パタつかせて挑戦
ママ鳥の帰還は太陽がすっかり沈みきってからとなった。
「ただいま、坊や達」
「「おかえりーっ!!」」
羽音が聞こえた瞬間に飛び起きたジョニーと、今まで色々と話をしたメアリーはまさに飛びかかる勢いでママ鳥へと殺到する。
俺かい? 走っても遅いし疲れるからよちよち歩いて近寄ってる最中。はーい、ばぶー。
「ふふっ、みんなキチンとお留守番出来たかしら?」
「ねてた!!」
「あらあらそうなのジョニー。沢山眠って沢山大きくなるのよ? メアリーは? また危ない事してなかった?」
「えっと、うん。大丈夫、ちゃんと元気にやってたよ」
「そうなの。あら、ちょっと待ちなさい。頭のここがハネているわ? ふふっ、女の子なんだから身嗜みには気をつけないとね?」
わいきゃいわいきゃいと楽しそうな会話を聞きながら、俺もようやく到着……することはまだ出来ていない。今なら100m歩くのに3分はかかると思う。ペン速、亀の如し。流石に亀よりは速いと思うけどさ。
「お、お疲れ……マザー……」
結果、少しばかり急いでママ鳥の下に到着した俺は疲労困憊でママ鳥へ労いの言葉をかける事になった。ふぃー、日が沈んでもあっちーな。パタパタ。
「あらあら、ソラもお疲れ様。だ、大丈夫かしら?」
「心配御無用。でも、暑い……」
時折、吹く風が何とも言えず心地良い。ペンギンだから暑いのは苦手なのかと身を以て知ったよ。ぺーん、マザー扇いでー。最弱でパタパタしてー。
「まま、ごはんっ!!」
「お母さん!! 今日のご飯は何っ!?」
「あらあら、ちょっと待ってね? ソラ、少し動いちゃダメよ?」
言われずとも動く気は毛頭ない。五体倒置状態の俺に、ママ鳥は自らの羽根を一本抜いてお腹に乗せる。薄暗いなかでも、蛍のような緑色に光る不思議な羽根を――
[称号によるアビリティの譲渡を確認。称号により、レジストされました。アビリティを取得出来ませんでした]
何が起きたのか。何を知らせたのか。俺にはさっぱり解らなかった。すぅっ、と涼しげな羽根が心地良い、それしか判らなかったし、それでいいかと思ったのだけど――
「ソラ、風をイメージしてみなさい?」
イメージ、解る? とママ鳥は俺に告げる。どこか悪戯っぽい声に俺は首を傾げる。風をイメージしろ? やっぱり彼女は患者だったのか、厨二病という業の深き病気の。あ、イメージするんで睨まないで貰えませんか?
目を閉じて、耳を澄ませばひよこの喧騒以外にもさざめく風の音が聞こえる。気がする。
身体を撫でる幾つもの波は目を開ければ見えないが、確かにいま俺の体を駆け巡っている。と思う。
「…………」
風、かぜ……うん。したよ。それで、何が起きるんです?
何が起きたかと言えば、お腹の上の羽根が風もないのにパタパタと、はためいた。以上。やべぇ、涼しいっ!! なにこれ!?
「えっ?」
「うん?」
当惑したかのようなママ鳥の声に、俺も首を傾げる。あ、もう送風はいいや。オフっと、超便利だなこの羽根。サンキューマッマ。
「……お母さん?」
メアリーが何かを察したのか。ママ鳥に声をかけるが、ママ鳥は俺を見て……いや、何か思案に耽っているのか動かない。
「まま!! ぐぅ!!」
「っ……そうね。まずはご飯にしましょうか」
ピヨピヨと騒ぐジョニーで我に変えるも、その声はどこか焦りのようなものが混じっている気がした。
まるで、予期しない出来事に直面したような……いったい何があったのかね?
