パタつかせてオワタ
目覚めは、はっきりと言って最悪だった。
原因は分かり切ってる。過労と寝不足だ。
前世から数えれば久方振り、生まれ変わってからでは初めての夜更かしは、まだ幼いペンギンの身体には酷だったようだ。もう夜更かしはしないぞ。お宝探しはするかもしれんが。
「ったく。もう、朝……かよ」
柔らかくもあり、鋭くもある朝の日を理由もなく恨めしく思いながらも、どうにか二度寝の甘い誘惑を鉄の意志で振り払う。
脳味噌の代わりに鉛でも詰め込んだように思考も重たい、身体も油の切れたブリキのように軋んだ音すら聞こえる気がした。
なんとか……そう、とにかく自力で起きなければ、メアリーによる強制体操が始まってしまうのだ。そんな最悪の目覚めは御免だと――
「あ、あの……ソラ様、起きていますか?」
そんな時、睡魔に抗う為にジタバタともがく俺の耳へと届く声があった。
聞き慣れたママ鳥とも、メアリーとも違う女性の声だ。柔らかく優しい声ははて……?
未だに眠りの海に沈んだままの脳味噌を頼りない力で絞り、考えては再び思考が睡魔に引きずり込まれる。
誰だっけ。
払うそばから微睡みに霞む思考を働かせつつも、俺は声の主へと視線を向ける。
「あの、おはようございます……」
「…………」
鮮やか青空を背に、白銀の煌めきを纏う翼を持つ黒髪ロングの美少女が、困ったような顔で俺を覗き込んでいた。
……なんだ、夢か。
結局、二度寝してしまったらしい。こんな絵に描いたような美少女に名前を呼ばれるだなんて俺と言う奴は……ふっ、最高かよ。
「ご、御就寝の所でしたら申し訳ないのですが……ソ、ソラ様?」
「んん、あぅあぐ……」
ずりずりと巣を這いずりながら、座る美少女の膝の上へと到着。羽毛越しに感じる柔らかくて、優しい温もりと香りをひたすらに享受する。もう少し肉付きが良くなるといいんだが構わん。贅沢は言わん。
夢ならば、覚める前にと、膝枕。
うむ、素晴らしい句が出来た。しかも、まだ目が覚めないとか。御褒美タイムは終わらないとか最高だよ。
「ふふ……極楽とは、ここにあったか……」
「え、えと……その……起きてますよね?」
「起きるわけがあるかよ。起きてたらこんな夢のような時間が味わえようか。いや、味わえまい……」
悲しくなるくらいの喜びに打ち振るえながら、美少女の顔を下から見上げる。すると、どうだろう。少し照れたように困ってる青い瞳に俺が映る。
降り注ぐように微かに顔にかかってくる黒髪が擽ったくて、それがまた心地よくもある。流石、夢は解ってる。出来れば豊かな双丘が視界を遮ってもいいが、今は贅沢が過ぎるか。
「よ、よくわかりませんが……ソラ様の身体もすごくやわらかくて、温かいですね」
ゆっくりと伸びる美少女の指先が、俺の頭を優しく撫でる。恐る恐るといった触れ方ではあったが、それがまた極上のタッチでもあるように俺を深い夢の奥へと誘う。うむ、よきに計らえ。
「あぁ、これはヤバいな。心地良いって、まさにこんな感じなのか……」
「ふふっ……あ、申し訳ありません。ソラ様の羽根も心地良いです」
小さく笑う声に、この陽だまりの柔らかさを持つ美少女の笑顔を見逃してしまったと気付き、夢ながらも悔やんでしまう。
でも、いいんだ。欲を張れば夢など淡雪より簡単に消え、覚めるのだから。なんと儚きことだろうか。
「ソラ、なにしてるの?」
ぴよっ、と響く鳴き声はよく聞く声と共に。あれ、おやや?
「あ、えっと、ジョニー様、で……その……よろしかったでしょうか?」
「うん? ジョニーは……じゃなくて、おれはジョニーサマじゃないよ?」
「え、えっと……?」
「えっと、ううんと……あっ!! きみ、おれ、しらない……おっけー?」
紛うことなきジョニー節というか。何故だろう、酷くヤバい気がする。え、なに?
「お、おっけー? あ、あの……わ、私の事は、その、クリムと……お呼びくださいませ」
「……そのくりむ? よくわかんない」
「ク、クリムです」
「くくりむ?」
「……私の名前は、クリム、と申します」
「くりむ……クリム……おっけー!!」
なんだろうか。この酷いやり取りは。
幸か不幸か、俺の目が閉じたまま交わされる会話のお陰で、スッキリ眠気は退散してくれた。なぜだろう、どうして眠気は俺を置き去りしていくのか。一緒に夢の一時を過ごした仲だというのに。
「おれはなまえ、ジョニー」
「あ、はい。……え?」
「うん?」
「……い、いえ。解りました、ジョニー様ですね?」
「ちがうよ?」
「……え?」
誰か止めてやれよ。このふたりのやり取りを、さ。本当、なんなのこれ。
ママ鳥とか、ジョルト師匠とか、メアリーでもいいから助けてやれよ。いや、来るな。この状況を見るな。なんなの俺。どうしたらいい?
「ジョニー様は、ジョニー、という名前なのですよね?」
「うん、おれはジョニーだよ」
「…………」
しかしながら、と思う。
コミュ障は頭が残念かもしれないけど生真面目なのか、苛立つような様子もなく繰り返される問答に付き合っているな、と。
ただ、様という呼び方を辞めればいいだけの話だといい加減に気がつけばいいだろ。阿呆なのか。まったく、可愛いから許されるから救われるが――
「……ソ、ソラ様ぁ。申し訳ありません、起きて頂けませんか?」
「そうだ。ソラ、おきて」
よし、起きよう。いや、俺は今起きたばかりなのだ、それ以前の事は記憶にない。オッケー。その手で行こう。名残惜しいがそうとなれば、早くこの天国の膝枕から離れよう。そして、可能ならまた寝ぼけよう。
「うーん。よく寝たな――」
「何をしてるんだ、ソラ……?」
やぁ、おはよう、メアリー。
あー、なんというか、ね?
終わった。
2023/3/3修正




