5話 サイガ、イグナと出会う①
遅れて申し訳ない。
大した家ではなかった。階級も男爵。なにかあればすぐ危うくなる台所事情もさることながら、親父が弱かった。いい父だったが、体の弱かった母が死ぬと、愛妻家だった父は仕事もせずに酒で現実逃避というわかりやすい没落のルートをたどり、我がヴィルヘルム家はきちんと潰れた。
だから俺は、今こうして赤ん坊の妹を連れて、スラムで肉体労働の仕事をしながら生活している。今日は工事の現場監督が真面目な人だったから、ピンハネされずに真っ当な給料がもらえた。
上等なミルクでも買ってあげよう。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
バラックで俺を待っていたのは、メイドの中で唯一俺についてきてくれたメトラだ。
妹、サラの子守りをしてくれている。
「今日は稼ぎがましだったから多少はいいものを買ってきたぞ。」
「そんな・・・。私よりご自身のために使ってください、イグナ様。」
「お前にはいくら感謝してもし足りない。ありがとう。」
「そんなこと・・・。私はもともとヴィルヘルム家に拾われた身ですから。他に行く当てもありませんし。」
「新しく来た領主に仕えればまたメイドとして働けただろう?それを捨ててこんなところまでついてきてくれたんだから、感謝するのは当然だ。」
まだなにか言おうとするメトラを制し、袋からミルクとパン、干し肉にサラダを出す。
「さあ、食べよう。」
三人で食事を摂る。俺が買ってきたミルクを飲ませてもらってご機嫌のサラ。黙々と食べる俺。穏やかな時間だ。
ふと、メトラをからかってみたくなった。
「こうして何日も生活していると、俺が父で、メトラが母で、サラが子供の三人家族のように思えてくるなぁ。」
「いえそんな・・・私がイグナ様の妻など恐れ多いです・・・。」
没落した俺を、前と変わらず接してくれるメトラ。
俺にはそれがありがたく、同時にすこし、不満だ。
「・・・じゃあ、本当に家族になってしまおうか。」
つい、口から出てしまったその言葉は、メトラにもしっかりと聞こえていた。
「え・・・?今なんと・・?」
どうする?誤魔化すか、思い切ってはっきりと言ってしまうか。ええい、ままよ!俺は一瞬で決断する。
「・・・お前が好きだ。メトラ。何もないが、愛ならある。俺の妻になってくれ。」
人生初のプロポーズ。表面上は平静を装っているが、内心はいままで経験したことがないほど緊張している。
「そっそんな、身分が違いすぎますわ。」
「没落貴族だぞ。もう身分など意味をなさないだろう?」
「・・・・・・。」
顔を伏せるメトラ。そして訪れる長い沈黙。・・・冷や汗が出てきた。
「・・・時間をいただけますか・・・。」
「・・・分かった。返事はいつでもいい。」
「・・・外に出てきます。」
「あ、あぁ。」
何とも言えない空気から逃げ出すように、メトラはバラックから出て行った。
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あの後、ギルドから事情聴取を受けたが、無罪放免という事になった。
貴族だからではなく、事情を理解してくれたからだと信じたい。
一晩宿に泊まり、翌日は王都観光だ!おっと本音がついルビに。
「さあ、行きましょうサイガ様!」
「ああ。まずは服を見ようか。」
「え?メイド服でいいじゃないですか。」
「ダメだ!シャサはかわいい格好をしなきゃならん!これは命令だ。」
「・・・ありがとうございます、サイガ様。」
並んで歩く俺とシャサ。まだ、手をつなぐには、至らない。
「おお、これはいいな!」
王都で人気の大衆呉服店でシャサが試着したのは、チャイナドレスと普通の町娘のようなワンピース。
「どちらもッ・・・甲乙つけがたいッ・・・。」
かなりグッ、と来た。とても可愛らしい。
まぁ日本人の俺からしたら、普段のメイド服もコスプレみたいなものだけどな。
「そうですか?えへへ、ほめられちゃった。・・・ほめてますよね?」
「もちろんそうですよ!本当にかわいらしいですねぇ・・・。栗色のさらさらストレートヘアーに普通のワンピース、お団子にまとめて中華ドレス、どちらもぴったり似合うなんて、なかなか居ませんよ!」
営業トークの意味合いもあるだろうが、素直に店員に礼を言うシャサ。・・・しかしなぜこの国にチャイナドレスがあるんだ?
その後代金を払い、(結局シャサはメイド服に戻ってしまった。どうにもそこはゆずれないらしい。)
身の上話をしながら王都の様子を聞くなど三人で雑談していると、
「テメェ、どこ見て歩いてんだ!!!!!」
大通りから怒号が聞こえてきた。喧嘩だろうか?