◇ ◇
俺の疑問が解消される前に、"問題"は起きる。
『さぁ、ソラ。ご飯よ』
びったんびったん。
『…………』
俺の前には、寝床か住処から掘り出されて怒りの舞いを見せる白ミミズがいた。
ミルキーワーム。
全長3ペントル。ちなみに1ペントルが俺だ。ややこしいな、やめよう。俺はこれから成長期だ。とりあえず俺の三倍はある元気なヤツだ。キモイ。
その癖、太さは俺のクチバシより一回り小さい。顔はない、ミミズだから。キモイ。ハリガネムシとか頭痛い頭痛いやめよう考えるのは。
だが、その味を俺は知っている。癖のない濃厚な甘さは、深い母の愛を思わせる優しい味のヤツ。無着色のソーセージだ。そう思うことにした。
びったんびったん。
結論、キモイけど美味い。でもキモイ。
自ら食べたいかと言えば、前世なら笑顔で殴りかかっても無罪なレベルの晩飯。食べないと大きくなれないのは知ってるけど……
よし、男は度胸。なんでもやってみるもんさ。
「マザー。前みたいに食べさせてはくれないですかね?」
金縛りにかけられて、無理矢理にでも食わせろと要求する男らしさ。それまで俺は天井の染みでも数えてますので、よろしくどうぞ。
「ダメよ。少しは戦わないと、経験にならないでしょ?」
俺の残念な覚悟に対してこのママ鳥、スパルタである。育児放棄疑惑といい。出るとこ出てもいいんだぞ。児童相談所、ペンギンでもお話聞いてくれるかしら。ぺーん。
しかし、同時に俺の脳裏にある言葉が引っかかる。
「経験……?」
「そう、経験。沢山倒して沢山強くならないと、ね?」
ふむ。つまりは、もしかして――
「おーいメアリー!!」
「何ですかっ!? 今忙しいんで、すっ!!」
「メア!! そっちいった!!」
「もうっ!!大人しく食べられなさい!!」
予想を確信に変えるべく声を掛けた先、そこには10ペンメートルはあろうかという黒い芋虫を相手にする姉と兄の姿があった。
……うわぁ。そりゃ、メアリーさんも若干素の返事で返すわ。というかそれが君らのご飯?
「ごはん!! ごはん!!」
「ダメよ、ジョニーッ!!」
肉団子で出来た列車のような芋虫を前に果敢にも飛びかかるジョニーに、メアリーが叫ぶ。直後、芋虫の口から吐き出された何かがジョニーの身体に纏わりつく。
「ベタベタ……ベタベターッ!!」
それは糸。しかも粘着性のある糸なのだろう。身動きの取れなくなったジョニーに芋虫は上半身? を持ち上げて――
「【風の一突き(ウインド スナイプ)】ッ!!」
叫びと共に突き出されたメアリーのクチバシが、その先にある芋虫の腹に穴を開けた。"触れる距離"ではないのにも関わらず。
不意の一撃に、芋虫はギュァァァァッ!!っと雄叫びを上げて風穴から体液を吹き出しつつ横向きに倒れる。
……なにあれ。死闘やん。
「ソラッ!! 今は忙しいんだっ!! 後にしてくれっ!!」
「あ、あぁ……悪い」
窮地は脱したのか。先程の自己啓発が効きすぎたのか余裕を取り戻すメアリーの檄に俺は素直に詫びる。
だが、俺は見た。檄を飛ばしたメアリーのひよ面がドヤッとしていたのを。間違いない。決め技が綺麗に入ったのだ。あれなら俺もドヤッたりもするだろう。可愛いひよこだが、今は無性に腹立つわ。
「ほらほら、ソラ。お姉ちゃん達の邪魔しちゃダメよ?」
「……了解」
ママ鳥に叱られて、俺は改めて腹を括る。
とどのつまり、恐らくはこのミミズを倒せば俺は文字通りに強くなれるのだろう。
言い方を変えるなら……"レベルアップ"が出来る。ならば、やらない理由はどこにもない。
「よし、行くぞミミズ野郎!!」
キュィィィィッ!! と天高く吼え、翼をパタパタと雄々しく振るい、俺は自身を鼓舞する!! 今の俺はぁ!!クッソカワイイ系だぜぇぇっ!!
たかがミミズ。されども俺は全力で挑む!! 獅子は鼠を狩るのにも全力なのだっ!! そしていつかはあの芋虫だって狩れるくらいに、強く……
あれ?
心を熱くしてはみたが、ミミズの異変に俺は首を傾げつつ、近寄る。
あれだけ元気だったのに動かないミミズを脚で蹴ってみる。喰らえ、天落双衝ペン脚っ!! ぺたんぺたん。
「…………これは」
「もう死んでるわね」
爪先で持ち上げるとミルキーワームは、くたりと物言わぬ身体となっていた。
…………
勝った……!!
ふぅ、やれやれ手こずったが蓋を開ければこんなもんかな?
「これは、なしよ。もう一回」
「あぁっ!! 酷いよマザー!!」
おつまみ感覚でミミズをひょいと持ち上げてパクり、再び巣からミルキーワームを召喚。ってか今更だけど、なんで鳥の巣からミミズが涌くんですかねぇ?
こうして改めて俺のペン生、初の戦いが始まった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。ペンペン。
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ブクマしてくださるとペンギンとひよこと作者が喜びます。ミルキーワームもびったんびったん喜びます。




