パタつかせて馬鹿烏
「主、第一陣の駆除を完了致しました事をご報告させていただきます」
「え? あ、うん……お疲れ様、助かったよ。それと主じゃない」
「オツー!!」
遊び……じゃなくて訓練に集中し過ぎたらしい。だけど、これほど直ぐに終わってしまうすとは思わなかった。
流石は一羽だけの暗殺部隊隊長といったところか、暗殺というより隠しようもない虐殺だったけど。
「それで、第二陣の到着はどうなってる?」
予定ではカラスの分身達が観測と誘導をしているが、さらに迎撃も兼任しちゃってる辺り、非常に申し訳なく思う。可能なら次は俺達も手伝えるといいんだが――
「……あっ」
不意に届く声は言語としての機能はなく、しかし不安を発芽させるのにはあまりにも充分だった。
「あっ、て……なに?」
正直、これほど訊きたくない質問もない。幻聴や聞き間違いの類であれと願わずにはいられないが、カラスの目は物の見事に泳いでいた。それは見事なまでにスイッスイである。
「それは……あの……」
「あっ、て……なんなの?」
二度に渡る問いかけには勿論、圧力がかかる。もしかしなくても何かをやらかしたのか。状況が状況なだけに、可能な限り早急な解答が欲しいんだが。
「ふっ……まさか主にも凶報を告げてしまうとは、我が身を呪って……あっ、はい。今判りましたので報告させて頂きます」
コイツぶん殴ってやろうかという所で、恐らく分身からの情報が纏まったらしい。本当に便利だな分身、俺も取れるかな。
「現在、第二陣から第五陣及び本隊と思しき一団がここを包囲しつつあるそうです」
「それはまた随分と急過ぎないか?」
「つい、主を侮辱した屑を駆除する為に斥候の分身まで回したツケというやつですかね」
「…………」
「申し訳ありません。ついカァ、となって……」
あぁ、そうかい。
「しかし、思ったよりも行動が早い。もしや、先程の挑発行為も私の分身を集中させる為に……!? 爬虫族は脳みそが小さいからと侮っていました」
カァ、と感嘆にも似た響きで鳴くカラスに、俺は只々クチバシを開けるのみ。
安い挑発に乗った自分も大概だぞ。
そんな怒号を飛ばさなかっただけでも、まだ俺は冷静でいられるのが不思議なくらいだ。このバカラスの落ち着きっぷりに感化されたのかもだが。
「反省は後に好きなだけしよう。キィルとクリム……アマルテア様は今どの辺りまで来てる? ふたりと敵との遭遇は? 可能なら、極樹に引き返すように伝えられるか?』
矢継ぎ早の問いに、答えて見せろバカラスという意図がないわけでもないが、一刻も早く事態に対処すべく思考を回す。
「幸か不幸か、アマルテア様達はまだ敵と遭遇していません。一時撤退ですね、伝えます。敵総力、間もなく到着です」
「チィッ……まともに対策もさせてくれないか。バ……カラスさん、俺達を運んで飛ぶ事は出来るか?」
「デキルカー?」
周囲の茂みがざわつき始める音を聞きながらも、あれだけの分身が出来るならばと撤退を提案してみる。が、バカラスは首を横へ振る。
「流石に御身を抱えてでは速度が出せません。中長距離魔術の良い的です。囮を飛ばしても奴らの察知能力は厄介ですね」
「…………」
「正直、分身も有限ですのでフェニス様が来るまで時間稼ぎをするのが得策かと」
これは、またしてもピンチというやつか。
湖の外周沿いにずらりと並ぶ蛇や蜥蜴を眺め、その圧倒的な数に思考が緩やかに回転を止めた。所々には武器を持ち、二足歩行している蜥蜴、いわゆるリザードマンの姿も見える。
「ソラ、ナンカ タクサン キタ」
「そうだな……うん?」
並んで尚、攻め入らない違和感を覚えると同時に包囲網の一部がガヤガヤと賑わいを見せ始めた。
丁度、極樹と反対方向。恐らくは本隊か、一際大きな蛇と黒い鎧を纏うリザードマンの部隊を引き連れて――
「降伏するならば、殺しはしないわっ!!」
黒いドレスを着た誰かが、湖の隅々までよく通る声を発した。
「カラスさん。あれは?」
願ってもない降伏勧告だが、素直に聞いてもいいのか。いまいち分かり難いがあれを見て目を丸くするカラスは、その問いに我へと返ったように俺へと顔を向ける。
「魔王様の御息女。絶壁のプラヴィ姫様で御座います」
は? 魔王の娘で……絶壁?
あまりにも想定外の言葉の羅列に俺が首を傾げるのと同時、ずどんと鈍い音が響き渡り――
「総員!! 突撃ぃぃっ!!」
空気が震えると錯覚する雄叫び。次いで今度こそ空気が震える勢いの怒号が全周囲で響き渡った。
「お気をつけください。プラヴィ姫は、肉体的コンプレックスから絶壁やまな板と呼ばれる事を非常に嫌うそうですので、ご注意ください。極めつけに地獄耳です。絶対に口にしないよう……あっ」
「このバカラス……!!」
明らかに引き金引いたのそれじゃねぇか!! というかあの黒ドレスも本当によく聞こえたな!?
ざぶんざぶんと水しぶきを上げながら迫り来る爬虫族達は、最早恐怖しかない。
これまで、か……
残る手段は、もうひとつしかねぇな。
「リオーネ。さっき言ってたヤツだけど……本当に出来る?」
「主?」
伊達に今まで遊んでたわけじゃない。
ただ、確信を得られなかっただけで、生まれて間もない彼女に対する引け目もあったわけで……
「リオーネ ニ マカセテ !!」
頼もしい声で応えてくれる彼女は、滑らかな起動で湖へと潜っていった。
「カラスさんはひとまず敵の魔術だけを気をつけてくれ」
「え? 主はどうなさるおつもりで……」
空を飛ぶカラスさんに俺は思わずして笑いかける。
かすかに、だが確かに変化が起き始めている湖を漂いながら――
「遊ぶんだよ。全力でな」
ここがどこで、俺が誰か、教えてやろうじゃないか。




