パタつかせて第一
「さて、紆余曲折はあったけど先程の話の続きといこうか?」
鳥の巣グラウンドは快晴、ぽかぽか陽気はジョニーだけでなく俺にも快眠の魔手を伸ばす。食う、寝る、泣くは赤ちゃんの仕事だ。起き上がれないし、今のポジションも収まりがよろしい。
よって俺は惰眠を貪りたい。寝る子は育つ。
うつらうつらと心地良い微睡みに身を任せるなか、視界の端からにょっきりと生えてきたのはメアリーの顔。その目はなんだか不機嫌そうに細められていた。
「キミというヤツはマイペースなのかな? せっかくの異世界転生だと言うのに色々知りたくはないのかい?」
あれこれとピヨつくメアリーだが、生憎その耳心地いい声とピヨピヨは子守唄にしかならない。勿論、返事には出さない。本音を吐くだけの口なんて世渡りに適さないんだからな、前世然り、人では無いペンギンになったのはちょうど良かったかもしれない。
ともあれ事実として、ある意味このひよこのメアリーよりもひよっこな新米ペンギンな俺だ。未知の部分を明らかにする事は必要不可欠なのだが――
「そんなに物臭そうな顔をするな。昔に絵本で見たナマケモノだってもう少し愛想が良かったぞ?」
「ちゃんと聞くって、こちとら0歳どころか生後一日目だぞ。英才教育もいいところだ」
よっこいせと腹筋の要領で反動をつけること数回。無事に直立姿勢に戻る事に成功した。ふふっ、やればできる子なんだぞ。重心の位置を意識する事に気づけばこの程度。
「ふん、野生の世界はみんなそんなもんさ。生きる術を産まれた瞬間から叩き込まれる。それこそ人類なんて丸ごとゆとりみたいなものだよ」
「随分と辛辣だね。なんか機嫌悪い?」
それと随分と悟られてるようだけど、前世が少女なら少なくとも年下な訳で、前世がおじさんな俺としては非常に複雑な心境なのです。
「キミが可愛いのが問題だね。正直、仕草がいちいちあざといくらいだ」
「いや、ひよこもいいと思うけど。話がのっけから脱線してるよね」
そんなに可愛いかな。鏡がないから判らないんだよね。あっ、しっぽ短い。ふりふり。うふ、かわいい。
「では実演を交えて話すとしよう。ペンギン体操第一ぃぃ」
「え?」
突然、そう言い放つメアリーが馴染み深い軽快で準備で運動のメロディーを口ずさむ。あぁ、何年ぶりだろうか。たまに聴いたけど全部覚えてるかな。
自然と釣られるようにメアリーの動きに合わせて俺もその動きを真似る。
その後、身体の構造上不可能な動きもあったり、転んだりしたけど一通りをこなした俺は再び仰向けに倒れた。体力ないな、さすがベイビーだ。
謎の達成感を覚えながら、荒い息を繰り返す俺の視界に再びひよこの頭が生える。心なしか彼女の顔も満足気に見えた。
「これが私のスキルだ」
「……いや、待とう。どういう――」
脈絡の所在が不明な話に言及しようとする俺に、メアリーは一歩下がって姿勢を正す。
まさか、お前……これは……
「ペンギン体操第一ぃぃ」
先程と全く同じ旋律を口ずさむ彼女に、俺の体は軽く痙攣する腹筋に鞭を打って立ち上がる。
"俺の意志を無視して"だ。
身体は最初の準備運動で温まっており、むしろ日差しと相まって暑いくらいだ。
あぁ、そうだ。あの遠い夏の日、誰もが並ばされ、その意味を見出すより先ににこの音によって、一様に支配された。あの暑い夏を思い出す……
第一なのに二回も踊らされた俺は、再び直立姿勢から仰向けに倒れた。もうヤダ、なんなのこの意味不明なひよこ。ぺーんぺんぺん。
「すまない。途中でやめる事も出来たんだが、健気に踊るキミを見ていたら、やめられなくて……」
「もう寝る!! 疲れたから寝る!! 話はそれからにしろっ!!」
憤慨する俺は、日陰を探して転がっていく。内心では三度目の第一が来る事を恐れながら。