パタつかせて誕生
「……ん……ここは?」
ゆっくりと浮上する意識のなか、それでもまだ覚醒と言うには程遠いような微睡みの中で、それでも確かに俺は意識を取り戻した。
暗くて、狭い、ちょっと熱い。
不意に目が覚めて置かれた状況はそんなところ。なんなの、これ。身動きが全く取れない、多少の余白はあれど、体にフィットした箱のような空間の中らしい。
状況を整理しようとして次に浮かんだのは、直前に残された記憶の残滓。
まさか、まだハゲマッチョのズボンの中なのではなかろうか?
「嫌だぁぁぁぁっ!!」
怒りとも恐怖ともつかない感情の爆発と共に力いっぱいに暴れると、連鎖するように不思議な事が一辺に起きた。
ひとつ、壁のような何かをバリンと突き破って両手足が無事に外に出た。
ふたつ、耳に響き渡る「キュイィィィッ!!」という甲高い声。
みっつ、おかげで少し明るくなった。手足によって空いた穴から光が漏れていた。
つまり、そこから導き出される答えは……
「やった!!ここはズボンのなかじゃねぇ!!」
俺の知ってるズボンはこんなバリバリ砕けるものなんかじゃない筈だ。
違う、そうじゃない。いや、違わないけど、そうだ。
そしてなんか「クィィッ!!キュイィィィッ!!」って甲高い声も俺の声に連動して聞こえた。かわいいけどなんなのこれ。耳がおかしくなったのだろうか?
いや、そもそもが既に何か色々とおかしい。
異世界に転生したんだよな。おそらく。
手足が外に突き出てはいるようだが、ひとまずは状況の確認が先決だ。
「ステータス、オープン」
胸のドキドキを抑えながら呟いた異世界転生ではお馴染みであろう言葉には、何も起きない。
あと「クィィ、キュィィ」って聞こえた。らぶりー。
おっかしーな。俺の知ってるテンプレと違うぞ? もしかしてレベルとかステータスとかない系なのか? まぁ、前世もそうだったしな。仕方ないか。
となれば、外に出てみよう。なんか、もう壁とか壊してるけど仕方ないよね。うん、仕方ない、仕方ない。
おっ、この壁結構もろいのな。穴のところからペリペリ壊せる。どんどん明るくなって、ちょっと眩し――
[条件をアンロックしました。ご誕生おめでとうございます。これより始まる生活を心より祝福致します]
「うぉ、誰だっ!?」
眩しさの中、まだ目も開けられない内から響いた聞き覚えのない声に驚くが、返事が返ってくる事はなかった。相変わらず可愛い鳴き声は聞こえたけど。
しかし、次の瞬間にはそれよりも俺はたったひとつの事に心を奪われてしまった。
青空。
言葉にしたなら、ただの風景でしかないそれに。俺は一言も発する事もなければ、身じろぎひとつせずにいた。
照らしつける太陽以外のほかの一切を許さない程に強く、深いただ一色の青色。雲ひとつない晴天が俺の視界いっぱいに広がっていた。
「おや、これはまた……なんという――」
どれだけそうしていたのか、恐らくは仰向けになっているまま微動だにせずにいた俺へ"誰かの声"が聞こえた。
音と言うには意味として理解できる言葉に呆然としたまま視線を向け――
「……は?」
理解できない光景に唖然とした。
"ひよこ"がいたのだ。二匹。
一面に枯れ枝のような物が敷きつめられた地面の上に、俺くらいの高さサイズの黄色いひよこが。
流石は異世界といったところか。早速すごい生き物がいたもんだ。凶暴そうな生き物には到底見えないことに遅れてやってきた安心感。むしろ超可愛いな。和む。
「どうして、この卵だけ中身が……やはり……」
そんな巨大ひよこの内、一匹は俺に興味がないのかクルクルピヨピヨとその場を回り始めた。
恐らくはさっきの声の主だろうか?同じ声色でなんかブツブツ聞こえるひよこ 流石は異世界、巨大ひよこは喋るのかな。もしかして飼育とか出来るのかな。
声にならない感動は一度蓋をして、俺の興味はもう一匹へと……
グルグルひよこよりもひと回りは大きなひよこが、おめめをパチパチトコトコやってくる。やべぇ、キュン死する。
「ぐぅ」
「ぐぅ?」
互いにピヨクィと声が聞こえれば、何となく解ってきた事がある。
ピヨはひよこから。クィは俺から。
大きさを考慮しなければ鳥の巣と言っても否定はできない光景と、俺の傍らに転がる"殻の破片"。
ハハッ、マジかよ。
俺、もしかしてひよこなの?
人外転生ってヤツ? うそん。
「やりやがったあのマッチョ……」
絶望に打ちひしがれる俺は、その場で崩れ落ちた。普通、人外転生だとは思わないだろ。クーリングオフ期間ってあるのか?
