パタつかせてざわめき
[アクションによるアンロック。称号【拳聖グリアルド拳闘流 一番弟子】を取得しました]
ジョルト老の願いを聞き入れた直後、頭に響き渡るのはいつものアナウンス。
拳聖ってなんだ? ジョルト老ってそんなに凄いの?
そんな疑問を声にするより先に、アナウンスが続いて聞こえる。その内容に俺は驚きを覚える事となった。
[称号により、アビリティが進化します。【格闘の心得】が【格闘術】になりました]
進化ですってよ。つまり、心得より強い効果を持つアビリティになったのだろう。嬉しい誤算だ。まさか称号やアビリティが手に入るとは思わなかったし。
まぁ、称号リストの問題児のせいで何の効果もない飾りになるんだろうけどね。
「また無茶して、もぅ……」
声色こそ呆れてはいるが、その目はどこか嬉しそうに見える。俺はそこまで怪我らしい怪我もないが、心地良い涼風が連れ去っていく。
キュァァァ……と声が漏れてしまうのは仕方ない、これがなきゃやってられませんわ。
「むぅ、これは心地良いのぉ。極楽極楽……」
隣を見やれば、涼風の頂戴するように座り込むジョルト老がいた。あぁ、弟子になったから師匠と呼ばないといけないかな?まさか、半日もしない内に師弟になるとは思わなかったしね。
癒やしの羽ばたきを止めたママ鳥が、改めてジョルト師匠へ丁寧な足取りで歩み寄る。何だか畏まっている御様子だ。
「ジョルト。私の子を宜しく頼むわね」
「おぅ、と言いたいが老い先短い年寄りの身。果たしてどこまでしてやれるか」
「どこまでもやるつもりでしょう?ましてや殺されない限り、死なないような存在の癖に白々しいわね……」
「ほほっ、そう褒めてくれるな。確かに未練が出来てしまったからの、死んでも死にきれんわい」
ジョルト師匠、そんなに頑丈なのか。
でも、ジョニーが掘り出さなかったら巣の養分になっていたのではなかろうか。バクテリアがいるかはさて置き、ミミズに事欠かない巣だからな。
「ともかく、そういうわけじゃ。フェニスや、儂もこれからここに住むが良いかの?」
「もちろん。出来ればソラだけじゃなく、メアリーやジョニーにも手解きして欲しいものね」
「…………」
あっ、不服そうなひよこ発見。ステルスばりばりに空気と化してたけど、やはり人見知りしてるのか。前世由来の何かで人間不信のような節があるからな。
少なくともこれから共に過ごす仲になるのだから、悪い空気は払拭したい。そこにメアリーの意思はあるのかと言われれば残念ながら決定事項だ。生活環境作りってのは、俺にとってもどんな事より優勢すべき問題なのだ。
「ふむ。フェニスの子ならば吝かではない。確か名前は――」
「……メアリー、こっちはジョニー。ジョニーはさて置き、修行するというなら私は結構です」
悪い予想はよく当たるもので、ジョルト師匠から随分と離れた場所からメアリーはそんな声を上げる。取り付く島もない、とても友好的とは言えない言葉だ。
もしかして拗ねているのだろうか。少なくとも強さに憧れを抱いてはいるのだから、この機は無駄にならないというのに。年相応という訳かね。
メアリーの態度に、ジョルト師匠は伊達に無駄な歳の重ね方はしていないらしい。下手な言葉を返さず、苦笑だけを浮かべて白髪混じりの頭を掻き、横目でチラリとママ鳥を見やる。
「メアリー。この枯れた木のような人間は、こう見えて凄い生き物なのよ? さっきも見たでしょう、少なくとも私の攻撃に対して無傷だったのよ?」
勿論、私は全力なんかじゃなかったけど。と余計な一言で紡いだが、ママ鳥なりのフォローなのだろう。横で小さく肩を竦めるジョルト師匠と同じく、俺も心中で溜め息を吐く。確かに異様な強さだけどさ。
「私は……私の師匠はおかあさんなの!! それ以外、誰も必要ない!! 教えてくれるのはおかあさんだけで、おかあさんだけがいい!!」
「メアリー……!!」
ジョニーより面倒な癇癪を起こすメアリーと、親バカを発揮するママ鳥。何となくだが、そんな気はしていた。こちらとしては問題さえ起こらなければいいのだから、これ以上は不毛だろう。
