表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第二章 ペンずる者は掬われる
53/139

ペンずるより産むがやすし 5

 


 数日振りに訪れた湖は変わらず……いや、前回訪れた時よりも綺麗に見えた。雨の降った後とは思えぬほど水は澄み渡り、周囲の草木に芽吹く緑は少しだけ色濃く力強さを見せてくれている。



「なんとも、心の洗われるような場所じゃの……」



 ママ鳥から最初に降りたジョルト師匠がゆっくりと息を吸い込んで伸びをする。てっきりもっと騒がしい反応を見せるかと思ったけど。あ、今魚が跳ねた!! 今回は食ってみたいなぁ……じゅるり。



「ねぇ、お母さん。前よりも綺麗になってるのってもしかして――」


「水の妖精様による恩恵です。メアリー御嬢様」



 メアリーが問いかけを紡ぎ終えるより先、森から姿を見せた一羽の鳩が、ふるっふーと答えた。あれってもしかして、この前の――



「ヒメモリ。急に出て来て私の出番を奪うなんて……覚悟は出来てる?」


「これはフェニス様。御挨拶が遅れまして、私めも良かれと思った次第に御座います。愚考と愚行をお許し下さい」



 老紳士然として声色で、前回のように両翼を地面へと広げて跪く鳩。ひめもりっていうのが彼の名前なのだろうか。姫守って漢字で書いたら格好いい気がする。でも、鳩だけどな。



「あっ、とりさんだーっ!! いっぱいいるーっ!!」



 鳥なのはお前もだ、ジョニー。


 気がつけば静寂に包まれていた筈の湖畔は、野鳥達の集会所みたいな状態になっていた。元から潜んでたのか、外から集まったのかはさておき、何羽いるのやら。



「本日は聖域の湖の御視察でしょうか? 近況の御報告より先に僭越(せんえつ)ながら、質問があるのですが――」


 ゆっくりと立ち上がるヒメモリが、こちらへと頭を向ける。その瞬間か、不意に俺の身体が小さく震えた。



 あれ? 鳩ってこんなに"大きかった"か?



 それに、なんでか"怖い"。




 表情の読めない鳩が一羽。そこにいるだけでどうしてこんなに――



「なぜ、ニンゲンがいるのですかな?」



 のっぺりとした色のない声と視線が、俺の横に向けられた。


そこにいるのはジョルト師匠だ。同時に展開が読めた気がして頭が痛くなる。



「ヒメモリ。彼は――」 


「よい、フェニス。寧ろお主とて、こういった反応だったじゃろうが」


「貴様。今、フェニス様を呼び捨てたな? ()ぬか? この世から」



 ヒメモリさんからの無表情な声が空気に溶けた直後、森が鳴いた。いや、この場に集まった鳥達が一様にして多様な声で威嚇するように鳴く。



 数の暴力。そんな言葉が脳裏を掠めたが――



「妖精の居られる地だと知っての蛮行なのだな? 愚か、愚かにも程があるぞ――」


 肌の粟立(あわだ)つような気配が、風となって一気に周囲に撒き散らされた。



「――畜生共。身の程を知れ」


「っ……」



 凄みのある圧力に誰もが押し黙る。


 でも、最初に妖精と戦いたいと言っていたのは誰だろうか。勿論、口にはしないけど。



「下がりなさいヒメモリ。彼は、私の友人よ」


「友人ですと!? 馬鹿な、フェニス様のような方にそんな……っと、失礼しました」



 驚愕の次の瞬間には襲い掛かる氷柱を軽いステップでひらり避け、ヒメモリさんは再び地面に平伏す。ママ鳥がまるでぼっちみたいな事を言ったようだけど、俺は聞かなかった事にした。長生きしたいもの。



「慕われてるのか、虚仮(こけ)にされてるのか解らんの……」



 ジョルト師匠、お口にチャックだ。不機嫌なママ鳥から冷気が漂い始めてるからな。


「それで、お前はいつまで私の時間を無駄にさせるつもりかしら?」


「……大変失礼致しました。私目も是非ともフェニス様の耳へ入れていただきたい情報がございまして――」



 ママ鳥の足元の草花が白く凍てつき始めたのを見て、俺やメアリーは勿論、ジョニーまでじりじりとその場を離れる。楽しい時間は、あっという間どころか始まる素振りさえ見せない。




「種族不明の卵、恐らく寄成体の物と思しき異物が聖域へと運び込まれた模様。目撃した者によるとニンゲンが関わっているようです。既に領域の雛鳥が三羽、喰われました」



 話の意味は解らなかったけど、ヤバい話だということは判断出来た。散々騒ぎ立てていた野鳥達も押し黙り、木々が風に揺れる音がやけに大きく聞こえた。



「……愚者の正体は?」



 冷気を放出する事を止めた代わりに、どこまでも冷たい声がママ鳥の口から漏れる。静かな怒声というのだろうか。被害にあった者への哀悼より先に、俺の脳裏には加害者の末路が確信された。



