パタつかせて発芽
自分が仕向けたとはいえ、よもや芋虫を飼う事になるとは……
ジョルト師匠の時もそうだったけど、基本的にこのペン生はまったく予想もつかないものの連続だ。果たして前世の時はどれだけの業を――
「さて、ソラ。ついてきなさい」
「……俺?」
中身の濃い一日もようやく終わりが見えて、後は寝るだけだというのに……今度はママ鳥からの突然の御指名である。
なんだろうか……と、考えてクリムの事かと思い至る。散々説明責任を果たせと政治家めいたことを言っていたし、粗方の事情はお察ししたけど確認も必要か。
「あの、お母さん。少し話が――」
「ごめんなさいね、メアリー。今夜はソラと約束をしていたのよ。また少し巣を空けるけど、お留守番頼める?」
「え? あ、うん。それじゃ、明日……」
「悪いなメアリー。今夜だけマザーを借りるぞ」
「……気にするな。私だって、子供じゃないんだ」
「ふふっ、あなた達は何時までも私の大切な子供よ」
相変わらずママ鳥相手には素になるメアリーの様子も気にかかったけど、俺も色々と手一杯になってきてる。
……いい加減に俺も優しく接してやりたいのにな。また湖に行ったりするのもいいかも知れない。
って娘との接し方が分からない父親みたいだと、なんとも言えない気持ちになるけど。
「キィ?」
「あぁ、ちょっと用事だ。ちゃんとジョニー達と仲良くしてろよな?」
「……キィ」
「そんじゃま。行ってくる。ママ鳥、くれぐれもゆっくりでね」
「もう、わかってるわよ。ちゃんと捕まりなさいね?」
ママ鳥の背によじ登り、手を振ってみせる。師匠もいるし、何も不安なんてない。
ただ、直前に見えたクリムの顔は、なんだかとても不安げに見えた。
そして、俺を乗せたママ鳥は……
巣から落ちた。
おぅ?
「℃$¢£%#&!!??」
全身全霊の力でママ鳥の背に捕まり、羽を咥えたクチバシから俺は声にならない声を挙げる。
どれだけ落下したのか、急に重量が重く俺にのし掛かり息が詰まった。どうやら、自由落下から滑空、飛行に移ったらしい。俺には出来ない芸当だ。滑空までは行けそうだが試す気はない。
「これなら余計な風も起きないし、嘘吐きにお仕置きも出来るわよね」
「心臓に悪いよマザー。それと嘘を黙認した時点で共犯だ、このまま逃避行するかい?」
やはり、バレてたか。しかしながら、なぜか上機嫌なママ鳥に俺は甘えるようにおどけてみせる。
「ふふっ、100年早いわよ坊や」
「……嘘吐いてごめん。師匠にも後で謝るよ」
「素直でよろしい。そうね……ジョルトはともかく、私には悪い嘘だけを吐かないでくれればいいわよ」
自分には嘘吐いていいのかよ。どんな教育だまったく……でも、そうだな。嘘はやっぱり良くないよな。どんな嘘でも。
「さて……あの子の話をする前に、そうね。ソラ、貴方の話を聞かせて?」
「俺の話? どんな事を話せって……」
「例えば、どうしてあの虫と戦わなかったの? 何でもいいわよ。普段はどんな事してるのかとか。ほら私、また最近巣にいない事が多いし……」
夜風に当たりながら、星空を見上げて、少しだけ自分を振り返る。何故、キィルと戦わなかった、か……
「キィルと俺とじゃ、打撃しか使えない事で相性も悪いし勝てそうにもなかった。メアリーの風も、ジョニーの力も通用しなかった相手だから、多分奥義を使っても分が悪い」
客観的視点を踏まえて並べても、結局は言い訳にしか聞こえない。それでもママ鳥は何も言わずに俺の言葉をちゃんと聞いてくれているようだった。
「もちろん食べるのに必要ならちゃんと殺すし、襲われるなら戦う。守る為に戦うのも構わない。強くなる為にだって……」
勝ち負けを抜きにした言葉と紡いでいき、自分の弱さに嘲笑してしまいそうになる。出来ない事を口にしたところで、俺には選択肢すら与えられていないのだ。
「やっぱり多分、怖じ気づいたのかな。メアリーへ助けに入ったのもジョニーだったし……俺なんかが動けたところで、何も出来ない」
