ペンずるより産むがやすし 11
先程までは俺達をじわりじわりとなぶり殺すように迫っていた子カマキリ達だったが、どうやら司令塔はその方針を変えたらしい。
ざわざわとひしめく子カマキリ達は一纏まりに集合し、ジョルト師匠へと津波の如く押し寄せる。
だが、俺もメアリーも危険を告げる言葉を声にする事はなかった。
なぜならば。
「ソラ、刮目せよ。これが我が流派が至る所の一つよ」
視界を埋めんばかりに迫る緑色よりも遥かに、その背中が大きく見えたからだ。
確信に近い予想と期待が、現実へと姿を変える。
「【拳聖グリアルド拳闘流 弐ノ掌】」
子カマキリ達が織り成すさざめきよりも遥かに小さな呟きだが、確かに俺の耳に届いた。
最早外す事の出来ない視線の先に映るのは、四指を鉤爪のように曲げ、天に伸ばしたジョルト師匠の右手。どういう原理なのか、手の周囲の景色が陽炎のように揺らめいて見え――
「【滅】ッ!!【爆】ッ!!【爪】ッ!!」
捉えきれない速度で振り下ろされたであろう右手の向こう側で鈍く響く爆発音が、一拍遅れる形で聞こえた。
効果はまさに劇的。ジョルト師匠を飲み込まんと迫る津波が真ん中から粉々に消滅し、左右へと崩れ落ちて――
「【眠る氷棺】」
残された両端が集団を保てなくなるよりも先、白く輝く光の束が全てを丸ごと飲み込んだ。一瞬だけ頬を撫でる冷風と聞いた事のない誰かの声。
耳が痛くなるほどの静寂の後に残されたのは、子カマキリ達の塊だったであろう"透明な"氷の山だ。
瞬間冷却なんて代物じゃない。姿形をそのままに全てを氷にすげ替えられてしまっているのだ。しかも、それは子カマキリ達だけ起きた変化であり、木々の一本は疎か、足元にある苔には霜さえ降りていないのだ。
いったい――
「いったい、誰がこれを……」
頭上から漏れたメアリーの呟きが、期せずして俺の思考と重なる。いや、これがママ鳥のやった事ではないと理解するならば当然の帰結なのだろう。
「ヨユウ、ヨユウ。ラクショウダネ」
果たして疑問に対する答えだったのだろうか。聞き覚えのない声の主が、俺達の後ろからジョルト師匠の隣へと飛んでいく。
頭からつま先までを青みがかるほどに白く染め上げた羽根を持つ人型の誰か。ジョルト師匠の二の腕程しかない体躯を持つそれは、まさしく――
「妖精……?」
頭上のメアリーさんは、思考を翻訳でもしてくれてるのだろうか。だがしかし、癪ではあるが彼女の言葉こそ、俺が考えつく答えだった。
だが、その存在が放つ圧力は湖にいた水の妖精とは比べるべくもないほど強大だ。
「これが人魔大戦の時ですら表に出なかったとされる『完全氷結の氷精王女』の力の一端か。よもや御伽噺かと思っておったが……」
「ケンチャン。ワタシ、フリナントカジャナイヨ?」
「これは失礼を。ネージュ殿……して、ケンチャンと言うのは――」
「ケンセーノニンゲン、ダカラ、ケンチャン!!」
「お、おぉ、な、成る程……」
子カマキリ達の氷像を前に何やら話し込むふたりから、蚊帳の外にされながらも必要な情報が伝わって来た。
「メアたちをいじめるの、ジョニーゆるさないから!!」
と、そんな嬉しい事を言いながらようやく駆けつけたジョニーが、爪とクチバシで氷像をガツガツと砕いていく。
「つめたい!! つめたい!!」
「ソウダロウ、ソウダロウ。ツメタイダロウ」
いや、それはもう誰がどう見ても死んでるんだけどね。俺達を思ってくれるのはありがたいんだが。
そして結局、ママ鳥はどこにいるんだろうか。障壁を張ってくれてるからには近くにいるんだろうけど。それはさて置くとして、だ。
「なぁ、メアリーさんや」
「なんだい、ソラさん」
どこか懐かしすら感じるやり取りに一瞬だけ心が擽られる。だが、しかしである。
「いつまで俺の上に乗ってるの?」
「あぁ、すまない……やはり、ペンギンに転生しておけばよかったと思うほどの触り心地だよ」
「うるせぇ、さっさと降りろ。お前の羽毛も心地良いっての」
「ふふっ、そうだろう?」
まったく、血濡れでパリッパリなのはお互い様だろうに、本当はまだ子カマキリとの戦いからの恐怖が拭えない癖して。小さく震えてる事くらい判ってるっての。仕方ないひよこだ。
「今度こそ、5分だけな」
「……すいません」
「よく頑張ったな。偉いぞ」
「うん……うん……」
こちとら傷だらけの満身創痍なんだから、それ以上は譲らないぞ。本当に……
レビューを戴いてからのアクセス&ブクマラッシュ!!
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