僭越ながら不安に思っておりましたが……杞憂でしたね」
「あ、あはは……それはどうも。あと殿下じゃありません」
見え透いたオブラートに包まれた言葉なら初めから言わないで欲しいものだ。
確かにメアリーの長話や、ジョルト師匠の昔話は聞き流してしまう事もあるが、俺としても興味のあるなしだけで情報を得ようとしている訳ではないのだ。
そんな誰に対する言い訳か解らない事を考えている内に、まだ聞かねばならない事を思い出した。
「そういえば結局のところ、アマルテア様はこの極樹の聖域へ何のために来たのですか? どう考えても選抜とは関係ない事でもないのですよね?」
「それは……」
これまで、ほぼシームレスに答えてくれていたカラスがその質問で初めて言い淀む姿に、俺は居住まいを正す。
別にそこまで意表を突いた質問ではないのにも関わらずこの反応だ、まずはどんな言葉が返ってくるやら……
「実のところ魔王選抜の試験内容、その詳細は候補者にしか伝えられておらず……私見となる事は言えますが……」
成る程、不明なだけだったか。
次代の魔王となる者が他の領地を訪れる理由、か。ふむ。
「もしかしておそらく、ですが。自身が魔王となる事を支持する者を募る……そんな所でしょうか?」
カラスの私見に先んじる訳でもないが、俺は俺の見解を述べてみる。
いくら民主主義ではないとはいえ、前世の選挙を元に考えるならば該当するのはこうなる。
いかに次代の魔王とはいえ、現時点で今の魔王を越えられない。
ならば戦力となる仲間、手下を増やすのは道理。他の候補者に対するアドバンテージにもなる。あながち間違った視点ではないだろう。
そんな推測は果たして、カラスさんの見開かれた目を真っ直ぐに見据えて俺は現段階での答え合わせを求める。
「私も同じ見解に御座います。我が主」
「……主じゃない」
何も順当に考えるならば行きつく話なんだろうけど、どうしてカラスさんは目を輝かせているのか。
本来の領主が側にいるというのに、この発言は聞き流すべきだろうか。もう、面倒臭いからいいや。
ただ、この反応に自己の言動を省みる。
……少なくとも赤ちゃんペンギンが簡単とはいえ、政治的な事に説明を求めて質問し、大人と同じ見解を口にする。
うん、異常かな?
また、やらかしたのか。
「以前、この湖でソラ様の泳ぎを見た時から只ならぬ存在だと思っておりましたが、よもやこれほどとは……ソラ様ならば必ずしも世界を両翼に治められる存在となりましょう」
「やめて!! 俺は平和に過ごしたいの!!」
「つまり、平和を乱す輩は滅する。そういう見解ですね」
「そういう見解は貴方のなかにしかありません!!」
というか、あの湖レース見てたのかよ!! なんか今更ながらだけどこの鳥から危険な思想を感じるんですけど!? 恐っ!!
「では、御自身は飽くまでも如何なる戦いを求めない、と!?」
「……そうは言ってないですが、そういう極論は質問をする者の品格を落としますよ? 全てが白黒はっきりと色分け出来るような世界ではないでしょう。己の感性を押し付けるような言動も無礼でしかありません」
売り言葉に買い言葉ではないけど、正直辟易を越して苛立ちを滲ませてしまう。
「っ!? 肝に銘じます。平に御容赦ください」
気分がハイなのか、情緒が不安定なだけなのか。取り扱いに困る鳥だ……鳥なだけにな。やかましいわ。
両翼を伏せる最敬礼? ではないが、膝を付いて頭を垂れるカラスへ俺は心中で溜め息を吐く。
ちょっとアレな部分はあるけれど真面目なのだろう、そんなカラスをあまり責めるのも良心が痛む。
なので、大体ママ鳥のせいにしておこう。部下の教育は上司の責務だ。
「頭を上げてください。えっと、カラスさん?」
「カラス……? ソラ様はそう私を呼んでくださるのですか?」
今まで名を明かさなかったカラスさんの俺を見る目は、初めに見た知的な物ではなく、どこか無垢な幼さを思わせる物で……
あっ、これ、アカンやつや。
本能と呼ぶべき部分だろう。俺のなかの何かが危険信号を鳴り響かせたところで遅い。
「フェニス様。 私、暗部抜けますね!! これまで名を持たぬ私にカラスという名をお付けして頂いたソラ様の護衛隊長やります!!」
「な、ちょっ、まっ――」
「んー?……いいわよ?」
「良くないよ!? ほら、夜戦型暗殺部隊の隊長なんでしょう!? いきなり隊長抜けたら部隊のみんなが困るでしょう!?」
意味が解らん!! 俺はカラスをカラスと呼んだだけでママ鳥の部隊長をスカウトした訳じゃないのに!? 遅れてきた刷り込みか!?