気が付けば、弱音を零し、弱気ばかり吐いていた。悔しさも悲しさもなく、息をするように吐いて。
ぽてんとママ鳥の背中に仰向けで倒れながら、俺は言葉を、ママ鳥はただ聞いていた。
「あのさ、俺……ついに師匠の技を覚えたんだ。でも、最初だけで上手くいかなくて……もしかするとずっとママ鳥にも迷惑かけるかもなぁって……』
言葉は支離滅裂に、なんだか星明かりが眩しく思えて顔を翼で覆い隠す。身体を撫でる風はほんの少し冷たくて、心の内に留めた言葉達がほろほろと削り落ちていった。
「いいわよ。迷惑かけなさい」
どこまでも優しいママ鳥の声は、今だけはなぜか俺の胸に染みてこない。認められているのに……
「……俺、見た目はこうだけど人間なんだ。人間が転生して、母さんの子供として産まれたんだ」
なぜ俺はこんな事を言っているのだろう。
ジョルト師匠から気味の悪いという目を向けられたのに、ママ鳥からそんな目で見られたら、俺はきっと壊れてしまう。
だと言うのに、俺が言葉にしたのはきっと……
「……転生者でも、ニンゲンでも、貴方は私は――」
「たまには否定してくれよ。こっちばっかり無条件に受け入れられるのは、少し……怖い」
剥き出しの心のままで、ただ俺は俺の思う言葉を自分勝手に吐き出していく。欲しい言葉を貰えたくせにそれも嫌で、本当に、勝手だ。反吐が出るくらい。
「ふふっ、そう……怖い、かぁ」
それが母性なのか。俺には解らない。ただの癇癪にしては湿気り過ぎな癇癪に、ママ鳥は笑い声を漏らす。それが腹立たしいかといえば、湿気ったままの俺にそんな感情すら起きなかった。
「ソラは弱虫ね、臆病よ」
「……そうだよ」
「何でも考え過ぎで、何でも出来るし、何も出来ない、って思ってる。私よりも傲慢かもしれないわね。何様なのかしら?」
吐き出して空っぽで凪いだ心にママ鳥の言葉が染み込んでいく。肯定も否定もなく、その言葉だけが剥き出しの心を撫でていく。
「私には貴方の考えてる事の少しも解ってあげられないかも知れない。こんな鳥の私じゃあね?」
「こんなって、そんな事――」
「そういう優しい所が好きよ、ソラ」
心が震える音がした。
「弟なのにメアリーとジョニーのお兄ちゃんをしてる貴方が好き。弱くてウジウジして何とかしようとしている貴方がどうしようもなく可愛いわ」
ぐずぐずに湿気って崩れた心に、その言葉は熱をくれた。温かい熱を。
「弱虫で臆病で嘘吐きで大人ぶって何も知らなくて、そうして強くなろうとする貴方を私は愛しているのよ」
そんな事ないと心のどこかで返す声がする。
そんな事があるはずがない、と。
信じていいの?と心のどこかで別の声がした。
本当に信じても……
「そんな貴方が弱ってるのを、どうして放っておけるというの?」
「……そんなに弱ってるように見えた?」
不意に顔を覗かせた声へ静かに蓋をして、返した言葉は自分でも静かで幼かった。
「そうね。昨日の事もあったし、今朝もね。帰って来た時も、それに虫の……シィル? と戦おうとしなかった辺りでね」
「キィルね。そんなに見てたのかよ」
「そう、そんなに見ているのよ。ソラの事も、メアリーの事も、ジョニーの事も……だって大切なんだもの」
真っ直ぐに向けられる言葉は、やっぱり少し怖くて、だけど受け止めたい想いだった。
だから、信じるよ。
「母さんには勝てないよ。まったく……」
「えぇ、まだ勝たせてあげないわ」
どこかくすぐったい気持ちで、俺とママ鳥は笑いあった。笑いあって、胸が軽くなる。そんな単純な自分がおかしくて、また笑ってしまうのだ。
「……頑張るよ。これからも」
「えぇ、頑張って……疲れたなら、またこうして翼を休めなさい」
改めて仰ぎ見る空、瞬く星達だって今なら手が届きそうな気がした。
ダメでも、無理でも、俺には俺を信じる人がいるんだから。届かなくても、伸ばすくらいは出来るんだ。
[心理によるアンロック。アビリティ【種】が【芽】へ進化しました]
え……?
2023/3/11
フェニスとの会話加筆修正




