パタつかせて目指す先
お詫び更新二回目
「ソラ、まずは貴方に言わなければいけない事があります」
どこか怖いくらいに堅い口調で語り始めるママ鳥に、俺は恐る恐る頷く。なんだろう、ママ鳥が怒ってるような気がした。メアリーも不安げにママ鳥を見上げている。
「前にもメアリーには言ったのだけれど、たとえ家族であろうと自分のアビリティやスキルを軽々しく明かしてはいけません」
強い口調で語られるそれは、考えてみると当たり前のようで、でも家族なんだしという気持ちもある。甘いのだろうか。
しかし、俺の疑問が口から出るより先にママ鳥からその理由が明かされた。
アビリティやスキルは文字通り、自身の血肉となる。それがどういう話になるのか。
強いアビリティやスキルを持つ存在は、"餌"としても、"素材"としても優秀なのだ。
そう告げられた瞬間、身体から冷えた。理解しきるより先に本能的な所から来る冷たさに、思わず小さく、そして弱い身体がぶるりと震えた。
俺が得たモノのなかには有用であろうモノがある。種や集中等、どれだけ貴重かは知らないが取得という言葉がある以上、取得出来ない存在もいるだろう。
実力的にミルキーワームにようやく勝てた俺だ。どう考えてもそういったスキルを欲する輩から自分の身を守れる訳がない。
重くて、ひたすら重い不安を抱く俺に、ママ鳥はどこか遠い目で言葉を紡ぐ。悲しげで、辛そうな目で。
『同族における"それ"は継承ともされるの。似たような姿を持つせいかしらね? 血肉が馴染みやすいのよ。特に、繋がりを持つ"家族"は……』
それ以上の言葉は必要なかった。考えたくもなかった。この世界に産まれたばかりの俺だって理解出来る。
彼女にそういった欲求に優る何かがなければ俺という存在は既に喰われ、死んでいるのだろう。この世界の弱肉強食は前世より凄惨の一言に尽きるらしい。
悲観的だが、そういった将来があるのかもしれない。ママ鳥が、俺が、メアリーが、ジョニーが、殺されてしまう。強さの為にミルキーワームを殺しておいて、今更殺される覚悟がない事を知った。
それ以上に俺達がそれぞれを強さの為に喰らい合う最悪の未来だって、あるかも知れない。それだけは見たくないし、起きてほしくない。
だったら、どうすべきか――
「……お説教臭くなったけど。ソラ、貴方は凄い子よ」
暗い思考に落ち始めた俺に届いたのは、聞き慣れ始めた声。ママ鳥の優しさに溢れた声だった。
「産まれたばかりでスキルツリーを成長させ、奥義まで編み出すんだもの。貴方は私の自慢――」
と、そこで自身を見上げているもうひとつの存在に気がついたママ鳥は、小さく笑う。
見上げていた視線の主は、自分がどんな表情をしているのか気がついているだろうか。生憎まだひよこの表情に聡い訳ではない俺だが、その目に宿る感情がなんなのかは判っているつもりだ。
「もちろんメアリーも、ジョニーも、幼いながらあのジャイアントキャタピラーを簡単に下せるのよ。みんな、みんな私の自慢の子よ」
「自慢の……うんっ!! 私たちはお母さんの、自慢!!」
世辞の言葉かはさて置くとして、メアリーはその言葉が余程嬉しかったのか、幼児退行でも起こしたようにぴよぴよ騒ぐ。メアリーさん、ちょろすぎてキャラがぶれっぶれですわ。可愛いけどさ。
しかし、ジャイアントキャタピラーか。多分昨日のアレがそうなのだろう。俺もいつか戦わされるのかな。ミルキーワーム(ミミズ)とジャイアントキャタピラー(いもむし)はどっちが強いか。ママ鳥の言葉からすると圧倒的に後者なんだろうなぁ……いや、その前に俺は小さなキラーマンティスとやらか。ぺーん、怖いよー。
「ところでおかあさん。今日はどこにも行かないの?」
「っ……えぇ、当たり前じゃないメアリー」
不安ばかりの将来を嘆く俺を余所に、メアリーの何気ない口撃がママ鳥を貫いていた。
◇ ◇
落ち着かない。
朝、昼を過ぎてもフェニスお母さんが、珍しく巣にいてくれるからだろうか。違う気がする。それはそれで落ち着かないけど。
「メア!!」
ジョニーの声に我に帰ると、目の前でまさに今、鎌が振り下ろされる所だった。
「……っ!!」
慌てて飛び退こうとしたけど、足元の枝に足を取られて視界が反転する。致命的な失態に肝が冷えて――
羽を掠めて過ぎる風。
私の身体から舞い上がる数枚の黄色い羽を見ながら、ごろごろと転がる。立ち上がる暇を与えないつもりらしい、回る視界のなかでヤツはふたつの鎌を振り上げて私へと駆け寄る。
キラーマンティスの成体。
幼体よりも深緑に染まる細身の身体、両手の先に鋭く長い鎌を持つ魔物。
