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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第三章 泣きっ面にペン
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みつめるひよこ

ひどくお待たせしました。

 


「あ、あの、私なんかの物を作っていただいただけでも申し訳ないのに……その、今のままでも充分快適でしたので、なので……本当に――」



 私も大概だが、突如として持ち前の挙動不審っぷりを遺憾なく発揮し始めたクリムの言動もコミュ障のそれだと思う。


 どうにか会話の節々から推測するに、私が今朝方見かけた謎の台座はクリム用のベッドだったらしい。


こう言ってはなんだが、言われて見れば少しだけ思考してようやく何となく判る事が出来るレベルだろう。台座じゃなければ四角い枠の何かだ。



 そんな疑念ばかりの代物を改良するらしいのだが、クリム本人が遠慮している様子なのだが……


「せっかく作ったのに、野晒しのままで痛ませてもいいと? 雨風に晒したままなんてなぁ……」


「あ、雨なら私がなんとか天――」


「寝てる間に降ったら?」


「…………寝ません」



 痺れを切らしたのか、苛立ちのような物を滲ませるソラさんに対して、クリムも負けじと言葉を返す。強気なのは言葉だけで逸らしてばかりの視線からは自分でも状況が厳しいのを理解しているようにも感じられる。


 ……と、いうか体を休めるベッドの為に寝ないという矛盾に気づいてるのかな。



「徹夜の経験は?」


「二度ほどなら寝ずに夜を越した事があります!!」



 待ってましたと言わんばかりに答えた言葉は、今度こそ強い視線も伴う事に成功した。


なるほど、クリムは徹夜の経験があるのか。それが二度という単語が二夜なのか、二回なのか、どちらにしてもあのベッドもどきのまま生活するには弱い言葉だと思う。



「経験があるのか。だが、それでも――」


「師匠。コイツは素人です、さっさと終わらせましょう」



 納得しかけたジョルトおじいちゃんとは裏腹に、どうやらソラさんも私と似た考えなのかな。驚きと呆れを混ぜたジョルトおじいちゃんの視線がソラさんへと向く。



「……ソラよ。お主は――」


「三日間までは覚えていました。ですが、後は何度太陽が沈み、登ったか……いつの間にか意識は無くなり、目が覚めたのに身体が動かないという経験はもうしたくないですし、させたくもないです」



 力の無い目が説得力を生むとはなんとも皮肉だけど、起きた事実だけを淡々と口にするソラさんに共感を覚えてしまう。ただそれはもしかして私だけだったのかも知れないけど。


 私も一度だけ遠方の公園で置き去りにされ……いや、昔の事は忘れよう。そもそも思い起こすだけの記憶だけでも、あの一件は途切れがちなのだから。気が付いたら家の床の上だった。



「「…………」」



 ソラさんの様子に絶句する二人の方が、そんな私には不思議に見えてしまう。


 異世界はもっと殺伐としてるのかと思ったんだけどなぁ……



 ◇ ◇



 そうして、やるからには徹底的にやろうと乗り気になったので――


「ジョニー、この辺りに少しだけ小さめな穴を頼む」


「おっけー!!」


 晴れ渡る青空の下、みんなで楽しい工作タイムである。いや、建築か。まぁ、どちらでも――



「メアリー、その支柱用のやつを切り揃えたら、屋根用も頼む」


「少なくとも、建設の為に魔法を覚えたかったわけじゃないのだが……」



 やれやれ、ソラさんはこういう時ばかり私を当てにする。ふふ、まったく仕方がない。これも鍛錬の一貫ですからね。



「ソラ!! できたー!!」


「あいよー。次は、っと……師匠、そちらは結べましたか?」


「うむ、まさかミルキーワームに、このような使い道があるとはな……」



 不格好ではあるけど、ミルキーワームの死骸を干せば生きている時よりも千切れづらくなるという特性がある。


どのくらいから劣化するかはまだ判らないけど、よく伸びる上に切れないという特性はミルキーバリスタなどで役に立つ。近い内にバンジージャンプもとい、昇降機も作れるようになるかもしれない。


ただ、あのゴムっぽさを思い出すだけでクチバシが痛くなる。



「ロープがあればいいのですが、一応代用品ということで。ジョニーゆっくり引っ張って行ってくれ」


「あいよー!!」


「おいソラ、ジョニーが真似したぞ」


「うっ……すまん」



 まったく、目を離せばこれだ。ジョニーもなにかとすぐに真似をしたがる時期のようで迂闊な事を言えないというのに。



「あの、ソラ様。私もなにか……」 



 と、みんなが動いているなかで唯一指示を振られずにおろおろとするばかりのクリムが声をかける。流石に居たたまれない状況だったか、自分が使う物を作って貰っているだけに気まずいのだろう。私が同じ立場でも困ってしまう。