「把握しているなかでは、先日フェニス様が駆逐された水龍とは別に、グラトニーラビット一体が極樹の下にて亡骸で発見、キラーマンティス変異体二体が消息不明。他に卵が二個が確認されてます。恐らく残りは領域を出たかと……」



 聞き覚えのある名前に、ママ鳥から放たれる威圧感が幾分か減った。しかし、水龍以外にもそんなのがいたのか。どこの馬鹿がそんな事をやらかしたんだか。



「おぉ、グラトニーラビットとはあれか。極樹に登ろうとする儂に牙を剥いた獣が一匹いたが、他愛もなかったぞ? それよりフェニスよ、水龍を(ほふ)っていたか!!」


「名ばかりで弱過ぎる蛇なんていちいち覚えていないわ。キラーマンティス変異体の内一体は、メアリーとジョニーが仕留めたわ」


「は……キラーマンティスの変異体を、ですか?」



 ヒメモリさんが豆鉄砲を食らったみたいな顔でメアリーとジョニーを見る。そんなにヤバい奴だったのか、あの四つ手カマキリ。というか師匠、木登り前の準備運動みたいな軽いノリでなんか殺っちゃったのか。



「フェ、フェニス様。四つ鎌の死神虫と称されるキラーマンティスの変異体ですぞ。至極僭越ですが、何かの間違いでは……?」


「疑いを晴らすのも面倒だけど、信じずとも事実よ」


 はっきりと言ってのけると、野鳥達が再びざわざわと騒ぎ始める。そんなカマキリを修行とは言え、ひよこの相手にするなよと思わなくもない。


 メアリーも突然の話に目を丸くして硬直してる。



 って、あれ? つまり俺だけ、活躍してなくないか? ま、まぁ、お、俺は?大器晩成だし……?



 知らない方が良かったかもしれない事実に気落ちする俺を余所に、小さな二羽の鳥がヒメモリさんの後ろへと舞い降りた。若草色をした(ツバメ)のような鳥だ。



「愛する雛達の仇を討っていただき、御息女様達には尽きぬ感謝を……」


「そう、貴方達が……」


「はい。我が身の未熟故とはいえ……」



 旦那さんらしい燕の言葉はそこで途切れる。隣に立つ一回り小さな燕と共に俯き、震えていた。


 二羽の心の痛みが伝播(でんぱ)するように一帯へ沈黙が降りるなか、小さな足音が二羽へと歩み寄っていく。



「失われた命は戻らぬ。どうやら儂と同じ人間の仕業かも知れぬ此度の一件、せめて謝罪の言葉だけは言わせてくれ……本当に、すまなかった」



 自身よりも小さな二羽の燕の前で膝をつき頭を深く下げたのは、ジョルト師匠だった。同じ人間というだけで無関係だというのに。



「……私達は、一時までニンゲンと共に暮らしていました」



 微かに震えの混じる言葉は、燕の奥さんと思われる鳥の口から紡がれる。



「彼等はひとつの季節で住処の一部を貸し与えてくれました。ニンゲンの中にも良いニンゲンがいることは、知っているつもりです。どうか、頭を上げてください』


「それに、貴方も領域の侵略者を討ってくれたとの事。感謝をしても恨むだなんて筋違いです」



 小さな翼をはためかせ、二羽がジョルト師匠の肩に留まり、声をかける。諭すように優しげな鳴き声に、ジョルト師匠は着流しの袖で一度だけ顔を拭った。何を拭ったのか、俺は見ない振りをした。



「ヒメモリ、みんな。彼をこの極樹の聖域の一員として改めて紹介するわ」



 高らかに翼を広げて、ママ鳥は強く響く声で告げる。宣誓にも似た神聖さを以て――



「拳聖ジョルト。かつての戦争で私が認めた唯一のニンゲンよ!!」



 その言葉に、湖畔にいた全ての野鳥達が鳴き声を上げる。


 それはさながら万雷の喝采、歓迎の(さえず)りが雨のように降り注いだ。


 何十、何百羽といる野鳥達の言葉ひとつひとつは判らないが、その意味はよく伝わった。



「……このような不意打ち。卑怯ではないか」



 それらを一心に受けるジョルト師匠の背中は、なんだか震えているように見えた。



 

シリアスキーなのだろうか。誰得シリアスな展開に脱線しやすい気がします。



ここまでお読みいただきありがとうございます。隔日っぽくなってますが、ご容赦ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