パタつかせて彼女の秘密
[アビリティ【芽】]
所持者の深層心理によって種から発芽した可能性。種以上に特殊なアビリティ/スキルを取得する事が可能になる。
相も変わらず、というべきか何とも具体性の欠けた説明に辟易しそうになるのだが……
そこは、まぁ、ひとまず劣化ではなく進化だ。つまり、良い事なのだろうと、そんな自己完結させることにしようか。なったもんは仕方ない。
そういえば種の時にはどんなスキルを取ったのか、ちゃんと覚えておけばよかったかな。更に特殊なスキルやアビリティを取れるようだし。
「ここでよかったかしら?」
「あぁ、大丈夫。よっと……」
懺悔タイムも程々にして、飛び続けていたママ鳥からもひとしきり話は終わったらしく、俺達は定番スポットとなりつつある湖畔へ到着した。
宵闇を星明かりだけが照らす青き湖は波紋ひとつなく、静寂と相まってどこか神聖な雰囲気を醸し出している。なんだか伝説の武器とか精霊がいそうな――
「フェニス。ソラ。ヨクキタ」
あぁ、そういえば妖精はいたな。
「ごきげんよう、リオーネ」
「おっすリオーネ、遅くに失礼するよ」
どこからともなく蛍火のようにふよふよと浮かぶリオーネから響く嬉しそうな声に俺達は言葉を返す。元気そうで何よりだ。少し大きくなった? 気のせいか。
「ソラ。話をする前にまず、先に謝らせてちょうだい」
ママ鳥からの話は、大きな頭をゆっくりと下げる事から始まった。いったい何に対する謝罪なのか、俺に続いて今度はママ鳥が懺悔タイムなのかと、俺が言葉を返すより先に一羽の鳥がママ鳥の隣に静かに降り立った。
「これより先の説明は私がします」
静寂のなか、凛と澄んだ声の主は……カラス? だよな、多分。
夜に溶け込むように艶を消した黒の羽に包まれた身体は、動かなければ宵闇へ隠れる事も容易に出来るであろう。
纏う雰囲気も品のある、というよりもどことなく冷たい鋭さを持っているように見える。前世で見たカラスよりもそこはかとなく知性を感じさせた。
鳩のヒメモリ氏や他の野鳥は見たことがあったけれど、自信を持って初対面だと言える程に目の前のカラスは覚えがない。
確かに鳩や文鳥がいるのだからカラスがいても何ら不思議ではないのだろうけど。
「えっと、貴方は……?」
少し気圧されながらも、それを悟られていようとも、毅然とした様相を心掛けながら俺は問いかける。
「お初お目にかかります。私は"魔王軍幹部"鳥族長フェニス様にお仕えしております。夜戦暗殺部隊を任されている一羽の鳥であります」
滑るような動きで身体を落とし、仰々しくも物騒な自己紹介を述べるカラスに、俺は目を瞬かせる。
そして、無言のままその視線を改めてママ鳥へと向けた。厨二病はともかく、初対面の鳥でコレは些かパンチが効きすぎではないか、と。ミリタリー系な鳥ですか?
