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パタつかせてペン生~異世界ペンギンの軌跡~  作者: あげいんすと
第一章 ペン里の道も一歩から
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パタつかせて走馬灯

 


 空を飛ぶ。



 それは古今東西を問わずして、老若男女を問わずして数多の人が1度でも心に描いた夢ではなかろうか。自身も遠い昔に思いを馳せたモノだ。



 視界に広がる青の天空を前にして、そんな苦味を思わせる色を滲ませようというのか。



 それには深い理由があるのである。多分、深いであろう理由が……ふぅ。



「……いいか?何度でも確認するぞ?せーの、って言ったら離すんだぞ?」



 続けよう。


 しかし、等しく誰しもが歳を重ねていくにつれ、空へと伸ばした渇望の手を、現実という地に落ち着けて生きていく。悲しくもあり、それは皮肉にも社会に飛び立つという……



「わかった!!せーの――」


「ハイハイ待て待てぇ!!せーのってお前のタイミングじゃないからね!? お前押すだけじゃん!? 覚悟決めるの俺なんだから俺が言うの!!」


「たい、み……? えっと、おっけー?」


「オッケー。すまない取り乱したようだ。心なしか酷く不安があるけどお前を信じてみよう」



 結局の所、無謀とされたその夢は、とある世界においては切望への努力を止めなかったとある兄弟のお陰で叶えられている。


飛行機という鉄の箱が飛ぶだなんて信じられるだろうか。俺自身、たまに不思議に思う。



 でも、だけど。



 何か、違う。何かが、違う。



「気持ちが昂るのは解るがもっとどっしり構えてはどうだ?あぁ、ちなみに失敗した場合。キミの身体は、今朝食べたモノみたいになるかもしれんから私としては勘弁願いたいんだけどね?」


「すいませんが今更になって覚悟鈍らせるのやめてもらえませんかねぇ!?」


「ねぇ。せーのまだ?」


「もうちょいだから待てっ!!頼むっ!!」



 だって、そうだろう?



 『飛ぶ』ってさ?昔に思った『飛ぶ』ってさ……



「よし、ガッツだ。ファイト、ファイト俺。大丈夫だ、失敗なんてしない」



 空へ至る付け根は見た目から出来損ないの更地。それでも一生懸命作った俺たちの滑走路は頼りなく見える。


それでも今、切り取られたように広がる青へと、俺は飛ぶんだ。



「覚悟完了と見た。では発射5秒前。4、3――」


「カウントダウンやめろやっ!! わかった!! わかったよ!! 行くぞ!!」


「なんだか、あしがつかれてき……あっ」


「あっ」


「はぁ――」



 突如として身体を襲う衝撃。遠いいつかに習った慣性の法則を丁寧になぞって俺の小さな身体の小さな肺は押し潰されそうになる。


 覚悟と一緒に次々に置き去りにされる景色。クィィィッ!! と聞こえる可愛い悲鳴をどこか遠くで聴きながら――



 俺の、視界が、青に染まった。



 不可抗力の発射ながらも姿勢は整っていたらしい。伸ばした両手は今、頼もしいまでに風を切る。"俺の翼"は今、その意味を知った。




 願いが叶った。



 まさに、達成感というに相応しい感覚だ。



[条件をアンロックしました]



 突如として……いや、ある"意味予定通り"に無機質なアナウンスが脳内に響き渡り、達成感は確信へと変わる。



 これで、これから自由に空を飛べ――



[アビリティ【滑空】を取得しました]



 ……かっくう?



[ユニークアクションにより、称号をアンロック【無謀なペンギン】を取得しました]



