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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第二章 ペンずる者は掬われる
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閑話 老体の願い

フルボリューム 爺ちゃん

 


 興味の芽が湧いたのは……と訊かれれば、目覚めと同時の出来事からであろう。



 昔は戦神の一柱、拳聖に名を連ねた自身だ。老いた体とはいえ不意の一撃に対応する事など、寝ながらでも出来るという自負があった。


 鳥の鳴く声に、その意味を聞きながらの目覚めの一番。儂の目の前には一匹の生き物がいた。


 白い綿毛を身を纏い、クチバシをあんぐりと開けた間の抜けた表情の何か。愛嬌に足と翼とクチバシをつけたような生き物がなんであるか。理解が出来なかった。


 しかし、推察(すいさつ)より先を制したのは、その白い生き物であった。いきなりその短い足で枯れた枝木の地面を疾り、裂帛(れっぱく)の気合いと共に白い翼をこちら目掛けて迷いなく振るって来たのだ。


 奇襲を受けるのは久しく。しかし、ならばなぜ寝入りに行わなかったのか。疑問はあれども、まるで人間のように理を持った格闘の動きに儂は敢えて身を晒した。


 柔らかい翼の一撃。一撃というには、可愛らしい稚児(ちご)(たわむ)れに似た触れ合い。しかし、同時に見事な動きから繰り出されたそれに、起こしたばかりの儂の身体が再び地に倒される。



 運が悪い事にその際に後頭部へ堅い枝が当たり、意識が飛んでしまうとは思わなんだが。




 かの生き物が鳥だと知ったのは、意識を取り戻して少ししてからだ。驚く事に稚児と思われるこの生き物には人並み、下手をするとそれ以上の知性がある事が解った。


 遠慮や慎みを知り、しかしどこか媚びへつらうような様相は好まぬが、先の一撃の主という事もあり、儂はこのソラと名乗る鳥の稚児に芽吹いた興味がまた少し育つのが解った。



 そして、驚きは終わらない。


 極樹の巣に来た"理由"との対面が起きた。


 凶極鳥フェニス。


 魔王軍幹部であり、人類の敵のひとつとされる巨鳥である。


 幾度となく戦場でぶつかり合い、殺し殺され合うような仲ではあったのだが、ひょんな事から興味を抱いたのは儂だけではなかったらしい。



「地を這いながらも私に手傷を負わせられる稀有な人間よ。名を何という」



 今にしてみれば、頭がおかしいと思う。命の遣り取りをする間柄、ましてや人間ではない化け鳥の声に拳を解くだなんて。


いや、おかしかったのはこの時からではない。でなければ目の前にいる鳥の声を理解する為に修行の傍ら、戦友(へんたい)に教えを()うなどするはずがない。


 かくして拳ではなく言葉を交わされ、あの時の儂はある意味、戦うよりも高ぶっておった。


幼き頃に聞いた枕話に感化されていたのかも知れない。気高き龍に名を覚えられた者は英雄になれる、と。儂にとって奴はその龍にとってのそれに値したのだろう。今にして思えば、あの頃の儂もまた幼かった。



