ペンずるより産むがやすし 13
妖精に名前を付ける。
その響きにロマンを覚えないかと言われればキッパリと俺は答えるだろう。
超覚える、と。
最初会った時には面倒を見ることに難色を示した俺だが、恐れ多くもネージュさんという精霊を知って考えが変わった。自分を育てるのに手一杯なのは変わらないけどね。
この水の妖精とやらを育てれば戦力になるのではないか。そういう考えが生まれたのだ。打算で結構、水ならばペンギンの俺とも相性が良い筈だ。決して悪いようにはならないだろう――
「お母さん? もし良ければ私がその子の名前を付けたいな……だめ?」
自分へ言い訳をしている内に先手は切られていた。直球気味であり、小首を傾げて問いかける辺り、自分の武器を良く理解していらっしゃる……!!
「えぇ、良いわよ。どんな名前にするの?」
「えっと、まだ良い名前は考えてなくて……」
ママ鳥の眼に魅力されたようなハートマークを幻視してしまう。かく言う俺も別にいいんじゃないかと思った程だ。
危うく騙されるところだった。俺に先んじる余りに肝心の名前を考えてなかったとは、だが焦っているのかチラチラと俺を見るメアリーにいつまでも主導権は渡せない。
日頃の厨二ひよこを思い出せ、こんな厨二に任せたら水の妖精だからアクアちゃんとか、前世由来のアニメから拝借してキラキラネームにしてしまったり、これから育つ妖精の将来に甚大な影響を与えてしまうだろう。
そして幾年か経ち、大人となった妖精は他の妖精から『ぷぷっ、あいつ。あの見た目でアクアって名前なんだぜ?』と陰口を叩かれるんだ。
……いや、ここは異世界だし普通だな。むしろアクアちゃんの何が悪いのか。
「メア、なんのおはなししてるの?」
「あぁ、今からあの妖精さんに名前を付けてあげるんだ」
俺が悶々としつつ混乱し始めた頃、名前を考えつかないメアリーへ思わぬ伏兵が現れた。
「じゃあ、ジョニーもかんがえるー!!」
「……え?」
元気良く翼を広げて参戦して来たジョニーは、メアリーにとって予想外の存在だったのだろう。
もちろん、俺も無い指を咥えて見ているだけではない。この機を逃せば浪漫が終わる。
「そうだな。せっかくだから"みんな"でこの子の名前を考えてあげようか」
「っ!?」
穏やかな笑みを貼り付けて俺はゆっくりとメアリーの隣に立ち、参戦権を何気ない顔で獲得する。すると、どうだろう。やはり俺の参加を危惧していたであろうメアリーがこちらへと驚いたように目を剥いていた。
「みんないっしょ!? なかよし!?」
「あぁ、仲良しだね。なぁ、メアリー? まだ良いネーミングが出て来ないんだろう。お前が妖精の名付け親になってみたい気持ちもよく解る。だけど、ここはみんなの意見も聞いてみるというのも手だと思うぞ?」
「あぁ、そうだな……」
ひと息に畳み掛ける言葉に、メアリーは一瞬だけ鋭い目で俺を睨む。ふははっ、知っているぞ。この流れで断れる貴様ではないという事に!! 出る杭は打たれるのだよ!!
こうして、先手を譲る事にはなったが結果的にそのアドバンテージは無くなり、命名会議が始まった。
◇ ◇
「ごはん!!」
「なんだ? 夕飯ならもう少し後に――」
「ちがう!! なまえ、ごはん!!」
「「却下」」
「ゴハン、ヤダ……」
いの一番に声を上げたジョニーに、俺達は一糸乱れぬ結論を下した。見てみろ、水の妖精が察して怯えてるじゃないか。
はい、次。
こほんと咳払いをひとつ。メアリーが、ならばと口を開いた。
「アクアとかどうだろうか? 清らかなる水の妖精をイメージしてみたんだが――」
「却下。アクアなんて安直過ぎる。そもそも水だから水に因んだり、清らかだっていう固定概念が駄目だと思うんだよね。水はみんながみんな清らかなだけじゃないと思うんだ。それこそ川ひとつ取っても流れが速かったり緩やかだったり、様々な顔を持っている。それともなにかな? メアリーの見ている世界は全てが単一の存在だけで出来ているのかな? それなら俺はこれからメアリーやジョニーをひよこと呼ばなければならない。もしくは鳥だ。つまり、水だからアクアってのはあまりに没個性的だと俺は思うんだ。勿論例外はあるが――」
「そこまでフルボッコにする事はないんじゃないかな!? キミは私の事が結構嫌いなのかい!?」
「そんな事はない。ただ、なんだろうな。間が悪いというか……」
「ならば、そう言うキミはさぞかし良い名前を思い付くんだろうな?」
俺もアクアが良いかなと思ってたとか言えないよ。うん、悪かったよ。
じりじりと迫るメアリーに圧されるように俺も視線を逸らす。何ともいえない気まずい沈黙のなか――
「リオーネ」
その声は、俺もメアリーもまったく予想していない所から響き渡ってきた。
「リオーネというのはどうじゃろう?」
伏兵現る。それまで一切の気配を見せなかったジョルト師匠が顎髭を擦りながら言葉を繰り返したのだ。
「リオーネ。イインジャナイ? サスガ、ケンチャン」
「お褒めに預かり光栄と言っておこうかの」
「ちょっと、ジョルト……」
最高権力者も、いたく気に入ってしまったようだ。ママ鳥だけは珍しく空気を読んで俺達に決めさせるつもりだったらしく、咎める視線を投げかけていた。俺のなかではメアリーだけが唯一の障害だと思っていたのだが……
「リオーネ? リオーネ!!」
「ほほっ、この子も気に入ってしまったようじゃの。いやいや、すまんかった。ソラが"みんな"の意見も聞くと言っていたから、つい……」
そう言いながら意味ありげに笑うジョルト師匠。その周りを嬉しそうな声を上げて飛び交う光の粒、水の妖精を見て、俺とメアリーは同時に溜め息を吐いた。
トンビに油揚げかっさらわれる狐とはこんな感じかね。
毎日更新と言った矢先に1日休むというアホは私です。
アクアは、ね。
ほら……ねぇ?
リオーネは以前に活動報告の募集から使わせていただきました!! 感謝!!




