パタつかせて無謀
※今話を読む前にプロローグの『パタつかせて走馬灯』を読むと話がスムーズに感じます。
……以上が俺、前世は水鳥 空という男が転生したペンギンの走馬灯だ。
――馬鹿だったな。
風を一身に受け、空を滑るように進む身体は、確かに気持ちが良かった。
しかしその先にあるのは、よりにもよって森が開かれた岩場。枝と俺との体重差なんて最低限の安全確保すら怠った俺の失態だ。ついついカタパルトが出来上がって、空が飛べるという高揚感に駆られた馬鹿。
もう頭のなかには反省しかない。
上手くやれる気がした。前世よりも。
気がしただけだった。前世よりも。
無謀なペンギン。
なんという皮肉な称号か。
所詮は飛べない鳥だったのだ。不可能を可能にする事は出来ない。だから不可能なのだ。スキルとか、アビリティとか、そんなレベルの話じゃなかった。
御都合主義の塊である物語を都合良く夢見すぎた罰だ、これは。
――ま、まぁキミも反省しているようだしな。私も子どもではないし、借りは返さないと、だからな。
あぁ、畜生。
メアリー。なんか色々ごめん。
――やくそく? ママがいってた!! やくそくやぶっちゃダメ!!
あぁ、畜生。
ジョニーと約束したのにな。ごめんな。
――ソラ。
あぁ、畜生……畜生……!!
ママ鳥、マザー、母さん……母さん……!!
「ごめん、ごめんなぁ……母さん、ごめんなぁ……!!」
悔恨に滲み震える声が、懺悔に涙に滲む視界が、風に流れて、消えていく。
「ソラァァァァッ!!」
風の鳴く音を切り裂くように、大きな叫び声が響き渡った。
それは、最後の願望が叶えた幻聴か。
小さな俺の影を覆う大きな誰かの黒い影が地面に映し出される。
それは、最後の願望が叶えた幻影か。
身体を痛いくらいに締め付ける爪が、俺を捉えた。地面まであと少しの所で、身体は再び空へと上がっていく。
その爪の掴む強さが痛くて、骨が軋むほど痛い。
どれだけ強く力を込めたのか、分かる痛みだった。
どれだけ強く感情を込めたのか、分かる痛みだった。
「があ゛ざん……!! ごべんな゛ざい゛……!!」
この痛みを失いそうだったのが怖かった。死ぬ事より怖かった。
新しい家族に、また死という言葉の傷を残す。そんな馬鹿な行為をした事が怖かった。
「生き、てる……生きてるっ……!!」
震える声で叫ぶママ鳥の声に、どれだけの感情があるのか。改めて知る。
俺は知らなかったのだ。彼女の心が本物であると知った気でいた。
◇ ◇
「「ソラッ!!」」
ママ鳥のお陰で巣へと帰る事が出来た俺へと駆け寄るふたりに向かって、まずは――
「ご心配かけてすみませんでしたっ!!」
渾身の謝罪の言葉と、土下座である。ふざけてはいない。真面目な土下座だ。
「ソラ、私の方こそ……ごめんなさい。生きてるよね? ソラさん、生きてるんだよね?」
震える身体で抱き締めてくれるメアリーに、頷いて応える。言葉にしたらまた泣きそうな気がした。つまらない矜持を張らせて貰うことを心中で謝りながら、俺は頷く。
「ソラ、げんきない?」
「あぁ、いや……ごめんな、ジョニー」
「ソラ、おなかすいた? これたべる」
ぐいぐいとミルキーワームを押し付けてくるジョニーに、なんと伝えるべきか。でもその気持ちは非常に嬉しいから頂きます。抜けきらない恐怖に震えるくちばしで、まだ噛み切れないけど……
あぁ、畜生。うめぇな。
生き残れてよかった……本当によかった!!
「驚いたわよ。ソラが巣を飛び出していく姿が見えた時は……心臓が凍っちゃうかと思ったわ」
「本当に心配かけてごめん。おか――」
と、咄嗟に出た言葉を飲み込んで。何事もなかったかのように再び口を開く。
「本当にごめんな。マザー」
「……おかってなんだい?」
にやつくデカい一羽を除いて、事情を知らないメアリーの追求の声に、俺は難聴に徹した。え? なんだって?
「さぁ、お昼ご飯にしましょう?」
話を広げたくない俺を意を汲んでママ鳥は、いつも通りに優しげな声で、そう告げた。
「ソラさん。随分と帰ってくるまでしばらくふたりでいたみたいだけど。お母さんと何を話してたんですか?」
「素が出てるぞメアリー。いつもみたいに話してくれると俺も話しやすい」
「なっ……私だって責任を感じて、キミを案じた結果なのだがな。お気に召さなかったようだ。それで?」
「あぁ、その方がメアリーらしくていいと思う。まぁ、マザーとの話については秘密だ」
「おい。話が違っ、待て、ソラ!!」
話しやすくなるとは言ったが話すとは誰も言ってないし、流石に言えねぇよ。恥ずかしい話なんだからさ。
ただ、俺の全力ペン走も、メアリーの速さの前では無駄だったけど。黙秘権を行使します。
◇ ◇
「もう、落ち着いた?」
「……はい。ごめんなさい」
墜落死を免れた俺は、しばらく泣きじゃくっていた。我ながら、恥ずかしすぎてまた泣きそうだ。
「ふふっ、本当は怒りたいのに、そんなに謝られたら怒れないわ」
「それは――」
「嘘よ。少しだけしか怒ってないの」
ほんの少しよ? と絶対怒ってるタイプの人の言葉を繰り返すママ鳥に、俺は返す言葉が見つからなかった。
ママ鳥がそれをどう捉えたのかは、定かではない。思考能力なんて殆ど停止してるのだから――
「ねぇ、ソラ?」
「な、なに?」
どこか穏やかに、どこか寂しげに聞こえた問いかけで――
「さっき最初に言ってた。母さんって……多分、私の事じゃないわよね?」
今、全ての思考が停止した。
そろそろ一章終わりが見えてきました。
ここまでお読み頂いた皆様に感謝!!
ストックとかまだ出来ないから不定期で申し訳ない!!




