パタつかせて非常と無常に交じる道
「心も成熟しとらんひよっこが過ぎた力を持つとはどういう事か。ソラ、お前は解るか?」
無機質なまでに現実的な言葉に、必死になって返そうとした言葉は自壊する。こんなやり取りの意味すら無意味な程、話の展開が透けて見えてくるのだ。
「それは、でもメアリーは悪い奴なんかじゃ……」
「他人の儂に開かれておらんメアリーの心は知れぬ。だがな?ソラよ、しかしそれはお主とて同じじゃ」
自分でも意味の無い抵抗はジョルト師匠には届かない。
ゆっくりと腰を落とすジョルト師匠が、俺と向き合う。どこまでも真剣な声で、眼差しで、薄闇の向こうにある皺寄せた表情は悲しげに――
「もし、儂の技を継ぐお主がその道を誤った時には、儂は死しても"お前を殺す"。その覚悟など契りを交わした時からしておる」
「…………」
「それは師弟の責任。無責任かも知れんがこの老人が負うべき責任は、果たす責任はお主以外にはない」
無責任だと、薄情だとは、思わない。
情を受ける身だからではない、筋の通る話だからだ。誰彼かまわず救う正義の味方なんて幻だと悟る程度はしてきたつもりだから。
「そしてお主の言うとおり、メアリーが悪ではないとする。しかして未来はどうじゃ? 無垢とて悪に利用されるならば悪と変わらぬ。そして、少なくともメアリーには突き通った芯が見えてこぬ……邪な甘言をはねのけるだけの強い芯がな」
間違えた事は何一つない。正論過ぎて返す言葉も俺には見つからない。では、どうするのか……
「わ、私が正すわ。きちんとメアリーは、だって私の子、だから……私の娘なのだから――」
あまりにも日常とはかけ離れた声に一瞬、誰が声を発しているのか判らなかった。しかし、それも束の間――
「責任感だけで、子が育てられると思うなよフェニス……!!」
身体ごと、心ごと空気が震え上がった。
静かに、しかし熱の籠もった怒声に俺だけでなく数倍の大きさを持つママ鳥さえも身を竦ませる。
「今の貴様は最早母鳥ですらない。吹けば潰える種火と同じよ。見損なわせるなよ、フェニス。事の全ては既に起こり、始めたのはお前だ。育て上げ、最後まで付き合いきるのは当然じゃろうが……!!」
「そんな、こと……でも……」
憤怒の色を瞳に宿して恫喝するジョルト師匠に、ママ鳥の心は折れたのか。ぽろぽろと涙ばかりが落ちていく。
どうしてこんな事になったのか。
今日という日は、ジョルト師匠が来て、俺が弟子になり、メアリーがふて腐れて、ジョニーが巻き込まれて、明日から少しずつ関係を改善しようと大人達で話し合い、頑張ろうと励まし合い、終わる筈の日だったのに。
「腑抜けた貴様にひとつの答えを示してやろうか? なぁに、簡単な話だ」
「それ、は………?」
「手に負えぬなら、手に負える内に幕を降ろすのだ」
なのに現実は、こんなに殺伐としている。
俺には、何も出来ない。こうやって、ただ見ているだけなんて。
「せめてもの情けよ。かけがえのない戦友に代わり、子殺しの非道を儂が被っても良いぞ。その代わり、メアリーの命と魂は儂ひとりが貰い受ける、貴様には残滓の一片たりともすら残させん」
「ッ!? 駄目っ!! お願いだからそれだけはやめて……!!」
そんなのは、嫌だ。嫌だよ。
「師匠、煽り過ぎですよ。母さんをこれ以上泣かせないでください」
「煽る……? 抜かすな小僧。儂は本気じゃとも、それともお主が止めてみるか?」
まったく、熱くなり過ぎだ。
ジョルト師匠も、俺も。
「勝てなくても、挑まなきゃ、師匠がメアリーを殺すんだろ?」
「然り、そこの腑抜けが答えを出さんのでな」
「まったく、弟子入りしたのは今日だぞ? これで勝てたらラノベ主人公もいいところだ」
「らの……? まぁ、よい。で、やるか?」
「やるもなにも――」
熱い熱い、まるで火達磨になったんじゃないかって気分だ。俺はそんなキャラじゃないってのにね。そもそも助けるなら相応しいヒロインにしろってんだ。
「師匠の道を正すのは、弟子の責任だ」
チップは俺の命かな?
よし、オールインで行こう。
無謀なペンギンは伊達じゃないってのを見せてやる……!!
スローライフはどこへやら。
作者暴走モード入りました。
読者の皆様はシートベルトをしっかり巻いてついてきてください。




