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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第二章 ペンずる者は掬われる
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パタつかせて師弟

 


 若干宜しくない空気が漂うなか、俺はひとまずジョルト師匠との対話を選んだ。今後、お世話になるのだし、まぁ嫌な事から目を背ける意味合いもあるわけだが……


意固地(メアリー)はまだ話にすらならない。



「ところでジョルト師匠。今更なんですが、拳聖グリアルド拳闘流とはどんな流派なので?」



 知らずに門戸を叩くとは何とも間の抜けた話だが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。学ぶにしても何を学ぶか判らないんじゃ何も学べないからな。



「ふむ、確かに教えておらんかったな。だがしかし、流派より先にお主に言っておくことがある」



 わざわざ視線の高さを俺に合わせて正座してくれるジョルト師匠、その声は……なんだか怒ってる? なにか不味い事をやらかしてしまっただろうか。



「そう(かしこ)まる事はない。なに、酒でも飲み交わしながら話すとしよう」



 微かに弛緩した雰囲気を纏わせ、例によって迷いなく巣から酒瓶をふたつ取り出す姿は、勝手知ったる人の家という言葉が非常に似合っていた。


本当、この巣は謎が多すぎて向き合うのも馬鹿らしい。



「解りました。付き合います」


「ふむ、出来ればふたりだけの場所で語らいたいが……フェニスよ。さっそく借りていくぞ?」


「ふふ、ちゃんと返してくれるなら幾らでも」



 貸し借り、って俺は物じゃないんですがね。


 どっこいしょ。と落ち着けたばかりの腰を浮かせて辺りを見回せば、どうやら巣の端まで行く事に決めたらしい。ありがたい事に歩く速度は、俺にも優しい速さだった。



 何の気なしに、ちらりと振り返るとジョニーと目があった。いつもの元気溌剌(はつらつ)としたジョニーらしくもない、少しだけしょげているのは雰囲気が宜しくないからか。本当、子供にこの空気は申し訳ないよ。


 彼の為にも今の内にメアリーの説得案も考え始めないとな。



「この辺りで良いかの。さぁ、まずは乾杯といこう」


「師弟の杯、って感じですかね」


「ふむ、良い響きじゃの」



 御満悦頂けて何より、ただ杯ではなく陶器の酒瓶から直接飲み交わすわけだが、構わないだろう。


 互いの酒瓶を当てると陶器の澄んだ音が空気に響いて溶ける。そうしてふたりで酒を口に付け同時に酒精を漏らした。うん、やっぱりこの酒、癖がなくて好きかもしれない。お酒に逃げるも一興か。いや、駄目か。



「ソラよ。お主は……」



 あまり口にしたくない言葉を告げるのか。声を漏らした口は再び酒に向いた。俺も気まずくなって二口目、しかし先程より旨く感じない。やっぱり何を言われるか判らないのは緊張するな。



「メアリーといったか。儂はあの子に嫌われておるようだな」


「……彼女はなんというか。人見知りが過ぎるようで、不快な思いをさせてしまったなら彼女に代わってお詫びします」



 本題ではないであろう話に、ほんの少し安堵しながら俺の口は滑らかに言葉を選ぶ。確かにアレはなぁ、そう思っても仕方ない。



「正直、儂は子供が嫌いだ。視野が狭く、自らの世界が全てだと盲目的な所がな」



 愚痴なのか、この手の話は適当に相槌を打ちながら聞き流すに限るのだが……ジョルト師匠がそんな話をする意味が判らない。


こんな時、どう返事をすべきだろうか。これまで、どう返事していただろうか。無難な回答は……



「確かに自分も、身勝手な事をする輩はよく思わないですね」


「だが、それ以上に。相手の腹を探って都合の良い言葉を選ぶ奴が嫌いだ。吐き気すら覚える。儂が言えた義理でもないがな」


「っ……」



 一瞬、心を覗かれたのかと思った。隠しもしない怒気の籠もった声が身を竦ませる。知らずに地雷を踏んでいた事に、俺はジョルト師匠の顔を見ることが出来なかった。



「ソラよ。腹の内を全てを話せとは言わん。こうして老体の未練に付き合わせている負い目もあるが、家族を悪様(あしざま)に言われ肯定させてしまうなぞ、悲しいではないか」


「……はい」


「儂は、この出会いを適当で済ませたくはないのだ。耳に入れたくない戯言だと思うかも知れんがの」



 これまで、前世ではきっとそう思っていたかも知れない。年寄りの戯言だと、聞き流して、適当に身に入れる。


 果たして、ジョルト師匠は、ジョルト老は、この人は……どうなのか。


 きっと、これと似たような感情をママ鳥に抱いていた。そして、ママ鳥と同じくこの人にも見抜かれていたのだ。高々30回歳を重ねた若輩者が作った余所行きの器を。



「……今ならまだ、師弟の仲を無かった事に――」


「言わせない、ですよ。その先は」



 思わず勢い良く飛び出した言葉(かんじょう)を軟着陸させて、酒を喰らうようにひと飲み。多少零れたが、景気付けにはこうでもしないといけない。


 これから、ぶつかり合うのだ。初めてのぶつかり稽古だ。



「ジョルト師匠。言っておきますが、俺と貴方はまだ出会って間もないんですよ。そんな人から弟子になれ? 本来であれば、それこそ正直疑いを持って接するべき甘言です。俺には力がない、だけどこれまで生きてきた処世術がある、それは武器です。貴方達ほど生きてはいないけど、少なくともそれは今まで俺が戦えてきた俺の身体の一部です。否定をするのは簡単ですが、簡単に変えるには、この性分は俺に馴染み過ぎた――」



 前世では、酒に酔った記憶がない。少なくともこうして気性が荒くなるような酔い方をした事はない。焼酎とお茶のジョッキを口の中でお茶割りにして交互に一気しても吐いて潰れただけだ。


 ジョルト師匠は、そんな俺の様子に一瞬だけ目を丸くして、直ぐに笑む。まんまと食いついたなと言わんばかりだ。



 上等だ。釣られはしたが、ただで済むと思わないでもらおうか。



「そんな俺です。周囲に溶け込む為の打算、それを嫌悪するならば、そんな弟子など要らないというならどうぞ御自由に。だけど、その代わりに盗ませて貰いますからね。貴方の技を、凶極鳥の脅威を退けた貴方のあの動きを、全て盗むまで、追いかけますから」



 そうだ。


 魅せられたのだ、俺は。


 それこそ、空を飛ぶくらいに憧れる力に見えてしまったのだ。逃すものか。



「……無茶苦茶を言ってる自覚は、あるようだな」



 交差する。いや、視線を激突させる勢いで向ける俺に、ジョルト老は皺の寄る顔に獰猛さを宿す。



「いいだろう。そこまで求めてくれるならば、この老体の全てを喰らわせてやるぞ!! 理屈臭い小童がっ!!」


「では、改めて乾杯。本当、覚えきるまでに死んでくれないでくださいよ師匠」


「笑止。儂が死んだならば、あの世まで取りに来い!!」



 無茶苦茶を言ってる自覚があるのか。本当に面白い爺さんだ。だが恐らく、俺も同じ笑みを浮かべているのだろう。


 二度目の乾杯は、一度目より乱暴に。


 だけど今度は空気に溶けたりしない、強い、強い響きだった。

作中にありました焼酎とお茶のジョッキ、お口の中でお茶割り一気は大変危険です。絶対に真似しないようにお願いします。地獄を見ます。下手すりゃ死にます。



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