パタつかせて確認
「なるほど、キミは同郷の者だったか」
さして驚く様子もなく頷くグルグルひよこ。いや、よく見れば黄色いお尻の羽がふるふると震えている。驚いてるのか判断に困る反応だが。
しかし、なんともまぁ酷い話だ。
神様は仰いました。
となんかの信者っぽくはなるが、確かに言った。可愛い女の子が同じ世界に転生したと。嘘は言ってない。
でも、ひよこだ。可愛い女の子の転生先がかわいいひよこだ。間違ってはいない。いや間違っている。少なくとも俺の下卑た目論見もとい甘酸っぱい予想とは、あまりにもかけ離れている。
「しかし、キミもなかなか理解があるな。望んでペンギンになろうとは」
「……はい?」
何言ってんの、このひよこ。
「いや、皆まで言うな。解っている。解っているとも」
呆気にとられる俺の前で、わざわざ身体を捻って羽で制すひよこ。あぁ、羽の可動域が人の時より少ないもんな。俺はどうだろう?
「確かにキミの思う通り、ひよこは成長するに辺りそのひよこ足る可愛らしさを失ってしまう。しかしながらそれを補って余りある――」
両手を前に前ならえ、出来る。後ろもそこそこ。上は、多少いけるぞ。
「その点においては、ペンギンは可愛らしさを維持したまま成長できる個体だろう。あぁ、確かに私はキミに嫉妬している。私もペンギンという手段があるなら――」
一応パンチ……は指もないし握り拳が無理だからチョップだな。なんて言ったか……フリッカーみたいなヤツ。まぁ、チョップでいいか。手刀はまた違うし。キックは諦めてる。どう見ても無理だろ。短すぎてストンピングすら危うい。チョップ一択で頑張ってみるか。不安しかないけど。
「しかし、だがな。私は……いや、私達がいるのは異世界。そう!! 未知の世界なんだ!! ひよこではあるが、その先はまさに未知数だ。だから――」
うーん。でも、チョップじゃなぁ。上からこうじゃなくて……こう振り下ろすけど切るように……うん?
「あっ!!わかったぞこれ!!」
「ひゃっ!?ど、どうしま……どうした?」
「逆水平チョップだ!!」
「何が!?」
ピヨーッ!? と叫ぶひよこを余所に、俺は自分の直感を信じて身体を捻り、一歩前へと踏み込みながら、ふわふわの羽を横凪ぎに払った。
勿論、生まれたてのペンギンには無理があったらしく、盛大に転んでしまうわけだが――
[条件をアンロックしました]
「え?」
どこかで聞いたような声が響き、辺りを見回すが二羽のひよこしかいない。気のせいか?
[アビリティ【格闘の心得】を取得しました]
[条件のアンロックにより、アクションスキルツリー【逆水平チョップ】を取得しました]
「アビリティ? スキルツリー?」
続くように響いた内容は未知なことばかりで、オウム返しのような言葉で問いかける俺にもちろん返事はない。
「いったい何をやっているんだ。キミは」
「いや、いま声が聞こえたんだけど……すまない」
「ようやくまともな受け答えが出来そうだな。ふむ、声、か……」
俺にしか聞こえなかったとでもいうのか? あんなにはっきり聞こえたというのに。
転んだまま困惑する俺に、グルひよは合点がいったように頷いた。
「もしや、なんらかのスキルを取得したのではないか」
「あぁ、アビリティってのと――」
「たべる、きた!!」
疑問が解消される前に、腹減りひよこの元気な声によってかき消される。いい所だったんだが……先に食事かな。
「話は後だな。初日のキミには多少ショッキングな出来事が起きるが……まぁ、郷に入れば、だ」
どこか神妙な声で空を見上げるグルひよに、うつ伏せのままな俺は羽をパタパタさせるしかない。いや、起き上がるのムズいんですけど!? きっついぞこれ!!
「なにをパタパタやって……可愛いな」
「見とれてないで助けてくれませんかね!?」
赤ちゃんのほのぼの動画の裏側を垣間見た俺は、グルひよの補助により再び立ち上がる事が出来た。クチバシで首の後ろをカプッ、ぷらーん、だ。女の子にされてると思うと羞恥心がこみ上げてきそう。
そうこうしている内に、強い風が吹き始めて、目の前に陽光を遮る大きな影が現れた。
影を追うように空を見上げれば、なんともまぁ……大きな大きな鳥が降りてきたではないか。
「もしかしてこれが親鳥、なのか……?」
空を我が物とするほどに悠々と舞う姿に、俺も成長したらあんな風になるのだろうかと……
いや、流石に異世界でもそれはどうだろうか。
ないわ。俺、ペンギンだし。