パタつかせて気まずいモーニン
フェニスさんちの一日の始まりは基本的に太陽と共にある。日が昇れば起き始め、沈めば寝始める。そのリズムが狂った本日は、それはもう酷い有り様だった。
我が家の年長者が揃って寝坊するという稀有な事態となったわけだが。しかしながら、寝るのが遅かっただけかと言えばそうではない。
「あ、お母さん。ジョルトお爺ちゃん。おはよう、今日は随分と遅かったね?」
「ママ、おじい。おそい!!」
「あ、あの……フェニス様、ジョルト様。おはようございます」
「えぇ、おはよう」
「うむ……」
異口同音に告げられた挨拶達に、ママ鳥もジョルト師匠も揃って苦虫を噛み潰したような顔のまま声を返す。
そして、その視線が同時に俺へと向く、明らかに昨夜の事を気に掛けている、そんな何とも言い難い視線である。
まぁ、そう思ってる俺もまた、このふたりに対して気まずく感じる部分はあるのだ。ママ鳥はまだいいのだが、ジョルト師匠に対しては……どうしたものか。とにかく出来る事からだよな。
ぺたりぺたりとゆっくり歩み寄り、ママ鳥をおずおずと見上げると、ママ鳥もまたどこか不安げな目で俺を見ていた。
「おはよう、ふたりとも。あの、マザー? 昨日は、その……俺、言い過ぎたよ。生意気だったよ、反省してる」
「……いいのよ。私こそ、みっともなかったわね」
ほぅ……と、どちらともなく漏れた吐息は穏やかで、互いに安堵であり、安堵なのだろうか。事情を知らないメアリーとジョニーは首を傾げているが、これは俺達の秘密にさせてもらおう。別に話すような事じゃないしな。
「それとソラ。ジョルトの事なんだけどね?」
「よいのだ、フェニス。誰かから情けをかけて貰ってどうにかしてもらうような話ではないのだ。許して欲しいなどと、虫のいい話ではないのだ……」
朝日に照らされながら、懺悔にも似た言葉を並べるジョルト師匠の姿は、昨日よりもずっと歳を取ったお爺さんのようにも見えた。
「師匠。昨日言った"お願い"、忘れてませんよね」
果たして、覚えてくれているだろうか。今この場で改めて口にするには、メアリーがいる為にデリケートな話なわけだが。
「"目をせぬ"、じゃな……拳に誓って、絶対に忘れぬよ」
よかった。きちんと覚えていてくれたらしい。同時に配慮した言葉で返してくれたのだが、改めて昨夜を思い出させる言葉でもあったせいで胸が小さく痛んだ。そんなにデリケートな心はしてなかった筈なのにな。
「じゃが、改めて言わせてくれ。本当にすまなかった」
「っ……はい、賜りました。では、今この時をもって普段通りの師匠でいてください。それが、俺の願いです」
逸らしたくなる弱さに耐えながら、ジョルト師匠の目を見つめ返す。不意に震えた身体に喝をいれて見たその目はまだ普段とは違って、何かを思う目のようではあったけど、昨夜と違うとだけは判る。
「だが、それでは――」
「過ぎた事より、これからですよ。師匠」
普段通りと言った手前、少なくとも俺もジョルト師匠も、昨夜より前とは互いの心境は変わってしまっただろう。それが禍根となるかは、お互い次第なのだ。師匠と慕い、弟子と慕ってくれている今だから、はっきりさせよう。
「……お主も酷な奴じゃの」
「御自分で蒔いた種でしょうに。まぁ、稽古で下手な手心を加えてくれないようにだけ、お願いしますよ?」
「ふっ、安心せい。反省の意を込めてしっかりしごき抜かせてもらうのでな」
はい、地雷踏んだー。また余計な事言ったー。
でも……ようやく、らしい顔をしてくれるようになったジョルト師匠に俺としては及第点といったところか。しかし、反省ってこの場合どっちが反省になるのだろうかね。
「ソラ、おはなしおわった? ジョニー、おなかすいた。あっ……おれ!!いまのなしー!!」
「ふぅーん。何やら昨日、私が気を失ってから何かあったようだが……私たちは蚊帳の外のようだ。ジョニー、私達は先にご飯にしようか。クリムはいいのかい?」
「…………え? あ、申し訳ありません、朝食の準備ですか?」
「準備というか……何をしているんだ?」
「え、あの、皆様の朝食を掘ろうと思ったのですが――」
あっちが立てばこっちが立たぬか。へそを曲げたメアリーが、ジョニーとクリムを引き連れて場を後にした。
まぁ、ある意味で好機か。天使がひよこの後をついて行くという微笑ましいような不思議な光景のなか、遠ざかるクリムの背を見送りつつ、頃合いを見て俺はママ鳥へと静かに手招きして耳を貸して貰う。
「マザー。後でクリムの事、聞かせてくれるか?」
「クリム……? あぁ、あの子の事ね」
流石に一日に満たない時間で割り切れるものではないらしい。やはり、クリムを見る目に嫌の混じるママ鳥に俺は心中でそっと溜め息を零した。まぁこっちはこっちで及第点、かな。
2023/3/3修正