幼体を意図も容易く倒せたからと、油断していただろうか。いや、違う。幼体にはない鋭利な立ち振る舞いに油断をするつもりはなかった。
「メアをおっかけないで!!」
姿勢を立て直そうとする私へのアシストか。ジョニーが横手からキラーマンティスへと突進する。奇襲とまではいかずとも、意識を私へと裂いていたキラーマンティスはジョニーの大きな身体を避ける事も出来ずに跳ね飛ばされた。
「ナイス、ジョニー!!」
「メア、大丈夫!?」
出来ることなら追撃して欲しかったけど、ジョニーはキラーマンティスではなく私に駆け寄り、周りをグルグル回る。ひりつく思考に一瞬暖かいものが滲むのを感じ一呼吸。
「うん。羽根が何本か持って行かれただけで済んだから――」
カサカサと巣を這う音を耳に聴き、予想以上に状況が良くない事に気がつく。
視界にはジョニーが跳ね飛ばしたキラーマンティスが一匹。体勢を立て直していた。
しかし、"もう一匹"のキラーマンティスは、私達を挟むように後ろを陣取っていた。質の悪い事にわざわざ音を立てて注意を引いてくる。朗報と言えば、跳ね飛ばした方が先程のジョニーの一撃で損傷したのか、足を引きずっているように見える。怪我をしている……ようには一見して判断がつかない。
「小癪な……」
「メア、どうするの?」
悪態付く私に、ジョニーは前後を見返しながら問いかける。
可能なら二対一で倒せる状況が望ましい。しかし、それは適わない。この狡猾なカマキリも、どうやら同じ事を考えているらしい。言葉は悪いが少なくとも、ジョニーより頭は回るらしい。
こうなったら――
「ジョニー、行くよ!!」
「メア、まって!!」
弱ってるように見える突撃あるのみ。
と見せかけて反転して未だ無傷な方のキラーマンティスへと駆け出す。ぐんっと加速する身体に響く反動に負けずに駆ける足がひたすらに頼もしい。
狙いを定めた事に気付いてキラーマンティスは両手を振り上げて威嚇の姿勢を取る。後方からの追撃の気配は無い。判断は間違ってはいない、今のところは。
その最中、視線の片隅に映る姿があった。
柔らかく、白く、楕円に纏まった愛くるしい身体。私より後に産まれた私の弟に当たる存在でもあり――
――ソラ、貴方は凄い子よ。
ざわり……胸の奥で何かが逆立つ。
私はお母さんから"凄い"と言われた事がなかった。良くやったわねとか、頑張ったわね、とか言われた覚えはあるのに。
振り下ろされた鎌をギリギリまで引き付けて避けて、慌てる2本目を避けて、その頭へと足を伸ばし、両の眼を踏みつける。勢いのままに跳ねれば視界が青に染まり、景色が反転する。眼下に広がる無防備な敵の姿。
[アクションによるアンロック、スキル【ムーンサルト】を取得しました]
無機質に響く声を聞き捨てて、私は次の手を打つ。
「風の(ウインド)――」
一瞬の溜め、くちばしに宿る力の奔流に姿勢を保ちつつ狙うはただ一点。
「一突き(スナイプ)ッ!!」
潰れた両目でも私の動きを追いたかったのか、怒りの叫びに開かれた口へと殺到する風の槍は断末魔さえ許さない。
[経験を取得しました]
首から上を無くしたカマキリがその体を傾けるより先に狙うべくは次の獲物だ。
「ジョニーはそのまま前っ!!」
「わかった!!」
思惑が嵌まる時は快感が顔を覗かせる。空中を舞う私は視界に"それ"を収めて笑む。
風によりまだ高く跳ぶ私の眼下、"ジョニーを後ろから追いかけて襲うキラーマンティス"へと――
斬り裂かれろ。
カマキリの羽根の奥、柔らかい腹へと爪を立てて着地……いや、強襲する。
[アクションによるアンロック、――]
飛び散る体液と、スキルへと認定された技。二つの快感が私を支配する。
[――【クロースキルツリー】派生、【†エアリアル=クロー†】を取得しました]
[経験を取得しました。レベルが上がります]
奥義じゃなかったか。
一撃で物言わぬ屍と化したカマキリを踏み台に、私は目を剥いてこちらを見る彼を流し見る。
そう、奥義だ。
それがあれば、きっとお母さんは私を――
名前:メアリー
種族:ひよこ
レベル:8
心 C
技 C
体 E
魔 E
スキル
【強制体操】
【ふわふわボディ】
【クロー<T>】
【ムーンサルト】
スペル
【風術 序<T>】
称号
【神の遊技】
【凶極鳥の寵愛】
【強制体操】
自身よりレベルが低く、一定の知性を持つ相手の行動を自身と同じ動きで支配する。
スキル【クロー<T>】
ツリー派生
・‡プレリュードレクイエム‡
・‡永遠の救世主‡
・†ストライク=エア†
スペル【風術 序<T>】
・風の一突き(ウインド スナイプ)




