パタつかせて激闘
心身熱く、思考は冷たく。
確か前世で読んだ漫画かなにかの受け売りだったか。
「安心せよ。手合わせはするが殺しはせぬ。心して参るが良い。フェニスよ、手を出せば娘の命はないと思え」
「そんな……」
満天の星明かりの下、対峙するのは巨大な壁。棒立ちのまま、着流しの端が夜風に揺れて枯れ木のような手足が見えても、こうも巨大に見えるとはね。
というかジョルト師匠、悪役ハマりすぎて怖いわ。命はないとか生で聞く日が来るとは思わなかった。
「そちらも安心してください。俺はミルキーワームしか殺せないペンギンですから」
「ふっ、儂を前にして冗談を交わせる気位は結構。後は拳で語ろうか、弟子よ」
いや、本当なんですけどね。最弱の次の相手が拳聖とかバグってるとしか思えない。しかも俺の奥義が不発に終わってからまだ一日も経ってないんだぞ?
でも、まぁ、頑張ってみようか。明るい未来の為に。
それに殺す気はないってんなら、それまではどんな手段も何回だって使えるんだろ?
「唸れ!! 俺のクチバシ!!」
クチバシを天高く突き上げ、両手を目一杯バタバタ。気合いは充分に、振り下ろす。
師匠との距離は離れているが、勿論織り込み済みだ。俺の狙いは文字通り、巣なのだから。
巣に突き立つ俺のクチバシが、その先端に何かを捉える。確かな感触を咥えて、そのまま引っ張る……!!
作戦そのいち!! いちしかないけどな!?
これぞ、鳥の巣ガチャで必殺アイテム大作戦だ!! カモン、レアアイテム!!
ソラ(おれ) は 小石 を 掘り出した !!
ふ ざ け ろ 。
「ふむ、何をしたいか判らんが……そちらから行かぬというなら儂から行くぞ?」
「ちょ、まっ――」
弁解の言葉より早く、ジョルト師匠の身体が"ブレた"。
理解出来たのは、そこまでだった。
「【震破】」
気がつけば目の前にジョルト師匠がいて、俺の腹へと手を掬い上げるように添えている。
次の一瞬の出来事に至っては、理解することも適わなかった。
添えたままの手から突き上げられるような衝撃。腹が破けて中身が爆発したような激痛が走り、視界が夜空の黒に染まる。
背中に鈍く身体に響いた衝撃は、ぶっ飛ばされて巣に落ちたせいだろうか。それすら判別する余裕もなく、痛みにのたうち回された。奥義の後の比じゃねぇぞ、これ。
「げぼぇ…ころ、気、じぁねぇ……が……」
「何を言うか。死なん程度の技で死ぬ弟子など死ね」
お、おう。なんつうか、残虐過ぎて痛みも引くわ。いや、超痛いし、吐血したのか口いっぱいに血の味がするし。ミルキーワーム以外に知った味が自分の血の味とか最高にサイコだわ。やかましい。
「寝てる余裕は無いぞ。弟死」
「っ!?」
不吉な響きを感じ取り、その場でごろりと転がれば、ジョルト師匠は俺がのた打っていた場所を踏みつけ――
「【震破】」
その足元が小さく爆散する。さっきの一撃の威力を端から見ることになった。道理で痛いわけだ。
ていうか足でも出来んのかよ、それ!! 拳聖なら足技使うなよな!!
こうなりゃ、自棄だ。地獄で待ってるぞメアリー!!
「【飛び魚】!!」
治まらぬ激痛に耐えて転がるままに放ったのは、俺の十八番。逆水平チョップシリーズのラインナップに名を連ねる技だ。
海面を跳ねる飛び魚さながらにすぺんすぺんと振るわれた翼がジョルト師匠の足へと向かい――
「【流転】」
目の前にジョルト師匠の顔があった。おかしいな、俺は足元へ寝転がってた筈なのに、なんで――
「【槍拳】」
微かに届いた呟きの直後、俺の腹からジョルト師匠の腕が生えていた。
「ごぼぇっ……!! ぐぁぁぁぁぁっ!!!!」
唾液にしては鉄臭く、噴水のように口や目、鼻、穴という穴からから吐き出される液体を撒き散らしながら、俺の身体は再び巣へと転がされる。
腹が、破れた。今度こそ破れた。
しかし、痺れる翼の先で患部を抑えると多少の陥没があるだけで穴は開いてないようだった。
ジョルト師匠の抜き手が俺の腹に刺さっていたのだろう。手首まで埋まったのを錯覚したらしい。ただ非常に痛い、痛いなんて生ぬるいほど……意識が、視界が明滅する。
「ソラ!! 大丈夫!? ジョルト、お願いだからもうやめて!!」
微かな感覚のなかで、聞こえた声と冷たい温度があった。この冷たさには覚えがある、確かこれは――
「マザァァー!! じゃま゛するな゛ぁぁあ゛っ!!」
回復なんてさせるものか。
いったいどこにそれだけの力があったのやら、うつ伏せのまま、有らん限りの力で俺は叫ぶ。震える翼を杖に転がり、無理矢理にでも立ち上がろうと試みる。おかしいな、全身に電気が流されてるみたいにうまく動いてくれない。
「フェニス、約束を違えるか? それともソラが止めなければどうなっていたか忘れたか?」
「ふざけないで……!! 私はもう家族を誰も殺さないし殺させやしない……!! やっと手に入れた幸せを――」
「だから、黙ってろぁぁっ!!」
どいつもこいつも好き勝手な事しやがって、打算も何もあったもんじゃねぇ、っと。意外に立てるもんだね、限界ってのはまだまだ先にありそうだ。なら行ける。行けるならまだやれる。
「ソ、ソラ? もういいのよ。貴方がこれ以上傷付くなんて――」
「信じられないか? 俺、あんたの子だぜ? こっから逆転してみせるんだよ」
「っ……」
あぁ、頭が重たい。酷く、眠たい。
これ、本当に大丈夫?