 轟々と風を切りつつ、クエスチョンマークを頭に浮かべる俺の視線の先で、地面が両手を広げて出迎えていた。



 しかし、心は不思議と静かだ。


 やはり、"一度死んだ"からか。



 少なくとも、今回の走馬灯は短そうだ。



 一度目の人生に比べたら、この人生……ペンギン生、ペン生は余りにも短いんだからさ。



 中身、かなり濃いけど。



 ◇ ◇



「――以上、水鳥(みずとり) (そら)様がこれまで歩まれた人生となります」


 燕尾服(えんびふく)に身を包んだ、いかにもな老紳士は落ち着きのある言葉の結びと共に一冊の本をパタンと閉じる。静寂のなか、寂しげに響いた音が俺の耳に残された。



 あまりに呆気ない音。それはまさに俺の人生と同じようで、だけど涙を流すような悲しみはまだ感じることはなかった。



 あっ、そうなんだ。なんて、まるで他人事のような、反応に困っている状態だ。



 ぽんと浮かぶ悔いはある。親より先に死んだ後悔。職場に残した仕事や引き継ぎ。パソコンや携帯のデータは……まぁ、今更か。



「さて、どうしましょうかね?」


「どうしたいです?」



 俺の問いかけに対して、オウム返しのような言葉の老紳士。しかし、良い声だ。往年の名声優を思わせる渋く、心に響く声だ。よもや中には高名な声優(かみさま)が――



「ほっほっほっ、中に人などおりませぬぞ?」


「ははっ、まさかホンモノの神様仏様の中に違う誰かが入ってるなんて思いませんぜよ」



 よもや思考を読まれている。そんな神様テンプレートとを示されれば疑う余地は、あまりない。もしくは思考回路が恐ろしく趣味の合う御老公というせんは……あっ、ないですか?烏滸(おこ)がましいですか?ふひひすいません。



「ふむ。非常に落ち着かれておりますな。もしかすると死の御経験は……ないようですね」


「まぁ、それは……しかしながら常々思っていたんですけれどもね?きっとわたくしめの前世はきっとモテ過ぎて死ぬほど大変だったんじゃないかって思います」



 なんでかって? 言わせんな。



「空さんの前世は……あぁ、枝豆ですね」


「衝撃の過去っ!?」



 嫌いじゃないけど!! むしろ好きだけど!! 枝豆、かぁ……モテたのかな。枝豆が?豊作だったん?ないわー。



「冗談です。空様でいうところのゴッドジョークでございます」


「……神様、暇なのでしょうか?」


「ほほっ、空様ならば解るでしょう? 忙殺される程の仕事のなか、肩の力を抜ける時間の有り難さを」


「オッケー。来世は神様にしないでください」



 なれるはずもないわけだが親近感を持つなど烏滸がましい存在の目は、悲しい程によく見た目をしていた。


 うん、神様って大変だな。労働基準法ってなさそうだもんね。でもあったところで労働の基準、"基準"って単なる目安で絶対守らないといけない制限じゃないんだよね。あぁ、悲しい悲しい。



「さて、雑談も程々に空様の御希望をこっそりと読ませて頂きましたが、異世界転生……ですか? そちらの方は"今世での条件をアンロック"されておりますので可能となります」


「……条件?」



 然り気無く頭のなかをスキャンされたようだけど……しかし、条件とはなんぞや? 善行と呼べるだけの事をしただろうか。特筆するような出来事のある人生だったか……ないな。目立った悪行もしてないが。そもそも異世界転生願望読まれるってなんて羞恥プレイですかね。



「条件に関しては秘密とさせて頂きます」


「…………」


 完全な拒絶を示されては無為に訊くことも出来ないか。


 ふむ、秘密にしなきゃいけない理由、ねぇ。



「ここで終わる話なら秘密にする意味はないとして……つまり来世にも、そういった条件ってのがあるわけですか。それこそ条件が整えば……アンロックされれば異世界転生だって出来るような……」


「……それは質問でしょうか?」



 あぁ、これは独り言ですよ?秘密の中身は解らないけど、推察くらいなら大丈夫でしょう?


 神様は、俺を見たまま好々爺とした表情で頷いてみせた。いや、顔を上下に動かした。


 さて、考えよう。知能のある生き物、人間。少なくとも俺の生きた国であるなら特に。異世界転生が出来るなら死んでもオッケーな人が少なからずいるだろう。異世界転生とまで行かずとも人生にワンチャンがあるなら、そこにオールインする人は少なくないだろう。


 そこでその条件とやらが何らかの弾みで漏れるのは不味いのだ。忙殺される程の神様のお仕事が増えるのだから。


 あれだ。忙しい時に入る望まれない追加の仕事って、ねぇ? ヤバいよね。ピリピリしてるから尚の事。



「聡明な方で助かります」


「いえいえ、筋を通す人に無礼な事ができますでしょうか?お忙しい所、わざわざお付き合い頂いてるわけですし」


 欲を言えば、この神様が老紳士ではなくテンプレ美少女女神だったらと思わなくもなかったりするんですけどね。あっ、やべ。



「……お望みの美少女女神でなくてすいません」


「ちなみにいるんですか?美少女女神」


「空さんの前の前の方までは……はい」



「筋をっ……!! 通してくれるならっ……!! 大丈夫……ですっ!!」



 正直過ぎる神様は嫌いじゃないけど、残酷過ぎる……!!



「それでは、名残惜しいですが異世界転生の手続きをお願いします」


「はい。賜りました」



 はぁ、見てみたかったな。美少女女神。


 

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