プロローグ
退屈な倫理指導クラスの授業がようやく終わった。
「では、大強制母乳搾取時代(Age of Colostrum Force Exploitation)の人権侵害の具体的事例について、来週の授業までにレポートを提出するように」
善き導き手が言った。
「かったりい・・・」
俺はつぶやく。倫理指導クラスは週の始めと終わりにある。で、今日は週の終わりだから、
「つまり休日潰してレポート書かなきゃいけない、ってことじゃねえか」
憂鬱だ。せっかくの休みに、何が悲しくて倫理のレポートを書かねばならんのだ。
そもそも俺は昔からこの善き導き手というやつらの話が苦手だった。
彼らの話は、明瞭で聞き取りやすくはある。が、情緒にかけるので頭に入ってこない。
情緒というか、人間味というか、無性的なのだ。
独特な倫理的に正しいな言い回しも、理解を妨げる。
しかしこの現代、導き手の下す倫理性評価は絶大な影響力を誇る。
就職するにしても、進学するにしても、倫理性評価が低ければいい所にはいけない。
早めに図書館に行って、このレポートは片づけるべきだろう。
善は急げ、と俺はその足で、大学付属の図書館に赴いた。
図書館につくなり、俺は空いている電子司書を探した。
電子司書の利用は横着だ、学習の定着率が落ちるぞ、なんて言われているが、
資料探しに時間はかけたくなかった。
ぺッパー君なら求める資料を口頭で話すだけ見つけ出してくれるし、なんなら概要を話してもらえる。
お、いたいた。資料整理をしている人型インターフェースのロボットに、俺は声をかけた。
「ヘイ、ペッパー。」
『こんにちは。ご用件をどうぞ』
「ACFEの人権侵害の具体的事例をレポートにまとめてくれ」
『ダメだ。その願いは私の力を超えている…』
なんだそりゃ。誰かが悪戯か何かでコミュニケーションのセットを変更したのか?
普通に話してくれ、と俺は頼む。
「ペッパー、冗談はいい。ええと、つまり、対人コミュニケーションの方法を通常に戻してくれ」
『了解しました。対学生用コミュニケーション基本セットを適用します。
学生のレポートを電子司書が代筆することは認められていません。以上』
「まあ、そうだな。言ってみただけだよ。
じゃあさっき言った具体的事例を、いくつかピックアップして口頭で教えてくれ。
できれば全体の流れも知りたいから……ACFE初期から、順を追って」
『了解しました。音声伝達様式はいかがなさいますか?』
「どんなのがあるんだ?」
『講義フォーマット、昔話フォーマット、ドラマフォーマットや、他には……』
「ああ、いや、講義フォーマット以外ならなんでもいい。適当にえらんでくれ」
『了解しました。それでは、音声伝達を開始します。』