パタつかせて悪魔と天使
お待たせしました
「それでは、私はこれで……」
伝令というある種、鳩らしい役目を終えたヒメモリ氏は一礼と共にその場を去るべく翼を広げた――
「あ、お疲れ様です」
その時、ついつい社畜人もとい社会人時代の癖か、口をついて出た俺の言葉に、ヒメモリ氏は少しだけ驚いたように目を真ん丸にする。そんな姿に昨夜の出来事が胸騒ぎを呼び込んだ。
今更ながら、あまり子供らしからぬ言動は控えたほうがいいのだろうか。
ここは転生者という存在が認知されている世界であるらしい。その上で転生者への風聞がよろしくない、というのはジョルト師匠の反応で火を見るより明らかだろう。
いつもながら考え過ぎる癖があるのは自覚しているけど、過ぎた楽観視は盲目でしかなく、愚かでしかないのだ。
「ソラ様はどうぞそのまま、どうか御健勝で……」
鳩豆ショックから立ち直ったヒメモリ氏は両翼を巣に付けて深く一礼する。
よく見かけるその動作は、やはり敬礼の類いなのだろう。いくら俺がママ鳥の子供だとしても、子供相手にそんな仰々しい対応をされるとどうにも座りが悪いのだが……慣れるしかないか。
今度こそ巣を飛び立ち、深く生い茂る森へと降りていくヒメモリ氏を見送りながら、深い溜め息をついてしまう。
今後の身の振り方を考える必要があるのかどうか、なんてどう考えても幼いペンギンの悩みじゃないと俺はせめてもと苦笑するのだった。
◇ ◇
「それで、キミらはいったい何をしてるのかな?」
ひとが悩みを解決出来ずにむしろ量産しているというのに……
少しばかりの苛立ちをのせた視線の先、そこにはクリムと押しくら饅頭宜しくなふたりの姉兄がいた。
「い、いや。ソラ、これは違うんだ!!」
「はふぅ、ふわふわですぅ……」
「リムのはね、つるつるー!!」
いったいどんな経緯を辿ればこんなゆるふわな光景が出来上がるのか。ジョニーの言うリムとは?と思ったがメアリーをメアと呼んでいる所からクリムのことだろう。
俺を混ぜてくれなかったのか……ではなく、まったくもって呑気だな。歳相応というべきか、俺も多少肩の力を抜いて見習うべきなのかもしれないな。
何はともあれ、すっかり仲良しになったようだ。クリムも何の気なしにふたりに触れ合っているところからこの辺は心配ないようだ。
こういったスキンシップなんて手段、外見はペンギンとはいえ、中身は十分におっさんと呼べる俺には寝ぼけでもしないと出来ない芸当である。
「あ、あの……ソラ様もよろしければ――」
俺の視線をどう受け取ったのか。だらしなく弛んだ口元を引き締めたクリムが、まったくどうしてそんな発言が出来るか俺には皆目見当もつかないわけであって……
しかしまぁ、なんだ? そんな風に勇気を振り絞ってくれたクリムに対して果たして断ることは失礼ではないか? ならば、俺も子供らしく振る舞うべきかという迷いに対する答えも又、見つけられるのではなかろうか。
心の中の悪魔が俺に甘い言葉で揺さぶりをかけてくる。
しかし、同時に俺の中の天使が囁くのだ。
――やらずに後悔するくらいなら、やっちゃいなよユー。
常に争うであろう悪魔と天使が手を取り合い導き出した答えを、果たして誰が否定するのだ。
見せてもらおうか、異世界の美少女天使の性能というモノを――
「やはり、今日くらいは修行もナシかのぅ……」
微かな風に消え行く程の囁きが耳に届く。同時に胸へ去来する何かが、俺に語りかける。
「……これから師匠と稽古があるんだ。悪いけど」
「そ、そうですか……」
クリムがここで、今日は休め。とか言っちゃう子じゃなくてよかったと思う。どう見ても言わんけど、俺の心中は血涙必死だがな。
「……ざんねんです」
そうと決まれば、今日も師匠と的当てゲームだ、ちなみに的は俺な。うん? クリム、何か言ったか……? ふむ、気のせいか。
ともあれ、心機一転。あれこれ悩むより身体を動かしてる方が精神衛生的にも良いだろう。
「それじゃ師匠、今日も宜しくお願いしますっ!!」
美少女からのうふふな誘いを断った俺が得た物、それはパァッと花咲く爺の笑顔だった。
なんか、解せぬ。
2023/3/4修正
数年振りの有名温泉街なう。
アニバーサリーでイルミネーションをやってるという事で湯巡りついでに行ってきました。
ひとりで。




