純粋ひよこ
ようやく身体が自由を得た頃には、既に夜の帳は降りてしまっていた。
うぅ、まだ身体のどこかに糸が着いているような気がする。我が家の良くないところはお風呂に該当する物が天気に寄るところが多い、というか天気次第なところである。
結局のところ、憎き芋虫を狩る筈の流れはソラさんによって打ち砕かれた。しかも、予想も付かない形で。
星明かりを受け、羽毛の白さを際立たせている子ペンギンの隣、その芋虫はぽむぽむと叩かれても大人しく座していた。敵意はないようだ、今のところは。
「さて、何から話そうか……」
本来的に夕食となる筈だった芋虫の横で、それよりも圧倒的に小さなミルキーワームを食みながら、ソラさんは真面目な声色で話し始める。言動はシリアスなのだけど、どうにもこの光景がシュールというべきか……
「話すも何も本当に言葉が理解出来るのか?」
「正直、信じがたいわね」
私の疑問におかあさんも賛同してくれる。ふふん。
「ですが、リフレクションシルキーワームは未だに生態が解明されていない魔物ですから……」
「いもむし、つよかった……!!」
ジョニーの判断基準がなんなのか、多分話しの流れは解ってないけど言いたかったのかな? かわいい。
ごほん、それをさて置くにしても、クリムはソラさんを信じているらしい。現に大人しくしているあたり、私としても全く信じていないわけでもないのだけども。
ただ……
疑念の込めた眼差しから一瞬、盗み見るように、その方向をチラ見する。
「…………」
ジョルトおじいちゃんだけは、お酒を呑みながら沈黙を保っている。纏っている雰囲気は、どうみても上機嫌……には見えない。
むしろ少し怖いくらい、不機嫌そうに見える。
言い方は悪いけど、稽古を拒否しちゃったようなものですからねぇ。しかも、嘘を吐いてまで……現状で判断されるであろうソラさんへの心証は相当悪いのだろう。あんまり、長引いて欲しくない空気です。
「ソラ。はやくおしえて!!」
「そう急かすなよ。こいつも旅の疲れが残ってるんだ」
「キィッ……」
妙にリアリティのあるやり取りを交わすソラさんと芋虫。完全にソラさんの嘘と言いきれないのがこの芋虫の反応。
やはり、この芋虫はソラさんや私達の言語を理解しているのは本当らしい。
でも、念には念を――
「で? その芋虫の名前はなんだ?生憎キミと違って私は畜生の声を聞いてやれないんだ。諸々の事情よりも手軽に訊けるだろう? キミならね」
「キィ……!!」
な、成る程。私からの皮肉めいた言葉も理解したようで憤りを露わにしている。思わず身を引いてしまいそうになったけど――
「随分と悪辣な言葉回しだな、この弱小ひよこが……と、コイツは言っている」
…………はい?
芋虫から何かを聞いたのか。うんうんと頷くソラさんから告げられた言葉は、流石に聞き捨てならない。あぁ、聞き捨てならないですね。
「キシャ!?」
「ほぅ。この私が、弱小……?」
「うむ。赤子の手を捻るより容易く策にかかる様は滑稽と呼ぶより他ない、故に弱小だ……と、コイツは言っている」
「キィ!? キィ!!」
少なくとも私には鳴き声にしか聞こえないけど、もし本当にこの芋虫がそう言っているならば……ならば……くっ!! なんで私は油断なんてしてしまったんだ!! 言い返してやりたいけど……!!
