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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第三章 泣きっ面にペン
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パタつかせてずきんずきん

 


 どれだけの時間が経ったのか。


鎮魂によって降り注ぐ光が止み、微かな燐光(りんこう)も残さぬように溶け消えていく。静謐(せいひつ)しか(ゆる)されぬ厳粛な雰囲気が漂う湖の畔で、彼女はゆっくりと此方へ振り返る。



「お待たせ致しました」



 いつものようにおどおどとした様子はない。今も消えゆく燐光と同じく、いつ消えてもおかしくはない、そんな儚さを今のクリムは宿していた。


 ただ鎮魂は周囲にある遺体が消えるなどという都合の良い仕様ではないらしい、言葉通り魂を鎮めるだけなのだろう。


しかしながらクリムの表情を見る限り……少しは気が晴れた、そんなようにも感じられる。


 俺としては鎮魂とやらが済んだからといって今も遺体がごろごろとしている状況でリラックス出来るかと言えば、正直まだ無理な部分がある。


この世界の弔いの定義は魂がどうあるか、という事に比重が偏っているのだろうか。またその手の知識人、知識鳥がここにいるだろうか。



「あ、あの、ソラ様。怒って、ますか?」


 とと、いかん。思考に没頭し過ぎたようだ。律儀にも俺の視線の高さに顔を合わせるクリムはもう殆どいつもの彼女らしい様子に戻っていた。


「あぁ、気にするな。少し考え事をしていた。状況も終了したし、時間に関しては気にしなくてもいいよ」


「流石は(マスター)。戦闘が終わったからといっても気を抜かず、今後の事を考えるとは……」


「ふん。正直、今後の事なんて考えたくもないんだ」


「おや?(マスター)は否定しないので?」


「忘れてただけだ。(マスター)じゃねぇよ」



 やれやれ、このバカラスは……


この後のことなんて実際何も考えてもいない。と、までは口にしない。この数の遺体処理とか特に考えたくもないし、誰かに任せるつもりだ。



「まぁ、それさておき、だ」


 話題を切り替えるべく声に出して、視線をふたりから離す。少なくとも、ここでハッキリさせないといけない件がある。


 少し前まで暴れていた姿は見る影もない程に大人しい奴、プラヴィを視界に捉えた。今に至っても尚、よくもまぁ何もせずにいたものだと思う。暴れないだけまだマシか。


 同時に、プラヴィがクリムの言葉の真相を余程知りたいのだというのが判る。挙動はさておき、鋭い視線でクリムを睨んでいるのだから――



「羽虫。要件が終わったのなら、早く話しなさいよ」


「も、申し訳ありません」



 ……と、丁度我慢の限界に来ていたようだ。威圧的な雰囲気を全面に出すプラヴィに、やはりというべきか反射的とも呼べる反応でクリムが身を竦ませる。


もしかしなくても再び一触即発な空気である。一方的ではた迷惑この上ない爆発なんだけども。


 こちらが口出ししようものならば、下手をしなくても飛び火させるタイプの人だろうか。戦力差的に俺達が絶望的なのは判っている。ヒメモリ氏に救援要請しておけばよかったかもしれない。


「まったく、煩わせるんじゃないわよ」


「……重ね重ね、申し訳ありません」


「キシッ……!!」


 芋虫のキィルですらふたりの様子に見かねるように憤慨し、詰め寄ろうとするくらいだ。



「止めとけキィル……っぐぉ!!」



 明らかに俺よりも大きなキィルの前進を身体で止めようとするも、思い出したかのように脇腹から痛みが全身に響き渡った。そういえば、プラヴィからキツいの食らってたのを忘れてた。



(マスター)ッ!?」


「キッ……?」



 そして、キィルの前進を止められずに痛みに喘いだ結果。その様子に気が付いたキィルは止まってくれた。これはこれで結果オーライって奴かね。ははっ。



「ソラ様、どうなさいましたか!?」



 訂正。これからプラヴィリアに話を始めようとしたクリムが駆け寄ってきてしまった。クリムの背後から怒気の籠もる視線を頂戴しています。


「いや、別に何も――」


 なので、一刻も早く話を進めるべくクリムを翼で制するより先、不意に小さな悲鳴と共に彼女の身体が横にずれた。


「退きなさい。羽虫」


 そして位置を変えるように姿を現すのは、闇のような黒いドレスを身に纏い、血のような赤き長髪を揺らす悪魔……のような美貌を持つプラヴィであった。眉間に皺を寄せて此方を見下す表情は、誰が見てもご機嫌麗しくない事がハッキリと判る。


(マスター)に何をするつもりだ!!」


「キィッ……!!」


「動くんじゃないわよ」


 不意を打たれたのは俺だけではなかったらしい。動き出すより早く……しかし、ゆっくりと放たれた冷たい声に、カラスさんもキィルもその場に縫いつけられたように動きを止めるより他なかった。


 まだ微かに返り血の残る白い指先が、ゆっくりと俺へと伸びる。



「御姉……プラヴィ様。何を――」


「"妹"なんかに借しを作りたくなんか、ないのよ」



 小さい声。だが、静寂のなかでは確かに響いた声と共に、俺は見た。


恐らく、俺だけが見ただろう。彼女、プラヴィが初めて見せた表情を。


 それも次の一瞬には、しかめ面に変わってしまったが。不思議と俺のなかにある怖いという感情は氷解してしまっていた。



「命を司る炎よ。痛みに喘ぐ迷い子に囁きの標を。【セラピア セルモクラシア】」


 ゆっくりと触れた指先に、患部から伝わる痛みと一緒に感じる確かな熱。それはプラヴィリアの声に応えるように強くなり、熱くなる。


 正直、聞こえた声からこれが治療目的であると判らなければ悲鳴のひとつでもあげるのだが、俺も男だ。泣き言は心中でのみ叫ぼう。ぺーん、熱いよっ、超熱いよっ。



「……ふん、光栄に思いなさい、鳥。この私が直々に治療してあげたのだから。釣り合わないけれど、これで私の(しもべ)達を弔った件の貸し借りは無しよ」


「え、と……ありがとう、ございます……?」


「御姉様……ありがとうございます!!」


「ふん、羽虫が姉などと呼ばないでくれる?」


「も、申し訳ありません。プラヴィ様」


「宜しい。あとは言いたいこと、解るわよね?」



 くるりと身を翻し、扇で口元を隠すプラヴィリアの背を見ながら、俺は治療が終わったらしい脇腹をつついてみた。




 あの、まだ普通に痛いんですけど。



 下手したら、前より痛いんですけど。



 しかし、ようやく進み始める話を前に、俺は涙を飲んで黙る事にした。俺は空気を読めるからな。

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