「見事な不屈。しかし儂がそれ――で屈伏――」
いかん。集中、集中。
偉そうに口上らしい何かを宣う爺さん発見。こんなバイオレンスな師匠は爺さんで充分だ。
一矢報いるくらいしないと、割に合わん。
しかし頭が重い。足が重い。腹が減った。眠たい。でも、眠くない。なんか、不思議。
[――によるアン―――。アビリ――【集中】派生【――】を取―――――]
何か聞こえた。よく解らんけど。ちょっとだけマシになった。
[――の限界を――。―――――を解除します]
視界が開ける。目の前に映るのはただひとりのみ。
「この気配……ソラ、お主いったい」
「拳で語るって言っといて、ペラペラ喋るなよ、爺さん」
なんか解る。この距離。多分"届く"。
何で解るかは知らないけど、チャンス到来か? 逃す手はない。
コツは全身の力を抜いて、地面に溶けるように体を落とす。この時、内側に畳んだ翼を着地と同時に叩きつける。
この技の名は、そう――
「【地割りチョップ】」
「なっ……!?」
すぺんっ!! と小気味良い音と共に、翼の先の"巣が割れていく"。惜しくも爺さんは横に避けてしまったけどね。
だったら、こうする。
「【飛び魚】」
寝たままで追撃の翼を振るう。ごろんごろんと転がれば、すぺんすぺんと空が鳴る。鳴れば海上を飛ぶ魚の如き翼撃が爺さんを襲う。この技は、そういう技だ。
「【流転】っ!!」
当たった。けど、流された。
あぁ、これがママ鳥の時にやった技か。なる程ね。るてん、か。
「ふざけた存在じゃな。娘も息子も化け物ではないか!!」
笑顔でそういう事を言うのは辞めていただきたい。普通に傷つきますから。
地を滑るように迫る師匠の動きがなんだか先ほどよりスローに見える。これはあれかな? しんぱ、ってやられるのかな?
迎え打たなきゃ。出来れば、受け流されない技で。どうしようか。
思い出すのは、流派の理念のひとつ。
流れを知り、機先を制す事が出来れば先手必勝也。
つまり、"知らせなければいい"のか。
無心。脱力。むしろ気だるさを出すくらいが丁度良い。だって名前からしてそうだもの。
「【震――」
「【ああああ】」
「な、にぃっ!?」
振り下ろすように迫る爺さんの手に、適当に振るった左翼が触れて、すぺーんと払いのけられる。驚きに目を見開く爺さんの顔が、なんだか面白い。
その顔、もっと見せてみろ。
一矢報いる所か、十矢くらい報いてやるから。
凪のひとつない心が身体に火を灯す。
瞬間、それは身体のうちで大きく爆ぜる。
燃える程に熱い身体で俺は今、修羅と化す。
くらえ。
「【俺の怒り――】」
両翼から乱れ打つ逆水平チョップの雨が、爺さんの身体を打ち続けていく。
「ぐっ……【流転】!!」
数発流されたところで、氷柱のようには反射することも出来ない。
「――ファイナルギガンティック――」
まだだ。まだ打ち続けられる……!!
「ぐ、ぉぉぉっ!!」
しかし、数えることすら忘れる程に叩きつけた翼がゆっくりと地に落ちる。それは消えゆく花火のように……
ぺたん。と左の翼が爺さんの胸の上で止まった。
「ふっ……姉弟の絆の前では儂も、負けるか。認めよう、ソラ。お前のちか――」
あっ、馬鹿。急に防御を解くな。
まだ俺の技は――
「――いい加減にしろ】!!」
「ぶべらっ!!」
右の翼から振り下ろされた乾坤一擲の一撃が無防備な胸へと吸い込まれた。
終わってなかったんだけどなぁ。あれかな、歳のせいだな。うん。俺、悪くない。
[アビリティの発動限界、アビリティを停止します]
巣の上を滑る爺さんの、ジョルト師匠の姿に満足したら眠くなってきた。うん、やることやったし、寝てもいいよね。
「ソラ!! ソ――」
ごめんマザー。いま死ぬほど疲れてるんだ。おやすみなさい。
暴走モード終了。
後悔はしていない。今のところ。