「人類解放軍、戦神が一柱。拳聖グリ――」


「長い。名を名乗れと申したぞ」



 その名乗りの途中で攻撃を繰り出すとは流石畜生。そう思う矢先に新たな攻撃が加えられたが……奴が聞きたい事はそういう事ではなかったのだろう。



「……ジョルトだ。戦友達はそう呼んでいた」



改めて返した言葉は、フェニスの問いに正しく返せていたのだろう。満足気に言葉をクチバシのなかで転がしながら――



「……ジョスタ。ふむ、覚えたぞ」


「ジョルトだ。何も覚えてねぇだろ」



 鷹揚(おうよう)に頷く奴に、儂はもう敵意で以て拳を握れなくなっていた。少なくとも誰かの仇であるが俺の仇ではなかったからかも知れないが。


 なぜ、その名前を教えたのかは解らない。もうどうせ誰も呼ぶ者がこの世にはいない、忘れられゆく名前だったからかも知れない。そんな感傷に浸るくらいには若かった。



「ジョルトよ。お前はこの戦、どう見る」


「つまらねぇよ。こんなのは戦いじゃねぇ」



 先程まで拳と翼で死を交わした仲の俺達が、こうして戦場でなんの意味もない言葉を交わす皮肉に儂、あの時の俺は笑いながら応える。



「では止めるか?」


「生憎、個人の感情が闊歩(かっぽ)出来る状況でもねぇ。この背中に押し付けられた重さがある内はな」


 その守るべき重さがなんなのか。そんな物が幻だと知るのは随分と後になるが。



「つまらぬ、争いか。なぁ、ジョンソンよ」


「ジョルトだ。駄鳥が」


「駄鳥ではない。フェニスだ」


「フェルスだな。覚えた」


「……解った。ジョルトよ」



 名前を間違えられる腹立たしさを知ったのだろう。まぁ、また忘れるのだろうが。奴、フェニスは大きく翼を広げると同時、周囲に氷が広がり始める。



「この戦。つまらぬ戦を終わらせよう」


「……そうだな。終わらせよう」




 あぁ、せっかく知り合えたってのに。もう殺し合う仲に帰るのか。と、その時の儂は心底悔やんだ。



 だが、結果はもっと、ずっと悔しい事だった。


 

「では、この場は貴様にくれてやろう。ちょうど私は"まだ死ねる"。さらばだ。ジョルト、拳を空に届かせた者よ」



「は? いったい何を――」


「いつか、楽しく試合える日にまた。会おう」


「ちょっと待て!!そんなの、こんなのは……」



 言葉の意味が解らなかった。


 氷の彫像となって動かなくなったフェニスはその疑問に、もう何も返してくれることはなかった。



「畜生が、せっかく言葉がわかったってのに」



 人類解放軍、戦神が一柱。


拳聖グリアルド=ジョルダリオンが魔王軍幹部、凶極鳥フェニスを打ち取った。



 人類に担ぎ上げられた独りの大馬鹿者は、こうしてただの英雄になった。



 時は流れ、ひとつのつまらない戦が終わり、またひとりの戦友を亡くした俺は、儂となり、ひとつの噂を聞くことになる。



 極樹の聖域に、美しい蒼色と翠色をした巨大な鳥がいる……と。


 もしかすると、もしかすると……フェニスの家族かもしれない。それならばこの偽りの英雄を、彼女の仇である儂を殺してくれるかも知れないと、自然に足が向かった。



終わるのであれば、その似姿を見てから終わりたい、と。




「人間よ、殺されに来たか……」




 果たして死に逝く老体である身は、姿を消して死んだ筈のフェニスとの再会に至る。


 案の定、フェニスは儂を忘れていたが、儂が奴を、戦友を違えるはずもない。軽くやり合うくらい、戦友にはよくある事だ。



 酒精に身を委ねながらそんな昔を思い返し、儂は戦友と、戦友の子と食事の席についていた。


それは酷く身体と心を震わせる場所であった。それこそ、ここが冥土ではないかと疑うほどに。



 もう、悔いはない。



 しかし、人間とはつくづく欲深い生き物だと思う。好機の種が芽吹き、達成の花を咲かせれば、今度は次の実をつけさせたがる。



 視線の先、そこには凶極鳥フェニスの子。あの一撃を打った稚児がいる。


 果たして、その稚児に儂の技を継がせる事が出来たなら。結局、墓にまで持っていく事になるしかない儂の、拳聖の妙技を。



 あぁ、駄目だ。求めてしまう、夢想してしまう。人の世を恐怖させ、秀でた風と氷の魔術を扱うフェニスと、魔物の世を拳で揺るがせた儂の力を併せ持つ存在。



魔王軍幹部と戦神の一柱の力を継ぐ存在。



 フェニスには大恩がある。少なくとも、(いのち)を預けはしたが、求めるばかりで望みはひとつたりもくれなかった国の王族相手とは比較する事すら烏滸がましい大恩が。恩を理由に欲を満たすなどあまりに浅ましい事だろう。



 だが結局、儂は果実より甘く、酒より強い誘惑には勝てなかった。



 フェニスの子、ソラの弟子入りを提案するとフェニスも儂の思惑に乗ってくれた。もはや形ばかりの手合わせは早く終わらせよう。


ソラには恐らく、才がある。それが見抜けぬ儂ではない。



「さぁ、打ってきてみよ」



 相対すると、なんともまぁ小さな存在だ。フェニスの大きさから、やはり稚児なのか。


 しかし、それでも立つ姿は堂に入っている。恐らくは生まれたばかりなのにフェニスに相当しごかれたのだろう。この極樹の聖域周辺にいる魔物は人間が相手にするでも相当なモノだ。恐らくそういった強者と戦わされてきたのだろう