こうなってしまっては少なくとも今は梃子でも動かん。
だが、まだ終わる話しにならなそうな問題へと発展しそうだ。
「ジョニー。ジョニーも私と同じだろう?」
「え? うーん……」
先手を打ったのは、やはりメアリーだ。彼女とて自分の環境を守りたくて必死なのは判るが、あまり見ていて気持ちのいいものでは無い。
「これからも、おかあさんから私と一緒に色んな事を教えてもらって強くなるという話だ」
「うん!! ジョニーつよくなる!!」
止めるべきか、否か。どちらにせよ軋轢が生まれる問題に、前世の嫌な事を思い出してしまいそうになる。
「マザー、ジョルト師匠。この件は後で話すとしましょう」
ジョニーの勧誘に成功したと思っているメアリーの耳に入らぬよう。俺は小声でふたりにそう告げる。まったく、事勿れ主義気質なのは世界は変われど心は変わらずってか。
「……そうね。配慮に欠けていたみたい」
「あいわかった。ほほっ、しかしなんじゃのう。こうして弟子と求めた者から師匠と言われるのは、くすぐったいものじゃのぅ」
本当、面倒になってくれるなよ。
きっとこの問題が如何に尾を引きかねない爆弾なのか、このふたりには分かるだろうか?
いつもより雲の多い空を見上げて、それでも俺は面倒の種を予感せざるを得なかった。
◇ ◇
普段より強い風が湖面を揺らす。
極樹の聖域と呼ばれる森に唯一ある水源には、多様な生き物がよく集まる。そんな湖畔の一角では、知性の輝きを目に宿す鳥の一団が翼を休めていた。
「最近、森が騒がしいと思わないか?」
大小だけでなく多種多様な鳥達が鳴き声を交わすなかで、一羽の鳥がそんな疑問をふるっふーと、口にした。
「湖に妖精が生まれたからではないか」
「いや、迷い龍が駆除されたからだろう」
「この時期は羽根が湿気るから嫌いだ」
「フェニス様の赤ちゃん見たい」
灰色をした比較的小さな鳥の問い掛けに、返る言葉は多い。言葉として発せられない鳴き声を含め、雑多な声が鳩である彼の耳に届く。その全てを聞き入れ、適切な取り捨て処理した鳩は何度か頷く。
どれだけの鳴き声が響いたのか。ようやく音が終息を迎えると、一団は揃って鳩へと首を向けた。さながら自分達のまとめ役と認める一羽の小さな鳩の言葉を待つように。
「迷い龍が出たのは、いつ頃だ」
「他に聖域に侵入した生き物はいないか」
ひとつひとつを確かめるように質疑応答を繰り返し、鳩は思考と疑問を繰り返す。力は決して強くないが、知恵はある。そんな自他共に認める特性を遺憾なく発揮させて鳩は気にかかる話を幾つかピックアップした。
ひとりの年老いた人間が極樹に凄い勢いで登り、そこで消息を絶った。
極樹に何の用があるかはさて置き、これは重要な案件かと言えば、そうではなかった。人間程度ならば極樹に食われるか、領主たるこの一団の主に消されるの二択しかないのだから。既に解決してるかもしれないほどの問題とも取れない些事である。
それより、気にかかる情報があった。
人間達が"契約路"で何かの卵を幾つか落とした。
契約路。
過去に起きた戦争のなかで、人間で魔族に対して提案したとされる一種の不可侵条約だ。人間も魔族もお互いに危害を与えない安全な道が、この契約路だ。
とはいえ、聖域の契約路の場面は既に風化した話といっても過言ではない。
単純な交通量の少なさもある。
あと、あるとするならば、人間が道から森へ入り動植物を狩り、狩りが過ぎれば魔族が人間を狩る。稀に知性のない獣や昆虫達に襲われた人間が、それを魔族による襲撃と勘違いを起こす事もある。不可侵条約というよりも冷戦に近い話だ。
「卵のその後は……不明か」
本来であれば外敵に対抗する術のない卵という無防備な存在に対して、鳩は胸の辺りに妙なざわめきを覚えていた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
多忙につき更新頻度が落ちますが御容赦御了承くださいませ。




