あふたーえぴそーど ペンずるより産むがやすし 1
お待たせしました。
ジョルト師匠を新たに迎え入れ、俺の日常はまた少し忙しくなる。
日常というにはまだ少し馴染みのないペン生だけどね。だけど身体はすっかり馴染んだご様子、起き上がりがスムーズにできるようになりましたよ。ぺんぺん。奇しくも筋肉がつきやすくなったのが起因しているっぽい。憎らしい理由だが、肉だけに。やかましいわ。
そして、それはそんなある日、朝方の修行前のことだった。
「おや?これはいよいよ来るかな……?」
呟きながら見上げた先、そこにいつものような澄んだ青に広がる空……ではなく、薄く張られた灰色の雲がこんにちは。心なしか湿気った風が羽毛を撫でる。
本日の極樹地方、曇のち雨。傘の心配は元から傘がないのでするだけ無駄です。諦めましょう。
いいんだぜお天道様、たまには涙を流したって。泣くだけ泣いたら、虹を見せてくれや。それまでその涙、俺のふわふわぼでぃがキチンと吸水してやるってばよ。やべぇ、格好いいな俺、抱いて。ぺぇん。
そう、ペン生初めての雨だ。ママ鳥の巣はその特性上、お日様を遮ることなく風通しも良いオープンな作りになっている。まぁ、馬鹿デカイ木に馬鹿デカイ巣が乗ってるだけのアフロみたいな物だと暴論することも出来るが……まぁ、アフロかブロッコリーか、迷うがな。
それはさておき、屋根もなければ壁もない大胆な構造である我が家。流石にダイレクト雨漏りは養育環境としてはどうなのか。下手に人間としての記憶があるだけに文明的な問題を見過ごすことは出来ない。俺の目は厳しいのだ。
……と、まぁ、文明的と謳っておいて常時全裸の虫食い生活ですけどね。いいのだ、ペンギンだから。見られて恥ずかしい身体ではない、むしろこの愛らしい身体を存分に見てほしいくらいだ。愛でろ。
天の恵みを待ちつつ、雨が降るならばと考える俺だが、これには訳があった。
「ソラよ。そろそろ本日の修行を始めようかの」
背後からかかるのは恐怖へのカウントダウン、現実逃避タイム終了のお知らせ。
生身の身体なのに、振り返ろうとする首は錆びたブリキ宜しく、ギギギ……と音を立てて稼働する。
そう、水鳥 空は筋肉な神によって転生された異世界ペンギンである。うん、ブリキどころかメカ要素ないや。驚きのビフォーアフター、前世での知人が見たら絶対俺だと解らないだろう。と、思考が逸れたな。
ジョルト師匠の教えは至極簡単、出来るまでやる。
最初の修行は、ひたすら走り込みだ。時折師匠が枝を投げてくるのを避けるか叩き落とす。巣を一周するまでに一度も被弾判定なしで避けきるか叩き落とせば終わり。簡単だろ? 俺も最初はそう思った。
今ならばその時、快く走り出した俺をこの駄ペンが……と唾棄する。
「ほれほれ、とっとと走らんか」
「う、うす……」
天候よりも暗いテンションで巣をぺったぺったと俺は走り出す。雨よ来い、今降らないでいつ降るのか。
「隙ありっ!!」
「っ!?」
一分もしないうちに響く師匠の声。緊急回避っ!! ごろごろと横っ飛びに転がり、すぐさま立ち上がる。あれ? 本当に投げた? 着弾音はともかく、風切り音さえ聞こえなかった気が――
振り返ろうとする俺の頭に遅れてやってくる放物線、すこーんと当たる枝さんこんにちは。
「かかっ、油断大敵じゃ。ほれっ、走れ走れ」
「…………○ァック」
開始早々これだ。底意地の悪い爺に俺は弄ばれるってわけ。
結局、昨日から一日中走るか歩くしか脳のない駄ペンに成り下がっているのだ。
「今日ーもいっちにっち走り込みー」
「はっしりこみー」
やけくそ気味に歌いながら走れば、まさにペンギンブートキャンプ。気がつけばジョニーが後ろで走って続く、誰もかまってくれなくて暇なのか。
なんにせよ、ありがたい。
「これっ!! ジョニーの陰に隠れるでないっ!!」
「明日もせっせと走り込みー」
「はっしりこみー」
勝てば官軍、知らないのか師匠。頭なんて使ってなんぼだ。
「ジョニー。残りもこの調子で行こう。あと、少しペース落とせください」
「おっけー!! ……ぺーすおとすってなに?」
「ぐぬぬ、かくなる上は――」
この後、滅茶苦茶に枝投げられた。俺もジョニーもサボテンみたいにされるとは思わなかった、ってくらいだ。
そして、それからジョニーは修行中の俺を守ることを辞めた。ちぃっ。
◇ ◇
「キミがやられるのは一向に構わないが、ジョニーを巻き込むのは止めてほしい」
曇天の下での昼食時、不在で定評のあるママ鳥の代わりに小言を漏らすのは厨二コミュ障のメアリーである。まぁ、ママ鳥なら笑って済ませそうなものだがね。
「いたかったー、でも、おもしろかったー」
「ジョニーもこう言ってる。彼には今後とも優秀なディフェンダーとして――」
「やー、いたいの、やー」
「ソラ、午後はお主ひとりで走れ。存分に可愛がってやるぞ」
解せぬ。味方は誰もいなかった。
「遠目ではあるが、メアリーもフェニスからの課題である風術制御をこなしている様子、時折集中の乱れが風に出ておるがな。ソラよ、負けてはおれんぞ」
「ははっ、頑張りますとしか言えないです」
残念なひよこと書いてメアリーと読む存在に負けてはいられない。
……というか、弟子以外は知らん的な事は言っても、何だかんだとジョルト師匠は目を向けていた。ツンデレか、誰得だよ。
しかし、と言外にそっと目を向ける先、ジョルト師匠に対するメアリーの今、といえば……
「…………」
箸を向けられても無言。ただ、拒絶的な無視ではないのか、所在なさげに視線を泳がせているのが救いか。
そう、このコミュ障、未だにジョルト師匠と打ち解けていないのだ。少なく三日くらい俺が修行でくたばっているというのにだ。流石、コミュ障。
「メア、どうしたの?」
「な、なんでもない。さぁ、食事も終わったし、少し遊ぼうか」
「……うん」
ママ鳥の不在を良いことに昼食は虫食ではなく果実だというのに、確かメアリーは好きだった筈なのにお残しとは。食い物に祟られるぞ、最近の子は知らんのかね。
ちなみに俺のご飯はミルキーワーム。な?文明的だろ?
「……うちの駄姉がすいませんね」
「構わん。子供はもとより好かんからの」
ジョニーを連れ出して走り出すメアリーに代わって謝罪する俺に、ジョルト師匠は言葉少なに果実をかじる。
昨日、それとなくメアリーの好物を聞き出そうとしてきたくせに。素直じゃねぇでやんの。
まったく……本当、誰が採ってきた果実だと思ってるんだか。
なんとかしないとな、と思いながらも思うだけの俺の視線の先、頭痛の種であるメアリーはジョニーの背に乗り走っていた。
なにあれ、超乗りたいんですけど。
まさかのひよこオンザひよこ。
いつかひよこオンザひよこオンザぺんぎんオンザじじいとかやりたい。




