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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第二章 ペンずる者は掬われる
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ペンずるより産むがやすし 8

お待たせしました!



「やべぇな、俺……」



 たっぷり水を含んだ羽毛をぷるぷる振り水を落としながら、俺は思わずそう呟いていた。


 圧倒的大差で勝利を飾った俺の泳ぎはまさに水を割る勢いとでも言うべきか。正直、自分でもここまで速く泳げるようになっているとは思わなかった。これでもまだ赤ん坊である筈なのにも関わらず、だ。


 実際、前回来た時より成長したジョニーの身体と足や、メアリーの翼とは違い、俺の身体には顕著(けんちょ)な成長が見られない。


 思い当たる節といえば、筋肉神の祝福とジョルト師匠によるペンギンブートキャンプを数日行っただけだ。


 確かに、そのおかげで多少は力が強くなった気がするし、体力もついたと思われる。それでも体感的に違和感を覚えるレベルで変化するとは、どうしても思えない。



「なんだ、今の――」

「魚より速かったんじゃ――」

「流石はフェニス様の――」



 困惑と賞賛の混じる野鳥達の囀りを聞きながら、自身とて同じくらいの困惑を心中に抱き俺はママ鳥を見上げる。


 俺を見下ろすママ鳥の大きな目の向こう側に、ずぶ濡れになって微かに震える小さくて白いペンギンが見えた気がした。どうしても勝者の姿とは程遠い、迷子のような姿が。


 


「おめでとう……で、いいかしら?」


「正直、実感がないんだ。全力を出したのに、勝った筈なのに」



 どこまで見透かされているような真っ直ぐな視線を避けるように俯き、俺は呟く。泳いでる瞬間は楽しいと感じていた筈なのに、そんな悩みは贅沢なのだろうか。



「胸を張りなさい。紛れもなく、貴方の力で得られた勝利よ」


「俺の、力……か」



 不意に身体が軽い力で押されて、顔を上げれば、そこには何だか笑っているような大きなママ鳥の大きなクチバシがあった。


そうして穏やかながらも強く伝えられた言葉を自分のなかでゆっくりと反芻し、ようやくその事実を飲み込めた気がする。


 未だにざわつく野鳥達に翼を上げてみせれば野鳥達も現金なモノで、あれだけ大穴扱いしていた俺に歓声にも似た声を返してくれた。



「ソラ、ハヤイ、スゴイ」



 そんな中で不意に聞こえたカタコトな言葉に目を向ければ、どこにいたのか光の粒……この湖から生まれた水の妖精が俺の目の前に浮かんでいた。



「ははっ、ありがとう……かな」


「アリガト? アリガト」



 ジョニーを彷彿(ほうふつ)とさせる幼さの感じさせる妖精は、ゆっくりと上下に動いたり、俺の周りを回ったりとせわしなく動く。そんな姿に思わず苦笑しながら、改めて湖を眺める。


 視界に見えるのは、不自然なほどのスムーズさで進むメアリー、疲れたのか大人しめな水柱を上げて進むジョニー、そしてゆっくりと顔を出しながら泳ぐジョルト師匠だ。

 

 願わくば、弟子にまんまと騙されるような形で惨敗したジョルト師匠の機嫌が悪くなっていませんように。



 ◇ ◇



 最終的にジョルト師匠が追い上げをみせて横並びの状態でゴールした皆を迎え、俺は弟子として薄情ながらも一匹のひよこの下へと歩み寄る事にした。


 別にジョルト師匠が恨めしげな目をしているからではない。断じて違う。


 途中、俺の気配に気がついたらしい。濡れた羽毛を払う翼を止めて彼女は俺に向き直る。



「ただいま、また速くなったみたいだね。大人になったらどこまで速くなるやら……」


「おかえり。自分で自分が恐ろしいよ」



 特に負けた事を気にかけていない様子のメアリーに、俺は軽い調子で返してみせる。だけど、その内心では緊張感が顔を覗かせている。


 ジョルト師匠が来てから、まともに話をした記憶が多くない上に、ジョニーから聞かされる羽目になった彼女の内情を(かんが)みて誰が好んで話しかけようと思えるか。



「自分が恐ろしい、か。ふふっ、キミでもそう思う事があるのか……」


「そりゃ、な……」



 じゃ、またな。


 そんな言葉を置き去りにして立ち去れるならば、どれだけ楽だろうか。少なくとも前世では、息をするように自分の都合と合わない色んな事を置き去りに出来た……出来なければいけなかったし、してきたつもりだ。



「もう、きょうそうしない。つかれた……きゅうけー」


「なんと、これが湖の妖精か……!?」


「えぇ、だけど戦うには幼過ぎね。ふふっ、残念だったわね?」



 今にも寝ようとしているジョニーと戯れるのは楽しいだろう。念願の妖精と対面を果たす師匠やママ鳥と一緒にいるのも楽しいだろう。



「その……少し、話をしないか?」



 それは、彼女も同じだったのだろう。口調こそ初めて会った頃の厨二病然としてモノだが、黄色い綿毛をしたひとりのひよこがどこか儚げにも見えた。



 あぁ、正直……面倒臭い。



 でも、避けるわけにもいかないだろう。それに、生活環境の改善の為でもある。望むところだ。



「あぁ、俺も丁度……話があった」



 さぁ……虎穴に入らずんば、だ。



 俺、これが終わったらゆっくりと湖を遊泳するんだ。


ようやく、明日は休み……の予定。


ある人は言いました


纏められないなら纏めなければいいじゃない、と。

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