パタつかせて虚しくて
走り始めたジョニー最強列伝と共に、俺は俺でペン生における壁に直面していた。
「ほれ、もう一周追加じゃ」
「鬼爺め……痛っ」
「聞こえておるわ。とっとと走れぃ」
しくしくと痛む横腹をさすりながら、俺は家でありグラウンドでもある巣をぺったぺったと走る。本日も快晴、本日も走り込みだ。昨日も一昨日も、その前も、その前もだ。
そう、俺はまだ一度も走り込みをやり遂げられずにいた。
この修行と呼ぶかどうかすら危うい基礎鍛錬を始めた当初こそ、やる気と気合いに満ち溢れていたような気がしなくもない。しかし、今となってはすっかり心が折られてしまいそうだ。来る日も来る日も変わらず枝をぶつけられる始末――
「っと。危ねぇな、っと……」
内心で愚痴りながらも側頭部へ飛んでくる枝に対して身をかがめ、直後に腰を狙う枝を飛んで避ける。
まったく、親切丁寧な口調の温厚ペンギンの俺だったはずが、最近に至っては完全にやさぐれモードだ。イワトビペンギンみたいにツンツンヘアーになってグレるぞ。
いや、あんなチャラついたペンギンになってたまるか。
えっほえっほと走り込み、途中にジョルト師匠から枝の強襲を避け、叩き落とす傍ら、はたと思う。それは俺は将来、どんなペンギンになるのかという事だ。
うん、強そうなペンギンがチャラついたヤンキーなせいで可愛い路線しかいけない。
「それならそれで……おっ、そろそろ自己新記録じゃないか?」
だだっ広い巣の外周、勿論落ちない程度を走るのだが、これまでは大体半分で直撃を受けていた。それが今回に至ってはどうしたことだろう。残す所、あと四分の一くらいだ。どうした師匠、いつもより弾幕薄いんじゃないのか。まさか虎視眈々と隙を見つけるべく――
「ジョルトお爺ちゃん。この技の繋ぎなんだけど――」
「ほぉ、そう動くか。だがそうなると――」
「そもそも見てない!?」
まさかの放置に驚く俺だが、それが不味かった。
俺を見ていないジョルト師匠の横顔。その口元が微かに笑みの形へと変わった瞬間。本能が危機を察したのか俺の羽毛も、ざわりと逆立つ。
目を向ける事なく素早く振るわれる右手から飛ぶ枝。その数、四本。空気を貫かんと迫るそれぞれが当たれば激痛モノだ。これはあかん、完全に虚を突かれる形となった。
「間に合、えぇっ!!」
なりふり構わず身体を丸ごと投げ出しての緊急回避は間一髪、ザクザクと突き立つ枝を確認するより次弾が来る前にこのまま駆け抜けて――
すこん。すこん。
「…………」
"頭上"から落ちてきた枝の幾つかが俺の頭に優しくヒットした。
「甘いぞ、ソラ。動きは悪くはなかったんじゃがの。ほほっ」
「うむ、惜しかったじゃないか」
「……うっせぇ」
どうやら先の四本は頭上へと投げた枝に意識を向けさせない為の偽物だったわけか。それだけで充分な奇襲だというのに、タヌキめ。ぐぬぬ。
「おじい!! ジョニーも、じゃなくておれも!! あそぶ!!」
「うむ。今日はどうするかの?」
「えっとね、がつがつするのがいい!!」
「お主はそればかりじゃな。ソラ、休憩じゃ。流石にみんな纏めて見られぬよ。ほほっ」
ひとがやる気を出したらこれだ。
チャラヤンキールート待ったなしだぞ。
「おじい!! はやく!!」
「やれやれ、"弟子はひとりで良かった"のじゃが……」
ジョニーに急かされるまま構えるジョルト師匠だが、ボヤいたような言葉とは裏腹にその表情が喜色に染まっているのを俺は見逃さなかった。
そう、奇特なことに後継者不在により消えゆく筈の拳聖グリアルド拳闘流の門を叩く者が俺以外にも出たのだ。
「悪いとは思ってるよ。キミだけの御師匠様だったのにね」
「べ、別にそんな風に考えてないし勘違いするなよ」
