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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第三章 泣きっ面にペン
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ヤバいひよこ

 


 おかあさんの帰宅。



 今世の私にとっては喜ぶべき事、それ以外の何事でもなかった。


でも、今回だけに限っていえば、純粋に喜べない事態になってしまう。


 原因はおかあさんの力強い羽ばたきによって、せっかくみんなで作ったクリムのベッドが壊れてしまう……という事だった。


 壊れたならば、また作ればいい。


おかあさんが帰って来た事の方が私にとって重要ではないか。落ち着きを取り戻した後になって、そういった考えが微かに過ぎる。


そう、後になれば最善だったろうに、同時にそんなのは無駄でしかない事を考えられるだろう。



「マザー!! ストップ!! ストップだ!!」


「これフェニス!! 少しは空気を読めい!!」


「ねぇ、どういうこと?まま、かえってきちゃだめなの?」


「はわわ。ど、どうしましょう!!」


「えっと、えっと……まずは、みんな落ち着いてだな……」



 なのに、私がとった行動は――



「えぇい!! なるようになれだ!!」



 小さな翼を振り、生み出したひと吹きの風。それは私を、私の後ろに建てられた楽しさの形を守る為に吹いた。


 どこへと向けて? 私達を愛し、私の愛するおかあさんへ向けてだ。


 目に見えない衝突は一瞬、ふたつの風は交わると同時に消えた。



 "何故か判らない"。



本当に何故なのか解らない。



だけど、単なる羽ばたきで風を打ち消した時、私は……私は感じた。



 おかあさんの風を打ち消したのに。


 高揚にも似た熱を感じた。


 おかあさんの帰りを拒絶したようなものなのに。



 達成感にも似た喜びを感じてしまった。



 全てが冷たくて暗い(いばら)罪悪感(ぜつぼう)へと変わる直前、おかあさんの表情を見た。


「っ、これは、違うの!!」


 驚いてるようなおかあさんの表情は、直後に笑みへと変わった。


すごく嬉しそうな顔に、安堵は一瞬で終わる。



おかあさんが大きな翼を強くしならせて――



 いけない。怒っていないのは解ったけど、そう来るとは思ってなかった!!



 先程の比ではない風が起きる。恐らく、さっきのが文字通りにそよ風に感じるくらい強い風が……



 もう取るべき手段(言葉)なんてない。たったのひとつだけだ。



 翼を大きく、広げる。小さな翼を目一杯に高く掲げてクチバシの先に風を集める。私が出来る力を全部見せる勢いで、やるしかない!!



 風術奥義【風の(ゲイル)奔流(ストリーム)】!!



 私から吹く暴風と、おかあさんから吹く強風がぶつかり合う。巻き上げられた数本の枝がふたつの風に巻き込まれ、粉微塵に消し飛ばされるのを見ながら、風を睨む。



 出来たばかりでも奥義。それさえ拮抗しか出来ないの……!?



 消耗を感じつつ覚える感想は、普段おかあさんに向けるべくもないもの。こんな感情を抱くなんて。


 対するおかあさんは、楽しそうだ。実に楽しそうだ。少しくらいは焦りを見せて欲しいものだけど……



 再び、大きくしなる翼。それはまだまだ余力を残していると誇示するように――



 もう、だめだ……



 少なくとも、私の方は今以上の力を出せそうにない。


出せたとして、次は? 次の次は? 覆せるイメージが欠片も浮かばない。諦めの方が圧倒的なくらい。



 それでも、私の翼は負けたくないとでもいうように広げられ――



「ママ!! かえってきちゃだめ!!」



 大きくも鋭い声が周囲一帯に強く響き渡った。


 私の全力がまるで通用しなかったのに、一瞬の静寂すら許される事ないまま、おかあさんの大きな身体が急降下を始めたのだった。



 ◇ ◇



「お昼ご飯を用意してなかったから、せめて今夜はご馳走を、って思ってたのよ。私……」


「そ、その、フェニスよ。お前は何も悪くないのだ。なんと言うべきか、間が悪かったと言うべきか」

 

「あぁ、そうだよ。マザーは何も悪くなかった。本当に悪いと思ってる」


「ママ、ごめんね?」



 涙こそ見せないが、悲しさ全開のおかあさんを前に我が家の男性陣もただひたすらに頭を下げるより他ないようだ。


 

 ひたすら気まずさばかりの空気は増すばかり。となれば、その解決役は他の誰かになるだろう。私か。私でいいのか? 私がやるのだろうなぁ。



「お、お母さん。それが今日の晩御飯? うわぁ、凄く美味しそうなジャイアントキャタピラーだね。なぁクリム、そう思うだろう?」


「え!? あ、は、はい……!!」



 少し強引だっただろうか。だが事実として、あまり見たことのない色をした巨大芋虫は話題にするのに丁度良かった。


だけどクリム、少しは察して気の聞いた話の広げ方をだな……期待する方が悪かったのかな……うん、ダメか。



 果たして、話題逸らしは効果があったのか。それとも悲壮感などなかったかのようにおかあさんは私の話に乗ってくれるようだった。悲しげな表情に少しだけ自信が戻ってくれただけでも良しとしたい。



「えぇ、恐らくは羽化が近い個体かしらね。こいつらは羽化前に栄養を溜め込むから、きっと喜ぶと思って――」



 ぐねぐねと身を捩らせる大きな芋虫。元より虫が苦手ではない私だが、これを食べるのかと思うと……


おかあさんやみんなには秘密だが、虫は食という意味ではあまり好きじゃないんだけどなぁ。味的には嫌いでもないけど。視覚的に無理だ。


 ソラさんなら解ってくれると思う。この食生活ばかりは転生したての時のカルチャーショックで文句なしの一位だ。まだ現代っ子だった記憶があるだけに、おやつ代わりにミミズな世界に抵抗がない筈もない。


 まぁ、デスマンティスよりずっと殺りやすいし、味もまぁ、あれに近いんだけど……例えを考えちゃいけない気がする。なんとなく。



 そんな巨大芋虫だけど、勝てる見込みなんてないのに意気揚々と頭を振って威嚇の姿勢を見せる。これで鳴いたら少し怖いんだろうけど――




「キシャー」



 ホントに鳴いた、怖い。



「今、鳴いたぞ?」


「あ、あぁ、鳴いたな。芋虫って鳴くのか?」


「儂も初めて聞いたわい」



 流石異世界と思いきや、ジョルトおじいちゃんも知らないとは……えぇ、コレ食べるの?