「なにやら危ない感じですね。女の子がガラの悪い男たちに絡まれているようです。」
店員さんも気になるようで、三人で通りをうかがう。野次馬も集まっているようだ。
「え!?サイガ様、助けに行きましょう!」
「・・・うーん、まぁいいよ。」
俺がなぜ気が乗らないのかというと、この程度の騒ぎは王都なのだからよくある事だと思うからだ。資本魔法使い過ぎなきゃいいけど。
************
どうして、こんなことになったのでしょうか。
私、メトラは、イグナシウス・ヴィルヘルム様にお仕えするメイドでした。でした、というのは、ヴィルヘルム男爵家はもう無いからです。
イグナ様の母君がお亡くなりになった事が原因で、当主、イグナ様の父君の生活は荒れました。借金が膨れ上がり、領民の感情は最悪。その憎悪の対象においては、イグナ様も例外ではありませんでした。お家取り潰しを求める声は王の耳にも入り、結局父君は病死。屋敷も領地もすべて取り上げられました。唯一の救いは、借金が残らなかった事でしょうか。
ともかく、ヴィルヘルム男爵領は、王国の直轄地となり、新たに派遣された王族の手に委ねられました。
そこで問題になってくるのは、嫡子だったイグナ様とサラ様です。その王族にとっては目の上のたんこぶでしかありません。事実その王族は能力には優れていましたが、イグナ様とサラ様を疎ましく思っていました。
それを感じ、このままではサラ様の身を守れないと感じたイグナ様は、サラ様を抱いて自ら屋敷を出ていきました。
父君に何度も意見を言うも、全く話を聞いてもらえず、かえって「お前の母親が死んだのは、サラを産んだせいだ!」とサラ様を害そうとする父君を止めようと必死で動かれたイグナ様・・・。
そんな不幸な境遇にも愚痴ひとつこぼさず、黙って屋敷を出て行こうとする姿を見て、居ても立ってもいられず、メイド長に「イグナ様について行きます!」とだけ言って、私は屋敷を飛び出しました。
そうして、今に至るわけですが。
イグナ様にプロポーズされて、気が動転した私は、サラ様を抱いたままふらふらと王都をさまよっていました。ドン!と誰かにぶつかってしまい、やっと気が付きました。
「あっ・・・ごめんなさ「テメェ、どこ見て歩いてんだ!!!!!」ひっ・・・。」
最悪な人にぶつかってしまいました。気が立っているヤクザです。
「ちょっとこっち来い!」
路地裏に連れ込もうと、腕を引っ張ってきます。
「やめてください!」
ヤクザの手を振りほどき、逃げようとしますが、包囲されてしまいました。逃げ場がありません。
こうなったらサラ様だけでも・・・!包囲の外側にちょうど通りかかった荷車にサラ様を乗せようと、突破を試みます。
「この・・・!大人しくしやがれ!」
捕まってしまいますが、腕は使えます!私は手を精一杯伸ばし、荷車にサラ様を乗せようとしました。
届け・・・!
ドゴォ!
「げほッ!?」
業を煮やしたヤクザは、私のお腹を膝蹴りしてきました。激痛で、たまらず腕を引っ込めようとする隙に、サラ様を脇から奪い取られてしまいました。
「げほっげほっ・・・・・ううっ。サッ、サラ様を返しなさい!」
しゃがみこんでお腹をかばい、呼吸を整えつつ叫びます。
「様ぁ?」
しまった、ついいつもの癖で様づけで呼んでしまった・・・!
「みすぼらしい格好だが、もしかして良いトコのガキか?・・・ハハッ。」
なぜだか、鼻で笑う男。嫌な予感がしました。
「俺はなァ、貴族のヤツラが大っ嫌いなんだ、よっと!」
なんと、あろうことかサラ様を他の仲間に投げ渡したのです!
「なッ・・・・!?」
「オラオラ、手がくるって落としちまうかもしれねェぞ?」
「「「「「「「「ギャハハハハハハハ!」」」」」」」」
号泣しているサラ様でキャッチボールし始める男たち。・・・こいつらは、人間じゃない・・・!
「やめて、やめてください!」
必死で止めようとしますが、どうにもなりません。
「やめて・・・やめてください・・・。」
涙で視界がぼやけます。
助けて・・イグナ様・・・!
「これでフィニッシュだぜッ・・!」
男は全力でサラ様を投擲しました。私がどうあがいても、届かない場所まで。
「――――!」
声にならない、叫び。
瞬間。
バシィ!
誰かが横から跳んで、空中でサラ様をキャッチしました。
地面に降り立ったその人は一言、こう言いました。
「・・・覚悟は、できてんだろうな?お前ら。」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
もうちょいスピードあげられるよう頑張ります!