言葉通り、すまなそうなひよこ顔で寄ってくるメアリーへの返事にしては、咄嗟とはいえあまりに出来の悪いツンデレになってしまい、余計に決まりが悪くなってしまう俺だった。
改めてジョルト師匠と良好な関係を作る事に成功したメアリーがこうなるのは、ある意味予想通りで、そうなればジョニーがついてくるのも予想通りなわけだが……
「どーん!!」
「ぬっ!! そぉい!!」
今や体格的にはジョルト師匠より大きく成長したジョニーが、そのアドバンテージを十全に活かすべく黄色の巨体でタックルをぶちかまそうとする。
……が、ジョルト師匠は直線的に突っ込むジョニーに対して避けるのではなく、ぬるりと滑らかな動作で攻撃を受け流す。直後、逆にジョニーの身体が宙を舞い吹っ飛ばされる。
体格差を鑑みると明らかに不自然な光景だ。軽トラに近いサイズが突っ込んで来たというのに平然と受け流すんだもの。
「もっと深く腰を落とし、一気に来い!! もう一回!!」
「おっけー!! もっと、だから、ここから、こうで――」
器用に身体を捻りながら着地するジョニーだが、ジョルト師匠の助言を受けてからの動きが早かった。黄色い饅頭のような身体が、一瞬だけ潰れたように深く沈み込んだかと思えば――
「こうっ!!」
ズドンッ!! と鈍い爆発音と共に後方へ吹き飛ぶ枝は、踏み込みの力が起こした副産物に過ぎない。
とんでもない勢いでジョルト師匠へと突撃するジョニーに言葉を失う。隣にいるメアリーから間の抜けた声が聞こえたから、コイツも予想外だったのだろう。
「そうじゃ!! よぅしっ!!」
しかし、そんな馬鹿げた速度でさえもジョルト師匠にとっては想定の範囲だったらしい。見て取る事さえ許さない程の腕捌きでジョニーに触れるか触れないかといった所で、黄色い饅頭は打ち上げ花火よろしく上空高く吹き飛ばされた。
「うっわー。あれでも駄目かよ」
「うむ、流石は拳聖といった所か。しかしジョニーもよくあれほど……」
あ、ようやく落ちてきた。誰がキャッチするんだろうかね。多分、普通に落ちたなら怪我しそうだ。
「メアー!! とめてー!!」
「だってよ?お姉ちゃん」
「さて、御指名だ。手際良くやろうか」
突然の無茶振りであるにも関わらず。フェニスさんちの姉ひよこは落ち着いた物腰でいる。
ただ、翼を一振り。それだけでジョニーの真下から"緑色の風"が渦を巻く。
「本当、どいつもこいつも成長したもんだな……」
「何か言ったかい? 実はこう見えて少しばかり無理をしているんだ。後にしてもらっても?」
「お気になさらず。救助優先でよろしく」
返事の代わりに小さな竜巻がにょろにょろと伸びて落下するジョニーを捕まえる。便利なもんだなと思うが、竜巻に呑まれたジョニーは当然――
「ぐるっぐるぐるっ!! メ、メアー!! やだこれーー!!」
「ほほっ、痛い思いをするよりはマシじゃろ。しかし、良く上達したものじゃて」
「……そ、そうかな。えへへ」
「どれ、では先程の連撃を試してみるかの?」
「はいっ!!」
「メアー!! これ、とめてー!!」
落下速度は激減したけど。気持ちはまるで脱水機にかけられる衣類だろう。まさかいつかの仕返しでも計画しているのか。まさか、な……
そして、次はメアリーが相手らしい。これは昼過ぎまで休憩、かな。
「……まったく、ホント、やさぐれペンギンになるっての」
何ともいえない気持ちで空を見上げ、久し振りに空を飛ぶ練習でもするかと翼をパタつかせる。なんだろうかね、ちょっと虚しい。
メアリーの組み手の後、再びジョニーの番となった瞬間。俺は不貞寝する事に決めた。
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