パタつかせて継承
悩んだ時は身体を動かす。
この単純にして明快な理を最初に見つけた奴は凄いと思う。ただの現実逃避と嘲笑うような穿った見方をする人もいるかもしれんが、俺はそうは思わない。
バカ真面目に向き合っても答え出ないのであれば後回しでいいんだと。
それはさて置くとして、だ。
いつもであれば色々と取り留めのない事を考える俺だが、今日ばかりは稽古を始めた時のような初心に帰って望んでいた。
改めてジョルト師匠に対して向き合う事への礼儀、という事も大きい。だけど何も考えずに走っていたくなったというか。
踏みしめる足はどこか軽い……というよりも足元が走りやすい。
俺が産まれたばかりの時は凹凸だけでなく所々に鋭い枝が突き出ていた鳥の巣グラウンドも、今ではほとんど平らに均されていた。
気が付けばそれだけ走って、走らされて来たのだなと、妙な感慨があった。
ジョルト師匠から時折放たれる枝の襲撃を打ち払い、避け、ひたすらに手足を動かしながら、俺は前へと進む。
序盤は軽く飛んでくる枝だが、徐々にその襲撃はえげつないまでに姿を変える。
直線的な軌道は速度を上げ、折れ曲がった枝はまるでブーメランのように弧を描いて襲ってくる、その本数もどんどん増えていくのだ。
しかしながら、寝不足の身体が今は軽い。ついつい余計な思考が顔を覗かせるが、本当にどうしたのだろうか。集中、出来てる。
そろそろ走り込みも半周に差し掛かるが、今のところ、まるで疲れを見せない身体は自身の成長を強く感じるけれど――
ざわりと地肌に走る予感に左翼を振るう。直後、顔面へ容赦無く襲いかかる枝の横っ面を叩いて落とす。
続く二本目を振り返りながら右翼で打ち上げた時だった。
何故そう思ったのかは判らない。
別に理由なんてなかったのかもしれない。
あるとするならば、"いけそう"だったからか。
右翼でソフトに打ち上げた時、上手く勢いを殺せたらしく二本目の枝が俺の目の前にふわりと柔らかく放物線を描き、止まるのを見た。丁度、視線のさらに向こう側には枝を投げ放ったジョルト師匠がいる。
振り上げた右翼が弧を描いて、目の前にあった枝を打つ。すぺんっ!! と、音を立てて打ち返した枝は、当たれば痛そうな速さでジョルト師匠の横を通り過ぎた。
「あっ……えっと、すいません?」
ハッとして出て来た言葉は自分でもよく解らなくて、しかしなんだか今の面白いと思いながら――
【条件をアンロックしました】
「……え?」
久し振りに聞いた気がするアナウンスに思考が止まると同時、ジョルト師匠がこちらへと走ってきた。
やっべぇ……これは怒られるか!?
「ソラァァァァッ!!」
「ひぃっ」
流石に打ち返しちゃ不味かっただろうか。
雄叫びを上げながら走ってくる爺さんの姿は俺に恐怖しか与えない。それ程までに凄まじい勢いで走るジョルト師匠に、俺は逃げる間さえ与えられずに抱き上げられ……うん? 笑顔?
「よく、よくやったぞ!!」
「え、なにが……ちょ、師匠。なに!?」
どんなテンションなのか。胴上げかするように俺を上空へと放り投げるジョルト師匠に、俺はただ困惑するばかりだ。
「まさかこれほどまでに早く我が流派の入り口に立つとは、我が目に狂いはなかった!!」
「落ち着いて師匠!! 爺さんに頬擦りされてもこれっぽっちも嬉しくないし!! てかまだ走り込みの途中――」
「そんな寂しい事を言うな!! 愛弟子の成長を喜ばぬ師匠がどこにおるというのだ!!」
とはいえ、流石にはしゃぎすぎた自覚はあったらしい。ようやく下に降ろしてくれたジョルト師匠だったが、その顔は喜色満面といったところか。昨日まで放置気味だったり、あんな目をした癖に随分と都合のいい……いや、それは忘れる事にした筈だ。俺が自分でそう望んだというのに……
「それで、何がそんなに嬉しかったんです?」
自己嫌悪からか、少しばかり冷めたような口調の俺をジョルト師匠はどう捉えたのか。咳払いをひとつ、表情を引き締めて俺の視線の高さへと腰を降ろす。
何気ない仕草だが、俺と同じ目線で話をしてくれるジョルト師匠のこういう所は非常に好ましく、本当に尊敬に値する人だなと思える。
「今、お前は我が拳術の極意、そのひとつを見出したであろう?」
「…………」
ただ、払いのけた枝を叩いただけですが? 勿論そんな答えを求めているのではないと思考を巡らせる。そして、あのアナウンスの事を思い出した。ジョルト師匠の奇行もとい喜び方が凄すぎて聞きそびれたんだが……
「師匠、ちょっと待ってくださいね?」
「お、おぅ」
どこまでも冷静な俺に、師匠は大人しく頷いてくれた。あれ? 見間違えたかの? なんて呟きながら首を傾げるお茶目なジョルト師匠を余所に俺はそっとその言葉を発した。
「アンロック ステータス オープン」
キュイクィキュー。と告げる言葉に従って、俺のなかで開示される文字列。あまりに現実離れしたこの現象がなんだか好きになれないからか、あまり見ることはないが俺はその文字列からジョルト師匠の言葉の意味を探す。
名前:ソラ
種族:ミニペンギー
レベル:3
心 B
技 E
体 F
魔 F-
アビリティ
【ふわふわボディ】
【格闘術】
【種】
【タフネス】
【滑空】
【水泳】
【水中機動】
【祈祷の心得】
【気配察知】
スキル
【グリアルド拳闘術<A>】
【逆水平チョップ<T 2nd>】
【集中】
【ビーク<T>】
【受け身】
【水中機動<T>】
【超集中】
称号
【神*呪%>◎℃】
【神の祝福】
【凶極鳥の寵愛】
【ペテンペンギン】
【チョッパーロード】
【無謀なペンギン】
【泳ぐ者】
【拳聖グリアルド拳闘流 一番弟子】
そっか、まだレベル3なのか。子カマキリが経験値なかったとはいえ、1ヶ月も経ってまだレベル3かぁ……泣ける。というかバグ称号消えないな。
これもあるからあまり見たくないんだけど、俺は見慣れないステータス欄のなかに更に見慣れないスキルを発見した。
アビリティやスキル、照合が取得順に並んでいるにも関わらず、俺が愛でる逆水平チョップスキルツリーの上に鎮座する文字列。そこに意識を集中すると詳細が判明した。
【グリアルド拳闘術<A>】
拳聖グリアルドから継承される武芸スキル。森羅万象の流れを司りし、攻防一体の流派。
継承済み武芸
【流転】
……るてん?
その文字を確認した瞬間の感情は、言葉にする事が出来なかった。
「お、おぉ……師匠!? し、しししょぉ!?」
「ほほっ、その様子では間違いではなかった……お、うぉぉぉっ!!」
「やったぞ、やったぞぉぉっ!!」
ひしっと抱き合い、俺は身体と心の内から震える程の感情のままに声を上げる。
流転。それは確かに師匠が使っていたスキルの名前に間違いなかった。
「う、えぁぁぁっ!!ししょぉぉ!!」
「うあぁぁっ!!」
そう、ジョルト師匠が編み出した受け流しの技が、俺に宿った。
その事実に俺達はひたすら声にならない声を上げるのだった。昨夜とは違う色の心のこの震えは、嫌いじゃない。
2023/3/4修正