「ソラ。隠すつもりはなかったけれど、実は私、魔王軍幹部なの」
「…………」
母鳥も大概なキャラだった。いや、まぁ、衝撃の事実なんだろうけど。
「補足説明させていただきますと、幹部とはいえ、その戦闘力におかれましては実質、凡俗な他種族の長とは比べるまでもなく、かの氷精女王と同じ……それ以上と思われます」
「そうね。でも流石にネージュを相手にするとなると私も無事では済まないわね」
「ネージュ様 ト オナジ? フェニス スゴイ」
「そう、凄いのよ私……ソラ。聞いてるの?」
「あっ、はい」
内容が濃いわぁ。クリムの事を聞く前から濃いわぁ。
しかし、そうか。この森一帯の領主とは知っていたけど、ママ鳥は魔王軍幹部だったのか。やっぱり濃いわぁ。
ママ鳥の職業を直接聞いたことはなかったと思うけど、魔王の娘なんてビックネームを連れてきた上に露骨に毛嫌いできるような鳥だし。うん、あまり驚きはしないな。
でも、そう考えると極樹の聖域って魔王軍の領地になるのか。
少なくとも邪悪なイメージが一片たりともないわけだが。
「……まぁ、驚くのも無理はないわ。そして、あの子の事なんだけど――」
「フェニス様。一応ながらアマルテア様の事をあの子呼ばわりするのはあまりよろしくないかと具申させて頂きます。その上でフェニスが此度の魔王選抜に関する説明を十全に出来ないということで此度はこの場を設けたというお話です」
副音声では聴き馴染みのあるカァカァ鳴くカラスに、一瞬だけヒメモリ氏と似たような苦労を抱える者の姿を垣間見た。
ごめんな、うちのかーちゃん鳥頭なんだ。
「あの、取り敢えずもう少し順序を追って説明してもらってもいいですか? ふたりだけでどんどん話を進められても、こちらは置いてけぼりにされるだけなので」
俺だけ場違いな感じになってきたので、少しだけ勇気を振り絞ってのお願いしてみる。一応ながら俺への説明と銘を打った場ならば尚更だ。
「あらあら、ごめんなさいね?」
「これは失礼を、ソラ様」
場の空気が悪くなるかもという懸念は免れたか。改めてと聞く姿勢を正してカラスさんへと俺は口を開く。頭の中では一旦ごちゃ混ぜになった知識は捨て置くとしてだ。
「まず前提となる話としてクリム、いやアマルテア、様? が魔王の娘であり、次の魔王になる試験のようなものを受けるって辺りは判りました」
どうにもあのコミュ障が魔王の娘と知っても様を付けるのに抵抗を感じてしまうのは……ママ鳥からの遺伝なんだろうか。いや、前世由来か。いや、どっちでもいいか。
「……ヒメが言ってましたよ。ソラ様はフェニス様から産まれたとは思えぬほどに賢いと」
「アイツ、ぶっ殺してやろうかしら」
ママ鳥、言葉汚い。まったく、そういう所だよ。子供が見てるんだぞ、リオーネという子供が。
では、とママ鳥を半ば置き去りで話を戻すカラスさんに、俺もこれ以上話の腰を折られまいと構える。
「大体はソラ様が仰った通りです。今回アマルテア様がこの巣へ来訪されたのは、次代の魔王領を統べる王を決める選抜に関わる事なのです」
「失礼、話の合間と判ってるんですがその辺りで幾つか質問をしても?」
「勿論、構いません。しかしながら、やはりフェニス様から産まれたとは理解しがたい程の礼節に驚きを隠せませんね。ですがソラ様、私のような下の者にそのような振る舞いは御容赦願いたく――」
俺も大概だとは思うけど、この鳥もなかなか回りくどい口振りをする方だと思う。あとママ鳥、話に入れないからって睨むな。仕事を委託した時点で余計な横やりを入れる権利はありませんので悪しからず。
「申し訳ありませんが、産まれて間もなく世情に疎い故、身分や立場に相応しい振る舞いを知りません。ですので気付きもなく失する礼もあると初対面の方とはこういった口調で話すようにしてます。どうか、お気になさらず」
人見知りと言えば聞こえはいいが、鳥見知りと言えばいいのか。ぶっちゃけて言えば、まだあなたの鳥と形を知らないので気を抜いて話す事はしない。と、これまた遠回しに伝えた訳だが……理解して頂けたようだ。
見開かれた目と微かに開かれたクチバシは一瞬だけ、器用にごほんと咳払いをひとつ、仰せのままにと言わんばかりに頭を下げてくれた。
これ以上食い下がってくれるなよという願いも籠もっているのも、解ってくれたらしい。なかなか頭の回るカラスだな。
2023/3/11修正