「うーん。力仕事はダメそうだし、もう枝集めもないしな。まぁ、使えそうな物が出ないか、その辺を掘るという名目で戦力外通告だな」


「ソラ、思考が声になって出てるぞ」


「はっ……いや、あの――」 


 余程作業に集中していたのか。しかしながらあまりの言い方に正直、引きます。ドン引きです。それを自覚してか、気が付いたようにクリムを見ても遅かった。本当に遅かった。


「いいんです。私、あちらで探してきますね」


 痛々しいまでの微笑みを残し、踵を返して歩く……とぼとぼという音すら聞こえて来そうな程の落ち込みようだった。



「……腹黒いな」


「……腹黒じゃの」


「ソラ、はらぐろってなに?」



 ぼそりと呟いた言葉にジョルトおじいちゃんも頷き、追い討ちをかけるジョニー。当然、味方は誰もいないよ。早く謝ってきたらいいのに……



「ソラ様!! 縄が、縄が出てきました!!」


「よ、よくやってくれた!! 流石はクリムだな!! 凄いぞ!!」



 落ち込んだ側から嬉しそうにロープ発掘の報を告げるクリムにも驚くが……


ソラさん? もしかして不器用系男子ですか? いや、褒めるのは悪くないけど



「白々しい……」


「白々しいの……」


「ソラ、しらじらしい……しらじらしいってなに?」



 先程と同じ意図を含んだ言葉に、ソラさんも自分の否を認めたのか小さく肩を落とすのだった。



 ◇ ◇



「クリム。ウチの弟がすまなかったな、なんというか……馬鹿で」


 先程のクリムの焼き増しのように落ち込むソラさんを遠くに、私はクリムへとこっそり頭を下げて詫びる。これでもお姉さんですから、前世はともかく、今はお姉さんですからね。


「ふぇ!? そ、そんなメアリー様。頭を上げてください。私は大丈夫ですから」


「む、そうか? クリムがそういうなら……だが、流石にあの言い方はなかっただろう」



 反省しているらしいソラさんへ追い討ちをかけるという事ではないけど、一応は訊かねばなるまい。


中身は……まぁ、ともかくとして、美少女天使を傷付けるなんて無自覚だったとしてもアウトだ。ソラさんには今後、是非とも挽回して欲しい。


 その為の布石、というには些か打算的だけど。


 ふんす、と憤りの残滓を吐き出してみせる私にクリムは一瞬だけ目を丸くして、くすりと笑みを零す。なんだか品のある笑い方にひよことはいえ、同性である私も少しだけ目を奪われそうになった。



「あ、いえ……すいません。少しだけ昔を思い出してしまって……」


 眉尻を落とす笑みは寂しげな物へと変わり、クリムの昔とやらに興味が湧き、自ずとクチバシが開く。


「そうか。それはちなみに、良い思い出なのか?」


「はい。忘れられない、大切な思い出……です」


 言葉通り大切そうに呟いたそれ両手を重ねて胸元に抱く姿は、なんだか儚くもあり、寂しげに見えた。



 ◇ ◇



「……ひとまず、今日のところはこんなもんかの」


 すぐに出来上がると予想していたけれど、夕暮れ近くまで続いた作業にジョルトおじいちゃんが声をかけて止める。 


 今朝方に私が何かの台座と見間違えたベッドは、今や紛う事なき一室へと変貌を遂げていた……とは言い過ぎか。


 見てくれこそ、大小さまざまな枝をくくり合わせた物だが、天蓋付きのベッドと呼べるくらいにはなったと思う。枝を編み込むのが思ったより苦戦してしまった、楽しかったけど。



「ふふっ、途中から秘密基地を作ったような気持ちになっていたよ」



 達成感にも似た気持ちをそのまま声に出してしまったが、それに異を唱える者はここには誰ひとりとしていない。



「ひみつきち?」


「あぁ、私達が作った家……もうひとつの巣みたいなものさ」


「格好良いだろうジョニー。どうだ? 俺達が作ったんだ」


「うーん。うん!! たのしかった!!」



 ピヨピヨと鳴いて跳ね、身体いっぱいに使ってソラさんの言葉に応えるジョニー。本当に可愛いヤツめ。まぁ、格好良さは伝わらなくても楽しめたならいいか。



「儂も童心に帰ったようじゃったわい」


「……私も、なんだか昔を思い出しました」


 うんうん。みんな同じ気持ちだと解れば、それもまた喜ばしい。



「明日は壁か、流石に女子の寝室なのだからな。男性諸君は立ち入り禁止だ」

 


