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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第三章 泣きっ面にペン
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パタつかせてふたりの王女

 


 全員殺戮宣言を実行すべく、少女は行動を開始した。



 唯一の救いは、その動きが目に見える速度である事。


 最大の不幸は、そんな少女を前に俺の身体は(すく)み上がって言うことを聞いてくれない事。



(マスター)、危ないっ!!」



 どん、と身体に走る衝撃。


横倒しになった俺の視界に映る黒い鳥。




 ――カラスさん? そうか、さっきのは分身だったのか。良かっ――




 それが目の前で、破裂音と共に血飛沫に変わる。



「二匹目ぇ……」



 血の色に染まる陶器のように白い足から視線を上げていけば、少女は残虐な笑みを浮かべていた。 



「あ、あぁ……」



 策は尽きた。もうない。


どうしようもない。水辺に逃げるより先に死ぬ。俺も赤く、赤く――


「「(マスター)に触るなぁぁっ!!」」



 少女がその魔手を伸ばすより先、黒い風が少女と俺の間に吹き付けた。



「ふふっ、弱いわ。さん、よん、ごぉ……」



 鳴き声と羽ばたきに混ざって響く嘲笑。全身に黒を纏わせながら、ひとつひとつを丁寧に掴んで"潰す"。


声も無くぼたぼたと手から落ちていく赤黒いカラスさん達の姿に俺は――



「う、ぁぁぁっ!!」



 ただ死にたくなくて、でもその理不尽な状況が悔しくて、馬鹿みたいにガタガタと震える翼で少女の足を叩く。叩く。ひたすらに叩く。



(マスター)っ!! 逃げてっ!!」


「逃げてぇよっ!! 逃げてぇよ俺だって――」


「お前はまだ遊んであげるわ」


 みしり、と腹の底まで突き抜ける衝撃。急に目まぐるしく変わる景色のなかで少女の蹴りを受けたのだと知った。


 これはジョルト師匠と戦った時以来だな。


どこか客観的な思考と共に遅れてやってきた激痛に喘ぎながら俺は再び立ち上がっ――


「ぐぅっ!?」


 鋭い痛みが脇腹に走る。これは、骨でもいったか……骨折は、初めてかな。ははっ。参ったね。


 だけど、御陰様で意識はまだあるし、身体が動く。残念ながら湖とは反対方向に蹴り飛ばされたが……手加減宣言みたいなものといい、キレても冷静さはまだあるか。



(マスター)、撤退出来ますか?」


「逃がしはくれんだろアレは……そっちは、大丈夫か? 分身とは言え結構殺されたみたいだけど……ごめん」



 寄り添うようにふわりと降り立つカラスさんに、俺は聞かずにはいられなかった。謝らずにはいられなかった。きっかけはさておき、俺を命懸けで守ってくれているんだから。


 謝罪の意味が判らなかったのか、一瞬だけ目を丸くするカラスさんだったが、直ぐにその目が笑みに変わる。温かい眼差しはまるでママ鳥のように見えた。



「自ら蒔いた種です。それに、分身の事ならば問題ありませんよ。安い命です」


「そう、か……」


あまりに簡単に告げた言葉はあまりにも悲しくて、それでも否定する程の答えを持っていない自分に腹が立つ。


 今も次々に殺されるカラスさんの分身達、自身への怒りとは別の熱が腹の奥から滲んでいく。



 このままじゃ、終われない。



 勝算なんてない、まず適わない相手だろうに、どうして俺はそう思ったのか。



「っ、(マスター)。報告する事が出来ました」


「……?」



 果たしてどうしたら勝てるか。思考を回し始めようとした俺へカラスさんは少し慌てた様子で声をかける。


まさか増援(マザー)か? それなら――



「アマルテア様達が、湖に到着しました」



 ……は?


 報告の意味が理解出来なかった。俺は撤退の指示を伝えた筈だ。それが、どうして?



「指示は伝えました。ですが、その――」


「指示を聞いていただけなくて……」



 気まずげに降り立つカラスさんの分身。彼女が飛んできた方向を見れば、真っ白で大きな翼を揺らしたクリムがキィルを引き連れてやってきていた。



「ソ、ソラ様ーっ!! 大丈夫ですかーっ!!」


「あの馬鹿……!!」



 何で、何という時に……!!


プラヴィが侵攻してきた理由は恐らくクリムだと思われるのに、それなのに姿を現すとは……



「アマルテアァ、見つけたわよ……!!」



 返り血を全身に浴びて笑む姿はもはや悪鬼のように……


そういえばあの人、魔王の娘って言ってたか。つまり……?



「お、御姉様!? どうしてここに……!?」


 今までカラスさんに集られていたせいで気が付かなかったのか。驚いて足を止める。御姉様……姉さんだったのか。


方や天使なのに、方や悪魔のようである。



「御姉様、どうして――」


「話しかけないで、羽虫」



 先程までの怒りは沈下したのか。しかし、怒りの代わりに絶対的な冷たさを置き換えたような言葉と、決して姉妹に向けるべくもないような眼差しだ。羽虫ってそんな……


 ふんと鼻を鳴らした少女、プラヴィは黒いドレスの胸元から豪奢な扇子を取り出す。その寂しいスペースはどの需要に向けて開けたのか理解に苦しむ……あ、なんでもありません。



「わざわざ私がこんな何もない辺境に来てあげた理由は他でもないわ」



 扇ぐわけでもなく取り出した扇子でクリムをビシッと指すと、頭を隠してビクリと震えるクリム。なんというか虐待された子供の反対みたいで見ていられない。


 対して、クリムの反応に気をよくしたらしいプラヴィは嫌らしい笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。



「魔王選抜から降りなさい。羽虫風情が次の魔王になりたいだなんて反吐が出るわ」



 魔王選抜。


 やはりそれがこの襲撃の理由だった。


 妥当な理由だ。魔王の子が候補に挙がってるという事は、コイツも次の魔王を狙っているのだろう。


 俺の懸念が奇しくもこんな早く発生するとは……


 クリムを見れば、唖然とした表情のまま――



「そ、"そんな事"で、これほど酷いことをしたん……ですか?」



 震える声で真っ直ぐにプラヴィへと視線をぶつけていた。怯むことなく真っ直ぐに。



「そんな事……?」



 怒りの籠められた呟きが、プラヴィから聞こえた。目的を馬鹿にされたと思ったのだろう。次期魔王という肩書きを軽視されたと……



「こんな、沢山の死者を……私なんかを落とす為に……?」



「っ……」



 掠れる涙声にキィルが寄り添うように身を寄せるなか、プラヴィが我に帰ったように周囲を見渡す。



 もう永遠に物言えぬ溺死した爬虫族達の死体、見るも無惨なカラスさん達の死骸、黒い羽根が虚しく風に揺れる中心に全身を返り血の赤に染めて立つ自分の姿がただ、ひとり。



 初めてその事実に気が付いたのか、顔を青ざめさせるプラヴィの揺れる視線がクリムを捉えるより先――



「それに、私は初めから魔王選抜から"降りる"とお伝えしていたのに……!!」



「なん……ですって……」



 悲鳴に似た言葉はプラヴィと俺を驚かせるには、充分過ぎる言葉だった。

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