「ぐぅ、なる……」
俺を見たままなのであろう、どこか切なげにピヨピヨと鳴くひよこに、グルグルひよこが歩み寄る。グルグルひよこって今更ながらグルグル鳴くひよこではない。てかなにそれこわい。もうどうにでもなれと思わんでもないわ。
「あぁ、お腹が空いたんだな? まだご飯は来ないらしいから待つんだぞ?」
「ぐぅ、なる……」
「もう少し、あの影……そうだな、あそこにある暗い部分があの枝くらいに来たら、きっとご飯だろう」
グルひよが短くふわふわな羽で差し示すのは、巣の中に出来たミステリーサークル……ではなく、何らかの意図を以て出来たオブジェだ。
小枝で少しだけ歪に、それでも意識して作られたであろう円の中心に、比較的真っ直ぐに突き立てられた枝。円の周囲には卵の殻や胡桃のような何かなどなどが等間隔に配置されていた。
もしかしなくても日時計か? ひよこが?
「ぐぅ……すぐ?」
「うむ、もうすぐさ」
哀愁の漂うひよこに寄り添うグルひよの目には確かに知性に似た何かを感じる。
ってか、なんかちょっと声が高くて良く通るいい声だなアイツ。さぞかし中にも良い人が入ってるのだろう。
見渡せば大きめの学校のグラウンドくらいはあるくらいに異常な広さを持つ鳥の巣だ。規格外なサイズのひよこが賢くて良い声なのも無理はないよね。まともな事など何もない、異世界ひよこが可愛くて頭がいいくらいだ。
それに、まぁ、俺だってやる気になったら? 日時計とか解るし? 作れるし。あれ? 俺ってば凄いひよこになれるんじゃね?
「いや、凄いひよこって何だよ」
副音声のような可愛らしいツッコミボイスが聞こえたか、ひとしきり慰め終えたのか。グルグルひよこがこちらを向く。
「凄いひよこ? 産まれたばかりなのにキミは随分と語彙力……えぇと、言葉を知ってるね?」
「あぁ、そりゃどうも」
元人間だからね。だがこういった事は伏せるべきなのか。ちょっと迷ったけど伏せる事にした。
ただ、何の気なしに軽く頭を下げて言った俺の様子を見て、グルグルひよこは、まんまるおめめを更に丸めた。
「キミ、今"お辞儀"をしたのかい!? 生まれたばかりの"ペンギン"はそんなことも知っているのかい!?」
「おぅ、もふもふぅ」
両羽で人様の顔を挟み込んで声をあげ、鬼気迫る表情と言ってもやはりひよこはひよこ。
身体は大きくても、ふわっふわな羽毛が心地いい。俺の白いふわっふわな羽毛だって負けてな――
って、今なんて言ったこのひよこ。
「なぁ、ひよこさん?」
「なんだい? ペンギンさん?」
「……ペン、ギンだと?」
改めて自分の体を見てみる。
白い羽毛。ふわっふわ。
なで肩も真っ青な程流線的な肩から生えて、真下へと下がる両手を確認。ぱたぱた。おぅ、きゅーと。
足元を見ようと……あぶねっ、転ぶ所だった。水掻きっぽいのがある足元を確認。わぉ、ちゃーみんぐ。
「なぁ、ひよこさん?」
「なんだい? ペンギンさん?」
「俺の顔ってどんなん?」
鏡がないから見えないんだよな。頼むわ。
グルグルひよこは俺の意図を理解したのか俺の周りをグルグルピヨピヨ回る。しっかし何だかんだ言ってもひよこの足は細いな、簡単に折れるんじゃなかろうか。
「うん。私も小さい頃に一度絵本で見たんだが、正真正銘、紛うことなきペンギンの赤ちゃんだね」
「まじ?俺、可愛い?」
「あぁ、とっても。ハートフルだね」
その声はとても満足げだった。ぱっちりウインク、突き出す羽には自信たっぷりに親指が立てられている幻さえ見える。
「なぁ、ペンギン?」
「どうした? ひよこ」
「私はひよこか?」
「あぁ、間違いない」
「そ、その、可愛いか?」
「うん、ヤバいわ」
「はぁぁ……」
桃色吐息とでもいうべきか。身震いするひよこに、俺もキュンとなった。というか自覚は……なかったのか。手鏡ひとつないもんな。
「なぁ、ひよこさん?」
「ふふっ、なんだい? ペンギンさん?」
幾度となくキュィクィピヨピヨと和む声を聞きながら、俺は聞くことにした。
「お前、異世界転生してきた人間だろ?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ストック無くなるまでは12時間更新でお送り致します、ぺんぺん。
※ペンギンの鳴き声は聞き損ねた為に願望が混じっています。