「大丈夫ですソラ様。夜戦暗殺部隊は私だけしかいませんから」
「いや、それ部隊じゃないですよね!?」
「部隊ですよ、ほら」
取り乱す俺に対してカラスさんは落ち着いた様子で、その場をぴょんぴょんと飛び跳ねて…………うん?
「それにソラ様、私"達"が――」
ぴょんぴょん、ぴぴょんぴぴょん。
「「いれば何かと――」」
ぴぴょんぴぴょん、ぴぴぴょんぴぴぴょん。
「「「便利だと思いますよ?」」」
目の前にいるカラスさんが跳躍する度に、その姿がストロボ写真を見るようにズレていく。
いや、確かに便利というか――
「いや、目に悪いから止めて貰っていいです?」
「「「……あっ、はい」」」
ずずらー、と縦に並べたトランプを整えるようにカラスの姿が一つに重なる。ふぅ、危うく酔うところだった。
「つまりは写し身、分身。そういった所ですか。うーん……」
確かに便利だし、何かと助かる部分はあるだろう。でもなぁ。このカラスさん、事故物件みたいな匂いがするんだよなぁ。
「ふぁ……ソラ、そろそろ帰るわよ……」
「ソラ、ワタシモネムイ。オヤスミ」
「え、あぁ……おやすみ、リオーネ」
寝ぼけ眼のママ鳥は飽くまでもマイペースで、リオーネもまたふらふらと揺らめく軌跡を描きながら湖へと沈んでいく。いやいや、一応自分の所の組織図変わりそうになってるんだが……そんな調子でいいの?
「ソラ様、どうか……」
「ひ、ひとまず保留で、こういう大切な事は直ぐに決めるべきではないでしょう。前向きに検討はさせて貰いますが……」
「前向きに!? 成る程……解りました」
前世でこの言葉がどういった意味合いで使われるのか。果たしてカラスさんに理解して貰えるか。
うん、無理だろうな。
半ば逃げるようにママ鳥の背中に乗りながら、カラスが付いて来ると言い出さないかという不安でいっぱいになる。しかし、カラスは俺に控え目に手を振るだけで……逆に胸が痛い。コイツ、退き際を知ってるな。
「はぁ……ママ鳥、居眠り飛行はしないで、巣はゆっくり降りてね?」
「大丈夫よ。まったく心配症ね」
まったく安心出来ないから言ってるんだっての。
「それじゃ、クラスだっけ、またね」
「はい、フェニス様もお疲れ様でした。あと私はカラスで――」
穏やかな風をお越しながら飛翔するママ鳥の背に乗り、ようやくの一段落と安堵の息を吐きこぼす。
いや、一段落も何もクリムの件が判ったのに余計な問題増やす羽目になったとは。
「…………」
それにしても、クリムがここに来た理由がもしも本当に魔王選抜の為の支持、支援を受ける為だとしたなら。
俺は、クリムを…………
2023/3/11
加筆修正