 まったく可哀想に、更にこれから儂もそこに加わるのだがな。



 そんなフェニスの教育の果てに、稚児でもこうして気負わず、高ぶらずにいられるのであろう。何よりも――



「儂を前に良い目をする……」



 思わず、喰ってしまいそうなるくらい。ソラにしてみれば真剣なのであろう手合わせだ。これはちゃんと受けねば失礼か。



「……行きます」



 手合わせとはいえ、戦いは既に始まっているのだが、律儀というか。変に真面目な奴だ、本当にフェニスの子か? 面白い、本当に――



 ソラの動きはやはり、その身のままの稚児と呼ぶには似付かわしくない。


 恐らく、何らかの技術……スキルを取得しているのだろう。しかもそれに頼るのではなく、自らのものとしているようだ。本当に、恐れ入る。


 酒精が意識から飛ぶ。本腰を入れて受けねばどちらかが怪我をするであろう一撃が来る。



 身体の作りが違うからか、どんな攻撃かは判らない。何となく予想がつく、恐らく寝起きの儂に放った技か。フェニスの子であれば魔術が来るかとも思ったが。



 翼の長さから見て、少しばかり距離の詰めは甘いがここから来るのは果たして――



 ざわり、その目に宿る何かに、一瞬にして全身の毛が怖気立った。



――ここまで伸びるか!?



 剣のように横凪ぎに振るわれる翼だが、その速度と伸びが尋常ではなかった。当初の間合いは正しく。全身の力、それ以上の力を収束して放つ、文字通り決死の一刀。



 白い翼が鋭い刃となり、儂を喰らおうとする。



 この容姿で、これだけの力を持つスキルなど儂は知らない。


いや、これはまさか……



 奥、義……?



 しかし、疑問の解決より先に、本能はこの一撃に対する答えを出そうとする。



 グリアルド流拳闘術 天墜。


 己の肘と膝で敵の攻撃を挟み砕く攻防一体の技だ。



 思わぬ強襲に反応する身体を、必死に止めた。稚児であるソラに、この技を使うという事は翼の破壊は免れない。


 腕と足の筋肉が小さく千切れる音。痛みに耐えながら、しかし我が身に向けられた一刀も防ぐ、恐らくアレは致命傷になりかねないのだから――



 果たして、ソラの翼と我が身の両方を守りきれるか。簡単な手合わせなんて思っていた愚か者は誰だったか。



 しかし、まさか奥義を放つとは。



「……見事」



 一瞬で全身に汗を掻きながら、儂から言える事はそれに尽きる。



「……ありがとうございました」


「礼を言うのは儂じゃ。その幼き身で、本当に……本当に良くやる。本当に、良い物を見せてもらった」



 まったく、我が身が恥ずかしい。


 油断していた。慢心もしていた。


 ソラという存在を弟子に据えられる事だけに歓喜した儂の姿は空腹に飢え、肉を前に待たされる犬のようにだらしなかっただろう。


 過去の自分を(あざけ)りながらの体たらく、昔の儂が今の儂を見たなら、間違いなく名も聞かず殺していた。



 これで何が弟子に迎えるか。全く以て恥ずかしい。



 見ろ、拳聖グリアルド=ジョルダリオン。この傷跡の潜む翼を。建て前での手合わせと侮る儂に向けてくれた力の末路を。


 見ろ。拳聖グリアルド=ジョルダリオン。届くべくもない力を前に打算も諦めも毛頭ない。抑えられた全力に悔やみ、震える小さな身体を。



 このか弱くも尊い存在にいったい誰が、いったい何を教えてやれるというのだ。


 履き違えるな。


 拳聖グリアルド=ジョルダリオン。



「ソラ殿。改めてお願いしたい」



 本当に願うなら、授けたいなら。


 するべき態度がある。


 痛む老体を無視して、拳と膝を地に着いて頭を下げる。


 浅ましい老体の願いを聞いてもらうのだ。当然の態度だ。



「儂の技術を、継いでほしい」



 馬鹿だと思われて構わない。愚かだと思われて構わない。


 それで儂の願いが聞き入れられるのなら。



「えっと、こちらこそ」



 あぁ、嬉しいな。今日という日は。


 フェニスと再会し、こうして弟子とも巡り会えた。



[承認によるアンロック。称号【拳聖グリアルド拳闘流 開祖】を取得しました]


 久しく聞いていなかった天の声に儂の身体は打ち振るえた。

長いよ爺ちゃん。

本当は三人くらいの視点での話の予定が気持ち病んでる爺ちゃんの話になったという。


前話の誤字はまた次回までに直します。


ここまでお読み頂きありがとうございます

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