 完成予想図を頭に思い浮かべながら告げた釘を刺す言葉に、ふたりは反発しようにもしきれなかったらしい。渋面で互いを見る姿がなんだか面白い。



「師匠。次は師匠の、爺さんの寝床ですかね」


「……なんともやる気の出ぬ響きよの」



 肩を落とす姿に哀愁が漂っている。でもこういう事はしっかりと、妥協してはいけない。そういうことはダメです。


「メア、どういうこと?」


 いけないいけない、ジョニーにもしっかりと伝えなければな。


「ジョニーはいつでも歓迎だという事だ。なぁクリム、そうだろ?」


 我が家のマスコットであるジョニーを仲間外れになど出来ようか。いや、出来まい。そんな私の主張にクリムも間を置かずに頷いてみせ――



「えぇ、ジョニー様もいらしてください。ソラ様も勿論いいですが、ジョルト様は……その……」


「ソ、ソラさんは駄目だぞクリム!! ソラさんは……ほら、なんだ……」



 思わぬ台詞に思わず声を返すが、すんでのところで自制が効いてくれた。流石に私の口からソラさんの事を言っても良いのか。何となくだけど駄目だと思う私が歯止めをかけた。


 しかし、やはり不自然な物言いだったのだろうか。クリムはきょとんとした顔で私を見て――



「メアリー様も言っていたではないですか。ソラ様の触り心地は素晴らしい、と」


「ほう」


「あ、いや。それは……そうだが、だが……」



 ほう。じゃない!! そういう反応を見せるというのなら言ってもいいのか!?


コレは見た目は愛くるしいペンギンだが、中身は成熟した心を持った男であり、それはつまり、その……邪な感情を抱く懸念があると!! 言ってもいいんだな!?



「クリムよ」



 ひとの気も知らないペンギンの正体を暴くより先に響いたのは、ジョルトおじいちゃんの声だ。どこか厳かな雰囲気を漂わせるジョルトおじいちゃんに一同の視線が集まる……



「すまないがソラは今、我が流派に身を置いておる。そして我が流派の決まりで一人前になるまでは、女人と添い寝してはならんという決まりがある」



 嗚呼、ジョルトおじいちゃん。貴方と言う方は……本当に頼りになる……!! まさか、そんな決まりがあっただなんて……やはりジョルトおじいちゃんだ、流石は――



「爺ぃ!! そんな規律聞いたことねぇぞ!! 絶対後付けだろ!!」


「ソラよ。儂だけ仲間外れとは寂しいではないか」



 ……道連れだったんだ。



 まぁ、それはそれで助かりますけど。



「本音を言っても駄目ですー。クリムなんて強引に言われればホイホイ言うこと聞くようなチョロい所がありそうなんだから駄目です!!」



 いよいよ、本性を表したか。まったく、こうしてたまにずけずけと言ってのける時のソラさんは本当に質が悪い。論理的に正しそうな事を感情のままに勢いで押し切ろうとするのだから。



「ソラ、それは私も思ってた。クリムはチョロインだな、と……しかも天然のチョロイン、天チョロだ」



 少なくとも、クリムの評価に関しては私としても概ね同意なんですけどね。


「チョロインってなんですか!? 天チョロってなんですか!? それに私だってそんなに意志が弱い訳では――」



 予想外にも私の声に強い反応を見せたクリムに驚きつつも思う。だって、実際そうじゃん。と……



「あ、ママだ!!」


 喧々囂々としたなかでも通るジョニーの声に、私含め全員の声が止む。もうそんな時間だったのかと夕焼け色の空を見る。


 遠くに見えても、力強い羽ばたきは変わりない事を教え、それは私の心に安堵を呼ぶ。


 おかあさんだ。


 おかあさんが帰ってきたんだ。



「ぬぅ!? (まず)いの……」



 どこか真剣なジョルトおじいちゃんの声に心がざわめく。なにが拙いのか、まさかおかあさんになにかあったのだろうか。そんな、そんな事は――



「フェニスの羽ばたきで起こる風のせいで秘密基地が吹き飛ぶかもしれん」



 あぁ、よかった。それなら……え?



 そうして、おかあさんは帰宅直前に家族から静止を促されて酷く落ち込む羽目となってしまった。


長らくお待たせしました。

いや、本当に申し訳ない。


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