勝利と敗北
改めて距離を置き仕切り直し。
内心では高鳴る鼓動、いっぱい食わせたという歓喜がじわりじわりと大きくなりそうだ。
感情を表に出すより先に空気が変わったのを感じ、気を引きしめる。
先程よりも圧倒的に近い立ち位置は、完全に"ソラさんの間合い"に入ったままで――
「ッシャァッ!!」
打ってくるのは解ってた。だからこそ、ソラさんも気迫の込めた一撃を放つのだろう。
――止められるもんなら止めてみろ。
そんな意味合いもあったのであろう翼の一振は決して侮っていいシロモノでは無い。
だって、見てきたんだから。何回も。
十全な溜めから解放される翼は、相対して改めてその速さを知った。
それでも、見てきたんだ。何回も。
横薙ぎに振るわれる翼の下から添える私の翼は、その勢いを止める為ではない。遅過ぎず、速過ぎず、上向きに払う。
「あまいっ!!」
上手くいくかなんて賭けでしかなかったけど、どうやら賭けは私の勝ちらしい。
「それは、見飽きるほど見てきたよ」
私を捉えるはずだったソラさんの翼が勢いのまま空を切る。視線の先に驚きながらも体勢を崩している姿があった。もちろん、そんな絶好のチャンスを見逃してあげる程甘いことはしない。
「エアリアル――」
対する私は、ソラさんの一撃を逸らした勢いをそのままに風の力を足先に纏わせる。
回し蹴りの要領で打ち出した一撃がお腹に入る。柔らかな感触は一瞬、蹴り飛ばせると思っていたソラさんの身体は持ちこたえて見せた。
――それはそれで好都合。
思わず笑ってしまいそうになる。振り抜いた回転の力はまだ止まっていない。
「ダンスッ!!」
それならば風を纏わせる場所を翼に変え、再度攻撃を仕掛けるべく動く。直後に翼へ鋭い痛みが走ったのは、ソラさんの翼を払い除けた際に完全に逸らせなかったせいか。
だとしても今は関係ないと痛みを無視して叩きつけた翼はソラさんの肩口に食い込む。しっかりと勢いの込められた一撃に表情が曇ったのが見えた。
正直、それだけしかない反応に少しだけ驚かされた。絶対痛いでしょ今のは、私だって翼が悲鳴をあげてるのに……
まさか、ここから反撃が来るかと警戒をするより先にソラさんは私から距離を開けるべく下がろうとする。
それは最悪の一手。
私に取っての王手だ。
見据えたままのソラさんの顔が凍りつく。
既に溜め始めた風は文字通り、"私の目の前"にある。暴れ狂いそうになるほどに強い風の塊が、開かれたクチバシの間から撃ち出される。
逃げずに受けとってくださいね?
【風の奔流】。
吹き荒れる緑の暴風が、ソラさんを遠くに吹き飛ばした。
蓋を開ければ完封の二文字で私とソラさんの模擬戦は幕を降ろした。
◇ ◇
「ふふっ、強くなったわね。メアリー」
「えへへ、うん……ありがとう、おかあさん」
模擬戦も終わると、お母さんから嬉しい言葉を貰えた。心地よい疲労感というには少し疲れ過ぎたせいか、このまま寝ってしまいそう。良い夢が見れそうです。
「メア、すごかった……!!」
いつの間に目を覚ましていたジョニーはキラキラした目で私を見ていた。その視線は戦った時のそれではなく、いつものジョニーだった。
お互いにヘトヘトな状態はどこかおかしくて、模擬戦で戦った時の異様さも幻だったんじゃないかって思える。
「ありがと……ジョニーも強かったよ」
「ほんとに?へへっ、ありがと」
そんな一抹の怖さにも似た感情に蓋をして答えれば、私の可愛い弟はふにゃっとした笑顔で返してくれる。
ソラさん達は何か話し込んでるみたいだけど、少しだけ休むとしよう。




