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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第二章 ペンずる者は掬われる
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パタつかせて無念

 


 何やら妙な事になった。



 (いろど)り豊かな果実と、手に持つ白い陶器に入った液体を口に運ぶ老人を前にして、俺はそう思わざるを得ない。


「お酒、ねぇ?そんな物が美味しいと思う者の気持ちが解らないわ」


 老人の隣、ママ鳥はどこから取ってきたのか。牛に似た生き物をちびちびと(ついば)んでいた。何気にママ鳥が食べてる所を初めて見た気がする。俺も肉食べたいんですけど、まだ早いですか?


「そんなデカイなりをしてまだ酒の味も解らんとは、つまらんのぅ」


 酒精のせいか微かに頬を染め、杯を傾ける老人……ジョルト老は言葉とは裏腹にどこか挑発的な笑みでママ鳥を睨む。


「相変わらず果実を好まず、死肉鳥のように肉や虫ばかり食う御主の方がどうかと思うがの。肉が旨いのは儂も解るが、今はどうにもな」


「それが老いよ。ご愁傷様」


 お返しと呟くママ鳥に、皺の寄る顔で笑むジョルト老。姿の違う、しかし同じ顔をして笑い合うふたりがどんな関係だったのか、気軽に訊ける空気ではなかった。



「「…………」」



 もっとも、俺以上にこの空気に居心地悪そうにするふたりがいるのだが。メアリーはともかくジョニーさえも、非日常であるジョルト老への警戒からかママ鳥を挟んだ向こう側から、ママ鳥が狩ってきた虫を食べながら、じっと様子を窺っている。



「時にフェニスよ。なかなかどうして御主も愉快な事になっておるな。まさか儂と同じくらい好戦馬鹿だったであろう御主が子を持つとは……」


「そうね。最近はそういう事もなくなったし、やろうとも思わないわ。私も歳を取ったのかしらね」


「……老いたな、ふたりとも」


「そのお酒、本当に美味しいの?」


「お、やるか?お前と飲み交わすという夢も叶うとは、今日は良き日だ」



 酔っているのか。どこか口調を若くしたジョルト老が(おもむろ)に巣へと腕を突っ込み、酒瓶を取り出して、ずんと置く。



「なんで酒が巣から取れるんですか。しかも一発で……」


「便利な巣だよな」



 メアリーの呟きに、俺はそう返す。もはや、そうとしか言えない。



「あら、意外にイケるものね。でも、特別な時にしか飲まない事にするわ、癖になっちゃうもの。ふふふ……あぁ、おいし」


「ならば、今は飲める時だな。しかし、そうだな。あまり素人が深酒をするのも薦められん」



 大きなクチバシに酒瓶を傾けるジョルト老、その視線が、不意に俺と重なる。



「ふむ……飲むか?」



 これはアレだ。廃れつつある文化、親戚が集まる席で誰彼構わず酒を勧めるおじさん。もしくは飲み会の上司。どちらも将来的な面で断れるパターンではない。


 それはさておき、興味はある。前世では甘い洋酒を好み、ビールの味が解り始めた歳の俺だ。日常的に飲む事はなかったが、今のような時には飲んでいた。


 でもなぁ。未成年? だし、どのみち生後間もないし。どうしよう、ママ鳥。


「そーねぇ……少しだけよ」


少しだけとろんとした目付きは危うさを覚えるに充分だが、保護者の許可は得られた。というかママ鳥、お酒弱いのか。


「それじゃ、少し頂きます」


「うむ、少しか……と、持てるのか?」



 ママ鳥とは違い小さな俺である。器用に両翼先で酒瓶を挟んで、傾ける。クチバシの横から零れないように少しだけ、どうにか酒を口に運ぶ。


 するりと舌に絡む酒は、微かな酒精の香りと残して喉の奥にするりと流れ落ちた。ゆっくりと吐きこぼす吐息は熱を持ち、口内に広がる小さな辛味と共に外へと流れる。



「……あっ、これ旨いかも。残りも少しですしこのままいただいても?」


「ククッ、よかろうよかろう」



 多分、諭吉二人級の日本酒に近い。水のように飲めるヤツだ。だからこそ飲み過ぎる危険があるけど、ちびちびと飲む分には最高かもしれない。おつまみ(ミルキーワーム)がないのが悔やまれる。