「ぐぬぬ……」
「さて、いつまでもこんな些末なやり取りをしていても仕方ない。いい加減に話に入ってもいいか?」
「些末、だと……それもコイツが言ってるのか?」
どれだけ失礼な芋虫――
「いや、俺」
「キミという奴は……!!」
これはもう完全に馬鹿にされてる。しかし、激昂に身を任せては進む話も進まない。落ち着けメアリー、私はお姉ちゃん……そう、お姉ちゃんなんだから。
どうしてソラさんはこんな意地悪をするのか。ひとがせっかく場合によっては助け舟を出そうかと思っているのに。
「コイツの名前だが、今はキィルと名乗っているらしい――」
そんな私の心中など知る由もなく、唐突に話を戻すソラさん。まったくもって遺憾でしかない。
「今は……?」
「あぁ、少し以前の記憶が所々ないようなんだが――」
おかあさんの呟きを拾いながら、ソラさんはゆっくりとみんなに視線を巡らせる。
どこか大袈裟に広げられる白くて小さな翼、星明かりを柔らかく返す白くて小さな身体、空気に優しく溶け込む声。不思議と視線が吸い寄せられる。
恐らく、私だけではないだろう。全員の視線を十分に集め……そして、物語の語り部のようにソラさんはひとつのお話を紡ぎ出した。
◇ ◇
「そんな強さを求め始めたばかりのコイツだが、流石にマザーの相手は荷が重かったらしい。こうして現在に至るわけだ」
深く吐かれた吐息は、締めの言葉の代わりと、ソラさんは再びゆっくりみんなの顔を見回した。
記憶喪失から始まる自分探しの冒険、夢のなかに隠れた記憶の謎と一つの決意……前世にあった創作物の類にある話ならば、ありきたりと一笑に付すところだ。
「キィル、お前も苦労したのだな。私が勝てなかったのもある意味では当然だったかもしれない」
しかし、まさか実際わたしの目の前にいる彼、キィルの過去と聞けば、不思議の胸の奥に言い知れない感情が熱を持つ。異世界ではそういう現実もあるのだろう。
「キィル、つよくなる。おれさまもがんばる……!!」
ソラさんが分かり易く話をしてくれた事もあり、ジョニーもキィルに何らかの共感を得たみたいだ。話を聞く前と後ではキィルの身体に関しても印象が変わるから不思議です。
初めこそ肉厚でぶよぶよとした見てくれの悪い芋虫らしい姿だと思ったけれど、話の後でよくよく見れば、小さな傷跡達のひとつひとつが苦戦の記録とも見える。それを嘲笑う事が出来ようか。
そう、彼は立派な戦士だ、少なくとも私やソラさん、ジョニーと比較にならない程、この世界の荒波に飲まれ生き抜いて来たのだろう。たかが芋虫と侮った私が心底恥ずかしくなる。
「巨大な翼を持つ影、まさか……」
「私じゃないわよ。木が焼け落ちる程度の火力なんか、それに――」
「そ、そうですよね。フェニス様ではないとは解っていますが、それではやはり――」
おかあさんとクリムもキィルの話に思うところがあるらしい。
私も引っかかってはいた。キィルの夢。
多分、キィルの失われた過去なのだろうか。そのキィルの故郷を焼いたとされる存在の正体、それはまさか――
「…………」
恐らく私と同じ考えに至っただろうと向けた視線の先、ジョルトおじいちゃんは……ただ、ソラさんを見ていた。
どこか険しさを増した眼差しで見ていた。どうしてそんな目をしているのか、私には判らない。
「キィ」
そんなふたりの間に、キィルがずるりずるりと身体を滑り込ませる。いったいどうしたのか、上半身……でいいのか。身体の上半分を起こすだけで、キィルの頭はジョルトおじいちゃんよりも少し高くなる。
「シャー」
鳴きながら頭を落として、口からさらさらと絹糸を吐き出すキィル……? 本当に何をしてるの?
小さなイボのような足で絹糸を器用に纏めて始める姿を、少しだけかわいいと思ってしまった。いや、少しだけだけど。ちまちまして、思わず口元が緩くなりそうな光景です。
ただ、隠れた癒し系は程々に、次第に絹糸は、まん丸の球状に纏まっていく。遠くから見れば真珠と言われても信じてしまうくらい綺麗だった。少なくとも、私の身体を絡め取った糸とは似ても似つかないけれど……違う糸も出せるのだろうか。
「シャッ」
どうやら短いイボ足で器用に挟んだ糸玉をジョルトおじいちゃんにあげるつもりらしい。言葉は通じなくても、それは誰の目にも明らかだった。
「……儂にくれるのか?」
「シャッ」
「…………」
沈黙の時はどれだけ続いただろう。それでも、結果は何となくだけれど、分かる。ジョルトおじいちゃんの小さく笑う音が沈黙を終わらせた。
「……友好を示されては、儂がどうこうする問題でもなかろう。のぅ、フェニスよ」
「まったく、家長は私なのに……しっかり世話するのよ?」
どこか呆れたような、どこか笑っているようなおかあさんの言葉が意味する事に、なぜか私は嬉しくなって声を上げていた。
ソラさん、良かったね。それに、キィルも。これからよろしく。
ソラ「罪悪感パない」
誰だよメアリーパートすぐ終わるって言ったのは……はい、私です。脳内では終わってるんです。
ブクマも驚きの100件越えるなか、なかなかどうして指が進まない……!!
頑張れ自分!! いや、本当に!!
ここまでお読み頂きありがとうございます。本当にありがとうございます。共通パートが終われば速くなる筈!!
うん、フラグ立った。
追記、ペン生書き始めて一年が経っていたという




