揺れ動くひよこ
どこか気弱な黒髪天使は、自身をクリムと名乗った。
前世の言語でならば、罪を意味する言葉を持つ名前に、少しだけ……ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまう。
その響きは格好良くもあり、外見と同じく何だか可愛らしいのに、その意味合いとのギャップがさら良いと思う、非常に良い。血が騒ぎそうです。
しかしながら、この世界の言語について考える所でもある。もしかしたらこの世界ではクリムとは罪という意味合いを持たない言葉なのかもしれないのだから――
「あ、あの……何かありました、でしょうか?」
どう見ても天使なのに天使と呼ばれたくないらしい彼女を改めてガン見、もとい観察しながら考えていると黒髪天使クリムはおろおろとしてしまっているようだった。流石に何も言わずに注視していたら確かに気まずいかな。
「あぁ、いや。すまない、考え事をしていてな。その翼のことなんだが――」
「お、お目汚しして申し訳ありません」
「……え?」
お目汚し……?
謝罪の言葉に対して、まさかの謝罪で返されるとは思わなかった。というより、まったく見当違いの言葉に私は間の抜けた声しか出せない。
例えば、それが泥に汚れ、虫が集り、悪臭の漂う翼であれば、文字通りこちらの目が汚れかねないわけだが……
クリムの翼にそんな感情など一片たりとも湧いてこない。むしろ、逆で神聖的で神秘的な美しさすら感じるのに。
「どうか、お許しを……」
「う、むぅ……」
行き過ぎとも思える懺悔の姿勢を前に、否定の言葉がのどの奥に引っ込んでしまった。
価値観の違いなのか? もしかすると、この世界ではそれが正しいのかと疑念が浮かんでしまう。
それに謝る彼女の様子がなんだか頭の隅でチクチクと痛みを与えてくる。なんだか、すごく悲しい――
「ククリムのはね、きれい!!」
不意の疑念を一瞬で吹き飛ばすように、隣に立つジョニーは元気な声で言ってのける。ククリムってなんだろうと思ってしまうけど。
「あの、ジョニー様? 私の名前はクリムですと……」
「うーん……? もうわかんないからリムでいい? ジョニーもジョニーサマでいいから」
「……ふふ、わかりました。リムでいいですよ。おっけー、です」
「おっけー‼ そんでもってリムのはね、きれいだよ‼」
でも……
「そ、そんな……私の羽なんてただ白いだけで――」
「あぁ、私もジョニーがいうように綺麗な翼だと思うな、とても美しい」
便乗と言えば言葉は悪いけど、この流れを見過ごしてはいけない気がした。
そう、見過ごしてはいけない。漠然とした根拠はないけれど、こういう感覚を直感とでもいうのだろうか。それを信じて、言葉で送る。
――相変わらず酷く大げさな表現だ、着飾っているだけでしかない。
どこかでそんな嘲笑にも似た声が聞こえた。私のような、私じゃない声。
「そんな、メアリー様まで――」
「まぁ、クリムにも思うところはあるだろう。考え方なんてそれぞれだからな。あまり触れてほしくない部分なのだろう?」
「……はい」
苦笑とも微笑みとも呼べない笑顔を貼り付けて答えるクリムにまたチクリと痛み。同時に目の前でかすかに安堵するクリムがいて、私も安心できたような、悲しいような……
悲しい? それはいったい何故――
「えー、きれいだよ。きれいだもん‼」
「ちょっ、ジョニー様⁉」
「え?」
思いのままに声を上げるジョニーとクリムの悲鳴じみた声で我に返れば、なぜかクリムの翼に顔を近づけたりクチバシで触れているジョニーが、ってジョニー⁉
「おぉ⁉ すげー‼つるつるすべすべ!!」
「ジ、ジョニー様……おやめください……」
ど、どどどうしよう。ジョニーが変態に目覚めて……というわけではなさそうだ。クリムもそれほど嫌そうでは……?
「メア‼ ねぇメア!! りむのはねすげー‼」
「メアリー様ぁ……どうかジョニー様をお止めください。ひゃん」
ひゃん……だと……
大きな翼のせいで背後に回られてはどうしようもないのか。誰が見ても困っているクリムの目が向けられる。
止めるのはもちろんだが、天使の翼、か。
…………。
「なぁ、クリム。触られたら、痛いのか?」
「え? あ、いえ……付け根はくすぐったいので………そ、それに触れられる事なんてなかったので、なんだか恥ずかしくて……」
白く透き通る肌を桜色に染めて答えるクリムの姿は……その、なんというか、申し訳ないのだが……悪くない。
いや、これは良くない。前世では嫌がらせという嫌がらせは一通り受けた身だ。すぐにでもジョニーを止めよう。私の善性が強く思う。
でも、天使の翼に触れてみたい気持ちもある。むしろモフりたい。ソラさんやジョニーの触れ心地も良かったが、そのジョニーも絶賛しているとあれば触れずにいられようか。私の好奇心が甘く囁き続ける。
「メアリー様……?」
「メア!!」
救援と賛同、二対の相反する視線と思いの狭間で、私の選んだ答えは……
「クリム――」
その声にクリムの表情に光が差して――
「私の体も、触って構わんからな」
「…………」
そのまま固まった。それ以上は見ていられず、私は駆け出す。
本能には、勝てなかった。
めっちゃすべすべしてたし、めっちゃつるつるしてた。超、すごかった。
2023/3/21
加筆修正
以上、巡り合うコミュ障~悪魔と天使までの一幕でした。
シリアスから結局コメディ
ここまでお読みいただきありがとうございます。
最近またブクマが増え始めてうれしい限りです。
活動報告にも零しましたが懸念していたメアリーサイド直後のブクマ現象も今のところはなさそうで一安心。
そして気分転換にPCからの投稿です。
ネット大賞落ちました。はい、次。
打ちやすさ最高はガラケー
見やすさと編集はスマホ
気分転換はパソコン
アタシってばぶんめーじんよね!




