ひよこの発露
お待たせしました。
眩い光が止んだのをまぶたの裏で認識し、目を開ける。
「いったい何が――」
視界に映る風景が森であること"自体に変わりはない"。
ただ、私達がいた場所ではないということだけは否が応でも理解させられた。
――コレデ、ジャマハハイラナイ。
視線の先には明確な殺意を変わらず向けるキラーマンティスの変異体がそのままに、高らかに鎌を掲げる姿に"周囲が鳴いた"。
どうして、あの場所でアイツが一匹でいたのか?
こんな瞬間移動のような力で連れ去ったのか?
力の出処はさておくとして、こんなことをした答えは簡単。
ここがアイツの本拠地だからだ。
いつかの記憶の焼き増しでもするように、周囲を埋めるのはキラーマンティスの幼体。怨みを晴らすステージに招待されてしまったようだ。
ただ、あの時と違うのは私ひとり――
「メア、なにここ……おじいは?」
「ジョニー? どうしてここに……」
思わぬ存在に光を受ける直前の記憶を遡る。確か、翼を伸ばしたジョニーに押されたような感覚が……まさか、巻き込まれちゃったのか。
――オマケガイタトコロデ、カワラン。
掲げた鎌は、これ以上の思考を許さないと振り下ろされた。
直後に幼体は波のように私たちを目掛けて殺到――
「どうして? オレサマは――」
二本の足で力強く地面を踏みしめ、ジョニーは翼を大きく広げてみせる。直後、幼体群は轟音と共に"地面の下"に吸い込まれた。
恐らく魔術で、器用なまでの同心円状に地盤沈下を引き起こさせたのだろう。その光景に満足して振り返るジョニーは――
「メアをたすけにきた!」
……心臓が止まる音を、聞いた気がした。
……心が震えた音を、聞いた気がした。
「……ははっ」
不意に滲む視界に、どうしての理由を探すより先に、再び鼓動を始めた熱に声が漏れた。
どうしようもなく、カッコイイじゃないか。うちの弟クンは。お姉ちゃんじゃなければ恋のひとつでも覚えてしまいそうだった。
「ありがと、ジョニー」
「おう!! やっちゃおうよ、メア!!」
やっちゃおう、か。
思えば、今回の私達は状況に振り回されてばかりだった。捕食以外で初めての命のやり取り、殺す以外の目的を持たない争いに情けない程に役立てなかった。
このまま、終わりにするのは不本意だよね?
陥没した地面から這い出てくる幼体群を視界に収めて、私はジョニーの前に立つ。
「ジョニー、"ちょっと危ないこと"……するね? だから少し離れて」
「うーん……? おっけー!!」
許可も貰ったので、私は翼を振りかざす。それは奇しくもそれはアイツが幼体群をけしかけた姿を思い出させる。
本能のままに迫る幼体群の動きがゆっくりに見えた。
このまま風術で倒すのも手ではあるが、私の脳裏にひとつの記憶が思い起こされる。
それは、クリムから受けた適正鑑定。
私に宿るのは、吹き荒れる暴風。
そして……
翼に感じる確かな熱。
まだだ。今の私の心はもっと熱い。
その熱を、翼に遷す……!!
[条件をアンロックしました]
カチリとハマった何かと同時に、翼は振るわれる。
「猛火の翼撃!!」
視界を埋め尽くすほどの赤熱の風が、目の前を吹き抜ける。
[スペル【炎術】を取得しました]
[条件のアンロックにより、アクションスペルツリー【炎術〈序〉】を取得しました]
[アクションによるアンロック、【炎術〈序〉】派生、【猛火の翼撃】を取得しました]
[称号をアンロック【燃えるひよこ】を取得しました]
[討伐数により称号をアンロック【マンティスキラー】を取得しました]
ぶっつけ本番にしては上出来だ。どんどん聞こえる声に喜びもひとしおというものか。
経験値にはならないのが残念だが、前回もそうだったらしい。沈下した地面を舐めるように広がっていた炎に焼かれ、黒く焦げた幼体群の異臭は鼻につくけれど、随分と効果てきめんだったようだ。
「す、すげぇメア!! なにいまの!?」
「ふふふ、あれが私の本気だ」
想定外の勢いに自分とジョニー、そして森への延焼がないことを内心で安堵しつつ、私は視線を向ける。
幼体群の親であるキラーマンティスは呆然とした様子で私を見て、わなわなと震え出す。
瞬間移動での誘拐といい、私にしか聞こえないらしい感情のこもった声といい、これまで出会ったキラーマンティスとは違う……知性のようなものをアイツから感じてはいた。
――ワタシノコドモガ、ワタシノブキガ、コンナヤツ二……!!
アイツは……いったい、なんなんだろうか。