パタつかせて実食
※グロ描写あり注意
「呪いとはいえ、それもまた貴方の大切な一部……"ソラ"。今日からそれが貴方の名前よ。この青く広がる空のように大きく、飛び立てるようになりなさい」
「……はい」
[個体名称【ソラ】に決定しました]
とは、ママ鳥からの御言葉。
今日からも何も前世からその名前なんですけどね。あとペンギンだから飛べないんですけどね。えぇ、口にはしません。空気読めますから。世界的にも決定したらしい。
「でもね? 慌てて大きくなろうとしなくてもいいのよ? メアリーも、ジョニーも、ソラも……大切な私の子供なんだから」
そう言ってママ鳥は大きなクチバシで優しく俺達の頭へキスをしてくれた。絶妙な力加減のそれには嫌悪感など一切なく、純粋に嬉しく思う自分がいる。
でけぇな。身体だけじゃなくて、心もでけぇや。ちょっとアレな所もあるけど、それを差し引いても我らがママ鳥は立派だった。
「あの、ママさん?」
だから、というわけではないが、俺は意を決して訪ねてみることにした。
「なぁに? ソラ。ママさんなんてちょっと寂しい呼び方ね」
「えっと、じゃあ……おかあ、さん?」
フランクさを求められたのだろうけど、自分のなかではどうしても改めて口にした言葉がしっくり来なかった。
「ふふっ、メアリーやジョニーみたいに貴方の好きなように呼びなさい? それで、なぁに?」
「えっと、俺はふたりと違ってこんな身体だけど……」
子供として、見てくれるのか。続く言葉を隠したのは自分の心のズルさか。
醜いアヒルの子ではないが、聞かずにはいられない事だった。
ひよこの姉と兄? に対して俺はペンギンなのだ。疑問に抱かずにはいられない。
一度だけ合点がいかなかったのか首を傾げつつも、少しの時を置いてママ鳥は断片的な言葉でも察してくれたようだ。
「……そうね。私もソラの姿が違う理由は分からないけれど、ソラが私の子供なんだっていう事は解るわ」
「それは……って、そぉい!?」
ママ鳥が優しく俺のお腹をつつく。優しくともその力の前に俺は呆気なく仰向けに倒されて擽られる。ちょっ、そこはらめぇっ!!
「ソラを育てたい。そう思ってるから貴方は私の大切な子供よ」
「……そっか」
つまらない事を聞いてしまったらしい。広い青い空と大きなママ鳥の顔に、俺は少しスッキリした。笑い転がされたからかもだけどな。
[称号をアンロック【凶極鳥の寵愛】を取得しました]
……きょうごくちょう?
「さぁっ!! ごはんにしましょうか!!」
「ぐぅ!! ごはん!!」
「おかあさん、今日は何?」
「…………」
完全にヤバい何かを聞いた気がしたけれど、俺は何も覚えていない事にした。
「うまっ!! うまっ!!」
「ちょっとジョニー!! ちゃんといただきますしてからでしょ!!もうっ!!」
我に返ると、いつの間にかご飯が始まっていたらしい。異世界ペンギン生活初めてのご飯だと気付けば好奇心と空腹感が湧いてくる。初めてのご飯はいったいなにか――
「……マザー? あれはいったい?」
二匹のひよこが足元にある何かをつついて食べているのが見えるのだが……
偶然にも破片が俺の足元に飛んで落ちてきた。
黒に近い深緑の甲殻はビクンビクンと未だに生の残滓に縋り付くように痙攣している。あーーーーーー、うん。そうね。そうよね。
「あれは、デスマンティスの幼体ね」
「…………オゥ、デスマンティス、デスカ」
明らかにRPG中盤から後半にいそうな名前の生き物ですね。それが晩御飯なのか。食べたら強くなれるのかな?
だから……その、なんだ?
カマキリを、食えと?
生まれたてのペンギンって、カマキリ食えるの? 知らんけど。まぁ、鳥だしな。
そういえば……俺、異世界転生って聞いて楽しみな事があったんだ。
綺麗な幼女ママの授乳とかさ。綺麗なメイド乳母とかほら、合法的にさ。そういうシーンってあるよね。見せられないよ的な。
「あぁ、ソラにはまだデスマンティスは早いわね。こっちにいらっしゃい?」
「……はーい」
現実から目をそらし、俺はママ鳥に咥えられながら移動する。とりあえずカマキリ食ではないらしい。どんな味なのかは気にならないでもないけど。
まぁ、虫よりは鳥の授乳の方がマシだよな。あれ? 鳥ってミルク出るのかな?
「ちょっと待ってなさいね?」
丁寧にゆっくり俺を降ろして、ママ鳥は巣の一角にクチバシを突っ込んで、"何か"を俺の前に置いた。
びったんびったん。
採れたて新鮮なそれは俺の目の前で一直線な体をくねらせてはね回る。
「マザー? これはなに?」
びったんびったん。
人であれば不健康そうな白い肌は、陽の光にてらりとした反射で返す。
「ミルキーワームよ。栄養満点で消化にもいいのよ」
「へぇ……」
びったんびったん。
肉厚そうな体は果たしてどんな感情を抱いているのだろうか。
そして、俺は今どんな顔をしているのだろうか。
「…………」
間違いはない。
確かに間違いはないだろう。
だが、だがな。
「ミミズは、ミミズはイヤダァァァァッ!!」
五体倒置の一心不乱。ジタバタと小さな身体を目一杯に暴れさせて俺は抗議する。視界が滲むのも無理はない。号泣だ。赤ちゃんだもの。仕事だから泣くのなんて恥でもなんでもない。
「うふふ。駄々をこねるなんて可愛い」
「せめてミル○ーがいいよぉっ!!」
ワームを取っただけなのに危うい名前になったけど。ママの味がいいのぉぉっ!!
「仕方ないわね。ソラ?」
「虫系とかマジで……がっ!?」
ママ鳥から名前を呼ばれ、視線が重なった瞬間。俺の身体はまるで金縛りにでもあったように硬直した。
「ワガママ言う子は、めっなんだから」
低めの声で諫めるママ鳥は、おもむろに真っ白いミミズを咥えて咀嚼する。ぐっちゃぐっちゃとミンチにされるミミズを見せ付けられながら、俺は泣いた。ひたすら泣いた。
滲んだ視界がやけにスローに見えた。
ママ鳥のクチバシから垂れた真っ白いミルクのような何かが、金縛りによって動けない俺の開けっ放しの口に入って……
おや? うめぇ。
その日から、俺は文明的な意識のひとつを捨てた。
ミミズって虫なのか。
ここまでお読みいただきありがとうございますぺんぺん。