パタつかせて辞退
紆余曲折というには些かお粗末様ながらも、ようやく話し合いに漕ぎ着くことが出来た。
と、痛む脇腹を誤魔化しながら俺はふたりの姿を見つめる。
幸か不幸か、プラヴィの機嫌はあまり変わらないが、当初ほど殺伐とした空気にはなっていない。鎮魂や俺の……治療? に勢いを殺がれた形になったのだろう。
兎にも角にもようやくといった体で始まった話の始まりは、半ば怯えながらもプラヴィへと向くクリムであり――
「ま、まずは……その、何をお話ししたらよいでしょうか?」
あ、馬鹿。と思った直後にプラヴィから圧倒的不機嫌オーラが吹き出すのを幻視した。見知ったばかりの俺ですら高慢ちきなプラヴィが口にするであろう言葉をうっすらながらも予想出来るのに。
「全部に決まってるわ。全部、包み隠さず話しなさい」
「え、と……はい……」
ほら、やっぱり。そもそも質問する方もされる方も不器用かと頭を抱えたくなる。これが王族かと疑いたくなるレベルだ。
プラヴィは短気が過ぎるし、クリムは言わずもがな。いったいどうするべきか……という程、選択肢は多くもない。
「次の魔王になるつもりはないんだな?」
「え? あ、はい。ありません」
「なんでよ!!」
俺からの唐突な質問にクリムは一瞬だけ戸惑うも、ハッキリと答えた。直後、噛みつく勢いで声を荒げるプラヴィにビクつくクリム、話が進まないんで黙って……静聴して頂きたい。
「わ、私なんかが……次の魔王になれる筈、あるわけないんです。御兄、ヴァルタリア様やプラヴィ様の方が相応しい、と……」
「ふん。よく解ってるじゃない」
クリムの答えは満足の出来るものだったようだ。腕を組んで深く頷くプラヴィだが、寄せてもないとは……おっと、何でもない。そして、何にもない。
ひとまず、プラヴィの方での問題は解決したようだ。それならば、あとは俺の質問タイムとさせてもらおう。
「魔王選抜を辞退する事は判った。でも、ここに来たのは魔王選抜が理由だったんじゃなかったのか?」
プラヴィを満足させて安心しているところ悪いが、俺としても訊かずにはいられない質問である。
「……厳密に言えば、魔王選抜が関わっています。その、深くは口外してはいけないのですが、まず候補者は辞退する事が出来ません」
「羽虫……!! さっき辞退するって言ったじゃない!!」
「……プラヴィ様。どうかお怒りを御鎮めください。次期魔王になる為にも」
いい加減に黙れ、という言葉を建て前という極厚のオブラートに包み、食いつきの良さそうな餌をつけてみる。反応は如何に。
「ふん、そうね。私ともあろう者がこの程度で取り乱すなどあってはならない事」
お姫様。バサッと扇で口元を隠そうとしても、目元がひくついておりますぞ。ちょろめんどくさい奴め。
しかし、辞退不可の候補者が辞退する方法、ね。それだけでも色々と見えてきたな。
「プラヴィ様。彼女は魔王選抜を放棄しているという事、御理解頂けましたでしょうか?仮にも時期魔王がそのような嘘をつく必要もありますまい」
「え? えぇ、所詮は羽虫。私がわざわざ手を下す必要もなかったという事ね」
「では、お引き取りを」
ぺこりと頭を軽く下げて告げる言葉は、いとも簡単に静寂を作り上げた。
顔を上げれば、きょとんとした顔のプラヴィリアと目が合う。
「聞こえませんでしたか? 帰れっての」
「ソラ様!?」
「お前……」
「話は終わった。お前がここにいる理由はない。それなら後は? 解るだろ?」
軽く逆なでするだけで簡単に火がつくプラヴィリアの前へ一歩踏み出す。一歩、強く踏み出す。
取り繕う時間は終わりだ。ここからは俺の要件で、俺達の要件だ。
「それと、今回の襲撃の件。我が極樹の領域の一員として如何に相手が王族であるからといって到底看過する事は出来ない。領主から直々に魔王様へと報告、直訴させてもらう」
「私を脅しているの? たかが鳥一匹……鳥よね、貴方? おかしな姿をしているから判断に困るのだけれど。この田舎領域の鳥ならもっと鳥らしい姿をなさい?」
ほう、煽り返す余裕はあるのか。例の禁句以外ではそこまで血が上らないらしい。
「退いて芋虫!! そいつ殺せない!!」
「キシャッ!!」
どこぞの誰かの禁句に触れたらしいけれど、生憎俺はどこ吹く風である。寧ろプラヴィリアの皮肉が事実ならば、ペンギンである自身が希少な生き物という可能性を見いだせたくらいだ。ほら、こう見えて俺は大人だからな。
「御姉、プラヴィ様……!! 他者の外見を貶めるだなんて真似は魔王の王族としてあっては――」
「アマルテア。貴方、誰に指図していて?」