食べる最中に鳴かれたら、吐く自信がありそう……駄目、ちょっと想像しただけでもヤバい。



「そ、その鳴き声は!?」


「知っているのか、クリム」



 うっぴよとなる私を余所にあらあら、いつの間にかソラさんの後ろに隠れるクリムが声を上げる。


おやおやクリムったら、どうしたってそういう立ち位置にいるのやら。



「はい。あれほどの大きさと、鳴き声をあげる芋虫……恐らくは、リフレクションシルキーワームでしょう」


「おいしいの?」



 え゛っ……ソラさん、食べる気満々なの? だって鳴いてるよ? 芋虫だよ?



「あ、味は判りませんが、気をつけてください。食べたら意外と美味しい魔物図鑑、食べたら危険な生き物図鑑では見たことはありませんが、珍しい魔物図鑑で見ました。無毒であり、気性は穏やか、しかし戦闘力は未知数としか書かれていない魔物です』



 まるでメガネキャラが如く、つらつらと言葉を並べるクリムに軽い驚きを覚える。いや、メガネキャラへの偏見ではないけど……でも、クリムにメガネかけると完全に委員会キャラっぽくなりそうなんだよなぁ……


あとその図鑑いつか見せて欲しい。



「単なる虫でしょう? 何をそんなに大袈裟に……」


 そう言って呆れるおかあさんは情けも容赦もなく、芋虫を足蹴にする。まぁ、油断対敵とはいえ芋虫だもんね。鎌も角もないし、溶解液とか吐いてないし、飛ばないし、火も吹かないし。大丈夫じゃないかな?



「私が殺しても経験の無駄ね。メアリー、貴女がやってみる?」


大丈夫、じゃないかなぁ……


「……うん」



 ふぇぇ……やっぱり、私になるのか。年長者としてというなら仕方ない。なによりおかあさんの提案を断る理由なんてありはしない。


芋虫さん、あまり鳴かずに餌になってくださいね?


「メア、がんばれー!!」


「メアリー様、お気をつけください……」


「……そうだ。相手は単なる芋虫。私が負ける筈もない」



 ジョルトおじいちゃんやおかあさん相手なら負けイベント、今回は勝ちイベントだ。


つまり経験値稼ぎだ。


そう、食糧的な餌としてじゃない。経験値的な餌で考えよう。珍しいとか何とかって事は間違いなく経験値うまうまな芋虫なんだろう。ようし、やる気出てきたかもしれない。


 いつの間にやら戦いの準備は整えられていた。私の目の前に芋虫、みんなは離れた場所にいる。さて集中だ、集中。おかあさんと風勝負をしたから余力もさほど無い。


 手堅く、最小限でやる。それならば――




「キシャー」


「っ!?」



 唐突な芋虫の威嚇に驚かされはしたけど、重たそうな身体を持ち上げた体勢は絶好のチャンス!!


 間合いも充分。躊躇なんかしない、してやらない……!!


 首を縮めるだけの一瞬の溜め。機敏とは縁遠いであろう身体に回避は不可能と、私の最速の一突きをお見舞いしてやる!!



 風術【風の一(ウィンド)突き(スナイプ)



 クチバシを突き出して放つ風の槍は、私のお気に入りのひとつだ。風術を覚えたばかりの頃から頼りにしている力、それは様々な称号を得て今もまだ成長している。


 鋭い螺旋を纏いながら芋虫へと一直線に伸びる緑風。それは間もなく芋虫に風穴を開けるであろ――



「……?」



 風が芋虫に直撃した瞬間。風越しに感じる手応えに違和感を覚えた。その証拠に、風は芋虫の身体に深い凹みを作り続けるだけで――


 危険を感じるより先に身体が跳ねる。それは最早理屈抜きの本能だった。跳ねた足先を掠めて吹く風が私のいた場所を鋭く穿つ。



 なにが、起きた……?


 何故、私の方が倒れている……?



 痛みがないのは、感じていないからか。あまりに思考と現状が噛み合わない。何から考えるべきか、しかしいったい本当に何が起きて――



「キシャー」


「しまっ――」



 その鳴き声が聞こえて初めて、私は現状を理解した。


理解しても、身体は驚きに竦んだまま。


 芋虫の頭が私から微かに遠ざかる。それは決して楽観的な結果に繋がらないと知っている。本当に、マズい。



 とにかく体勢を立て直さないと、ようやく思考と身体が噛み合い始めた私へと、芋虫は白い糸を吐き出してきた……



 痛みこそないが、身体に付いた瞬間から堅いゴムのように固まる糸に絡み付かれ、私の絶望感は加速していく。



 なんだこの芋虫、凄くヤバい奴じゃないか!?



2023/3/28

加筆修正


ここまでお読み頂きありがとうございます!!


文字通りのデスマーチ中。

終わらないデスマーチなどないのだと微かな希望を抱きます。


誰だよメアリーサイドなんて考えた奴は!!←

でも書いてると楽しい所もあります。


ソラ編ではさらっとした部分でも実は濃かったりと。

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