パタつかせてキシャー
秘密基地であり、クリムの寝室を破壊しない程度に静かに帰宅したママ鳥の姿は、誰がどう見ても悲しげだった。
それもその筈、ようやく仕事を終え、急いで帰宅してきた彼女を待っていたのは、おかえりなさいという温かい言葉ではなく、静かに飛べという罵声にも似た言葉だったのだ。しかも愛するであろう自分の子供達から。
俺もそんな言葉を浴びせた一員なのだが、ママ鳥の憔悴しきったとも呼べる姿に罪悪感と反省の念を禁じ得ない。
ちゃんとしたママ宣言した矢先にこの仕打ち、メアリーの間の悪さは遺伝かもしれん。
「お昼ご飯を用意してなかったから、せめて今夜はご馳走を、って思ってたのよ。私……」
「そ、その、フェニスよ。お前は何も悪くないのだ。なんと言うべきか、間が悪かったと言うべきか」
「あぁ、そうだよ。マザーは何も悪くなかった。本当に悪いと思ってる」
「ママ、ごめんね?」
ジョルト師匠と並び立ちながら、俺とジョニー、通称ママ鳥の着陸拒否事件の犯行グループはひたすら謝罪するばかりだ。
恐らくはジョニーの『ママ、かえってきちゃだめ』が一番ダメージを受けただろう。言われた直後にママ鳥が一度木の下ちかくまで落ちたし。
ちなみにメアリーとクリムのふたりは、あたふたしていただけで事件の関係性は薄いと無罪。しかも、メアリーに至っては我に帰ると同時に自身の翼で風をおこし、無風帰宅に貢献というファインプレーを見せた。
「お、お母さん。それが今日の晩御飯? うわぁ、凄く美味しそうなジャイアントキャタピラーだね。なぁクリム、そう思うだろう?」
「え!? あ、は、はい……!!」
話す相手によって口調を変えるなんて面倒な事をしているメアリーだが、彼女なりに強引でも明るい話題を作ろうというのだろう。クリムも黒い長髪がしっぽのように揺れんばかりに首を振る。
いや、クリムは虫の良し悪しなんて判らないだろ。無茶ぶりしてやるな。しかもクリムが食うかと言われたらノーだろ。見栄え的に。
「えぇ、恐らくは羽化が近い個体かしらね。こいつらは羽化前に栄養を溜め込むから、きっと喜ぶと思って――」
徐々に元気を取り戻すママ鳥の傍らで、それはぐねぐねと動く。少々ショッキングな見た目に日没過ぎの薄闇でもクリムが作り笑顔を引きつらせているのが判る。
なぜならばそこにはクリムの体より遥かに大きな芋虫がいるのだから。元々どこにいたかは知らないが、周囲を取り囲まれても抵抗の意志を見せつけようと、ぶよぶよの身体を起き上がらせ――
「キシャー」
…………。
「なぁソラ。今、鳴いたぞ?」
「あ、あぁ、鳴いたな。芋虫って鳴くのか?」
「儂も初めて聞いたわい」
メアリーはさて置き、この世界の住人であるジョルト師匠さえも知らない芋虫らしい。芋虫は尚も威嚇の姿勢を取っているようだ。
「そ、その鳴き声は!?」
「知っているのか、クリム」
いつの間にか、俺の背後へ隠れているクリムに俺は聞き返す。というか、可愛いペンギンの俺を盾にしようとは良い度胸だ。
「はい。あれほどの大きさと、鳴き声をあげる芋虫……恐らくは、リフレクションシルキーワームでしょう」
「おいしいの?」
「あ、味は判りませんが、気をつけてください。食べたら意外と美味しい魔物図鑑、食べたら危険な生き物図鑑では見たことはありませんが、珍しい魔物図鑑で見ました。無毒であり、気性は穏やか、しかし戦闘力は未知数としか書かれていない魔物です』
ツッコミどころ満載な図鑑名はさておき、気性は穏やかって、酷く荒ぶっていらっしゃるんですが。
「単なる虫でしょう? 何をそんなに大袈裟に……」
呆れながらママ鳥は芋虫を足蹴にする。ママ鳥にとっては足蹴にする程度の大きさだが、俺達にして見ればやはり大き過ぎるな。確かに、これだけのボリュームなら宴には持って来いと呼べるレベルなのだが……
「私が殺しても経験の無駄ね。メアリー、貴女がやってみる?」
「……うん」
今まで戦ってきたなかでも一番大きな獲物だったのだろう、ママ鳥からの御指名を受けたというのにメアリーのテンションは低い。芋虫相手に気圧されでもしたのか。
「メア、がんばれー!!」
「メアリー様、お気をつけください……」
「……そうだ。相手は単なる芋虫。私が負ける筈もない」
外野からの声援が聞こえないのか。反応ひとつせずに、メアリーはぶつぶつと何かを呟きながら相手に向き合う。俺達も避難避難っと。
しかしながら、リフレクション……ねぇ。
メアリーが戦いやすいようにと、俺達はその場から離れる。その間、芋虫はメアリーを完全に敵と認識したらしく、威嚇のポーズ。睨み合う両者に俺も固唾を飲んで――
「キシャー」
「っ!?」
芋虫が鳴き声をあげたと同時、メアリーが先手を取るべく動いた。首を縮めながら頭を振り上げて、その動作から来る攻撃を俺達は知っている。
メアリーの十八番となりつつある、風術を使ったクチバシの刺突、【風の一突き(ウィンドスナイプ)】だ。互いの距離は未だに離れていて、いかにクチバシを伸ばした所で届く筈もない。
そんな当たり前を否定するように強く響く風の音。不可視である筈の風が緑色の槍となって彼女から鋭く放たれ、芋虫の身体を貫く――
「なっ!?」
直後にメアリーが巣を転がるように、"それ"を避けた。
目標をしとめ損ねた緑風の槍が、巣を穿ち、傷を付ける。
誰もが声を失った。一番驚いているのは、メアリー自身だろう。
自らが放った一撃が、反射してきたのだから。
「キシッシィ!!」
「しまっ――」
対する芋虫は無傷なのか、先ほどのメアリーと同じ動きをするように頭部付近を縮め、真っ白い糸を吐き出した。でかい図体とは思えないコンパクトな挙動だ。
未だに体勢を立て直していないメアリーはそれをまともに受け、巣ごとからめ取られてしまう。あの馬鹿……
『反射する絹芋虫』
よくよく名前を考えれば、そのくらい判るだろうに。
2023/3/9修正
ここまでお読み頂きありがとうございます!!
糸に絡み取られるクリムが見たい方は残念。これ、アニマルモノなんだ←




