パタつかせていつか黒歴史
目に映るのは息を飲むほどに美しい蒼と碧色。
高貴さを感じる深い二色の翼をゆっくりとはためかせて静かに降りる巨躯の着地だが、その大きさに微かに巣が揺れた気がした。
怪鳥。
恐怖すら感じる大きさはまさに、そんな言葉が当てはまるだろう。広大なグラウンド並みの巣が必要なだけはある巨躯は、文字通り山のようだ。勝てる気がしない。羽ばたきひとつで場外だ。
「ただいま、坊や達」
大きく響く声と共に、ゆっくりと降りてくる頭。睥睨しているようにも見える猛禽類らしい鋭い眼は、しかし確かな知性と暖かい母性を持っているようにも見えた。
「ままっ!! ごはんっ!! おかえりっ!!」
「はいはい。ジョニー、もう少しだけ辛抱してね?」
その証拠に、警戒心の欠片もなく腹減りひよこがパタパタと走り寄っていく。大きなひよこと思ってはいたが、親鳥を前にするとそれすらサッカーボールみたいなサイズだ。
というかあいつ、ジョニーって言うのか。人間みたいな名前だな。
そして、母親巨鳥は母性の籠もる視線を腹減りジョニーからグルグルひよこへと移した。
「お、お帰りなさい、おか……おかあ、ママ」
どこかぎこちなく歩み寄っていくグルグルひよこを不思議に思いながら、疑問を抱く。
果たして俺もこの巣、この家の家族なのだろうか?
刷り込み(インプリンティング)というモノがある。
鳥が孵化した際に、最初に目にする動くモノを親だと思い込む性質だ。他の生き物は勿論、ぬいぐるみさえ親だと思い込むらしい。
それが俺の中には存在しない事に今更ながら気がついた。
初めて見たと言えばあの二匹のひよこだが親だと思うのは不可能だし、それも見た目はペンギンでも中身が人間だからだろうか。異世界の鳥だからか。不明だ。
もしかして、あのグルグルひよこも今、同じ気持ちなのだろうか。人間であったが故に自身を産んだこの巨鳥を親だと思えないから……あんなにぎこちない――
「ただいまメアリー。ふふっ、今日はいつもみたいに飛びついてきてくれないのね? お姉ちゃんになったからかしら?」
母親巨鳥さんからの茶目っ気の混じる声に、グルグルひよこ……メアリーさんは尻尾の羽をピンと立てた。
「お、おかあさんっ!! そんなこと言ったらもうマッサージしないんだからねっ!!」
おい、深読みし過ぎたぞ。メアリーさん、お前紛らわしいんだよ。あと、先程までの知的な喋り方はどこにいったのか、そっちが素なのか? メアリーさん。
「さて、それじゃ……」
いよいよマザーグース、じゃなかった異世界ママ鳥の目が俺を捉えた。ヤバい、怖いわ。恐らく優しいのは解ってても自分より遥かに大きな相手を前にしちゃ生理的に恐怖が勝つ。逃げようがないんだけどそれでもだ。
「…………」
「…………」
そして、見つめ合う俺達。値踏みするように俺を見るママ鳥に俺、涙目である。身体も心もガクガクである。
「メアリー? 卵から孵ったベイビーは……」
「彼だよ。おかあさん」
「は、はじめまして……水鳥 空です。お、おかあしゃん』
メアリーを介してようやく俺も異世界初めての自己紹介が出来た。おかしいな、社会人の頃はもう少しまともな自己紹介が出来たのに。これじゃ事故紹介だよ。ハハッ、笑えねぇ。
「え? ミズトリソラ?」
首をぐりんと傾げるお母様だが……直後、俺の全身の毛穴がぶわりと広がった。
本能的に感じたのだ。
"死"を。
「メアリー? 貴女まさか名前を勝手に――」
地獄の底から這い上がってきたように低く重たいは、まるで呪詛のように一人……いや、一羽の名を呼んだ。
「お、おかあさん!? 違うの!! 私が勝手に名前を付けたんじゃないの!! ほら、私だって言ったでしょ!?前世より彷徨える魂がこの世に顕現化し、仮初めの名前という呪いを受けたってっ!!」
「うわぁ……」
言い訳というにしてもあまりに度し難い言葉の羅列にフォローをいれるより先に名状しがたい感情に苛まれた。
おれ、しってる。ちゅーにびょーってやつだ。
さてはともあれ俺もこの流れに乗じる必要がありそうだ。そもそもそんな話をこの御方が信じるか――
「な、なんてこと……では、この子もまた世界の理を外れた異分子、選ばれぬ選ばれし選択者だと言うの……!?」
信じるのかぁ、そっかぁ……
母の驚きは一瞬、しかしそれも束の間、物鬱げな表情で青い空を見上げて目を細めた。
「これは、風が……喜んでいる?」
おれ、しってる。これ、ちゅーにびょーってやつだ。ふじのやまい。
「ぐぅ!! ごはん!! ぐぅ!!」
そうだなジョニー。早くご飯にしたいよな。お前はあんな風に育つなよ?
ここまでお読みいただきありがとうございます
好評な予感がしたので本日は0時、6時、12時、18時に更新させていただきます。ペンペン。