「……ほう、知性もさながら。酒を楽しむ所作も人間みたいな奴じゃの。見た目は愛嬌に溢れておるが」


「ふふーん、わたしの自慢の子達なのよー?きっと貴方も気に入るわぁ」


「なるほど……ソラ、といったか。ひとついいかの?」


「っと……なんでしょう」



 多分、果実とか一緒に飲むとまた違うかもしれない。人から話を振られてる時に飲めないのは辛いな、せっかく旨い酒なのに。


 頭の隅でそんな事を思っていたのだけど、ジョルト老に向き直ってそんな思考はすぐさま払いのけられた。


 酒精を酔っていた老人の眼とは思えない程、真っ直ぐにジョルト老は俺を見ていた。なにか大切な話でもするように――



「儂の弟子にでもなってみんか?」



 予想に違わず。しかし、予想外の問いかけに俺は暫し目をパチパチと瞬かせた。



 ◇ ◇



 どうしてこうなったのか。


「ソラ、存分にやってみなさい」


「ソラ、がんばれー!!」


「…………」


 酒の肴程度のノリなのか。ママ鳥始め、食事を続ける家族に見守られながら、俺はジョルト老を前に立つ。



「さぁ、打ってきてみよ」



 弟子云々(でしうんぬん)の話に興味を示したのは、俺だけではない。なぜか、俺以上に反応を示したママ鳥に言われるがままに、俺の弟子入り試験が始まった。酔った勢いも悪さしてると思う。


 とはいえ初めての対人戦闘。身長差は半分より高いくらい、ミミズ相手とは打点が違い過ぎる。翼の範囲は合うか、歩幅は? 酒酔いはない。そんな事を考えてしまう辺り、俺としてもノリノリなのだが。やはり、やるからにはおふざけなんて一辺倒もない本気で臨みたい。



 観察する意識を切り替えて、戦う意識を引き締める。身体は脱力し過ぎず。視点は相手より少し遠くを見る。


ゆっくりとエンジンがかかるように、気持ちと身体に熱が籠もる。


 なんでだろう。こんな気持ちになるのは。空を飛びたいと思った時と似ている。この切ないようで熱い気持ちは――



「儂を前に良い目をする、存分に楽しめ」


「では……行きます」



 その言葉に一瞬だけ目を瞬かせるジョルト老だが、口元に無言の笑みを浮かべて俺を迎え入れてくれた。



 小細工は、無しだ。


 あの凍てつく氷の景色にいた人に、俺はどこまでの事が出来るか。ただ、全力を尽くす。ありったけの力を見せるだけだ。



 ならば、その選択は必然。



 身体を前へ倒しながら、強く踏み締める足裏から伝わる確かな感触はいつも通りに。


 景色が、風が、身体を撫でるように流れる。


 強弓を引き絞るように()じる身体の内に翼を仕舞い、解放の一瞬を待つ。



 地を掴む軸足から伝わる力を、身体の中から翼へ集約。ただの一振り、ただの一刀の為に。



 奥義 水月。



 風を斬り、空を断つ。


 鋭い痛みを、乾いた音が置き去りにする。



"はず"だった。



「……見事」



 意識が醒め、初めての光景は俺の翼がジョルト老の膝と肘で挟まれていた所だった。


 恐らく、本気になれば俺の翼を容易く挟み砕いて破壊出来たであろうそれは、優しく俺の翼の勢いだけを止めていた。お陰様で俺の翼は怪我のひとつも負っていない。ジョルト老の方も無傷だった。



「……ありがとうございました」


「礼を言うのは儂じゃ。その幼き身で、本当に……本当に良くやる。本当に、良い物を見せてもらった」



 じくりとした胸の痛みには見ない振りをして一礼すると、ジョルト老は枯れ木のような両手で慈しむように俺の右翼を包んでくれた。


 しわが寄る顔をさらに皺くちゃにしているジョルト老の気持ちは解らない。



 でも……あぁ、やっぱり悔しいなぁ。



 俺は傷のない右翼を見ながら、どうしてかシクシクとした痛みにクチバシを堅く噛み締めた。

痛かったのは翼?

それとも……



ここまで、お読み頂きありがとうございました。

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