まさかクリムが苦言を口にするとは思わなかったが、今度こそプラヴィの怒りを買う事になった。よく解らんが言いたいことを言えるってのはいいぞクリム。
「わ、私は……」
殺戮マシーンと化した時のような威圧感を放つプラヴィを前に、クリムも怯んでしまったのか、しかし食い下がろうと姿に俺は思わず嬉しいと感じた。
だからなのだろう。怯みながらも立ち向かおうとする気勢を垣間見せるクリムの前に俺は立っていた。そして、目の前で爆発寸前の貧乳姫に強く言い放つ。
「魔王候補風情が随分と偉そうだな。もう魔王気取りか?」
プラヴィリアの鋭い視線に負けない気持ちで睨み返す。猛禽類のそれを思わせる眼は正直言って、既に生きた心地がしない。
「命乞いをしないだけ立派ね。死にたいなら御要望通り――」
「その時はお前だけじゃなく、魔王関係者全ての者にも覚悟を決めてもらう」
「……なにを言うかと思えば結局命乞い?」
嘲笑を扇子で隠すこともしないプラヴィリアへ、俺は同じ笑みを返す。
「俺は魔王軍幹部フェニスの子だ。その意味を理解しているんだろ?」
虎の威を借る狐ならぬ、親の威を借るペンギンだ。格好悪い? 卑怯? 知ったことか、使える物は何でも使う。生憎主人公してやれるほど強くないのだ。
「そんな出鱈目……!!」
プラヴィリアは腹芸が得意ではないようで、痛いほどの威圧感に変化が出た。流石はママ鳥だな。幹部でも持ち前の好き放題さをできるくらいの位置にはいるらしい。
「嘘だと思うならならやってみせろ。お前の短慮で魔王軍はフェニスと、彼女が懇意にしているネージュ様を失う。それどころか魔王軍が誇る空の主要戦力と氷の妖精女王が反旗を翻すだろう。それくらい考えれば解るだろ? 仮にもそれらを統べる魔王になるんだからな」
推測とブラフのオンパレードだが、あながち外れはないはずだ。多分。いや、自信を持っていこう。
事実、プラヴィリアは既に怒りに赤くさせていた表情を白く、そして青くさせている。青信号はゴーサインだ。俺の拳は届かなかったが、言葉……舌戦でボッコボコにしてやる。
「加えて、今回の襲撃。爬虫族に被害が出たな。魔王選抜の候補者たるお前が陣頭指揮した爬虫族だ。みんな死んだぞ? お前が短慮を起こしたせいでな。さっきはどんな死者の声を聞いた?どうする? 既に候補者の評価としてはかなりのマイナスじゃないのか。更にマイナスに突き進むか? 考える時間をくれてやる暇をやれるほど優しくはしないぞ。さぁ、どうする?」
矢継ぎ早に問いを重ねる。前世での嫌な経験がこんな形で活かされるとは、ちなみにされる方だったが。あれほんとやめて欲しい。
「っ……」
俺が一歩踏めば、プラヴィリアが一歩下がる。既に形勢は逆転した。皮肉な事に数歩目で下がった彼女の背にぶつかるのは、大型の爬虫族の亡骸だった。
「わ、私は、私は……それでも!!」
先程までの威勢はどこへやら、その目に零れ落ちそうな涙を溜めるプラヴィの姿は最早迷子の少女のそれだ。
落とし所としてはこんなところか、流石にやり過ぎたかもしれん。恨まれてもアレだしな。
ちょっと大人気ないことをしたと深く息を吐く。そして、今度はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……プラヴィ様。貴女が王を目指すのであれば、考えて欲しい。よく、考えて欲しい。彼等は貴方に付き従ったのです。その遺志を、その意味を。鎮魂を見守る貴女ならば、正しき答えを見つけ出せる筈です。いや、見つけなければならない」
「…………」
揺れる双眸から静かに、涙が零れ落ちる。その瞳に宿っているのは死者に追われる恐怖だろうか、短慮への後悔だろうか。
「御姉様……」
「っ……私は、魔王になるわ。御兄様にも負けない……魔王に」
妹には見られまいと袖で涙を拭い去ると、プラヴィは踵を返す。まったく、決断が早いというのはこの場合、どうなんだろうかね。ゆっくりもして欲しくないんだけどね。
「ソラと言ったわね」
「……うん? あぁ」
俺達に背を向けたまま、プラヴィは俺を呼ぶ。このまま帰ってくれと思ったのは内緒だ。
「戦って散った部下の手前、襲撃に謝罪はしないわ。だから――」
不機嫌そうな顔だけ向けて、彼女は改めて言葉を紡ぐ。
「これは貴方へ、この私、プラヴィ=ルシフルの貸しよ。私が魔王になった暁には精々そのよく回る舌を使ってあげる」
「お、おぅ」
それだけ言いたかったのか。黒いドレスと赤い長髪を揺らしながらプラヴィは森の奥へと消えていった。
なんか、王族に貸しを作れたらしい。場合によっては就職先が決まったと喜ぶべきか、なんだか面倒な事にならなければいいが……




