ワイバーン3
「ウォーター!」
ジンが短く詠唱をするのを聞いて、私も慌てて魔力をこめる。
ターメリックの落下していく先に水の塊を出現させる。
ターメリックは最初にジンの創りだした水球に沈み、そこを突き抜けると減速しながら次の私の創りだした水球に突っ込む。
彼の身体が水球の中で一瞬停止する。そこへドラゴンが飛び込んだ。
水球に横から突っ込んだ形のドラゴンは反対側に抜け、次の瞬間にはその背に 乗ったジルベールの腕にターメリックの身体がしっかりと抱きかかえられていた。
「ターメリック…」
狐獣人のジンジャーは力が抜けたようにその場に膝をついた。
ギャッギィィィ!
ひときわ甲高い鳴き声をあげて、ワイバーンも空から降ってくる。
どうやらネリーが仕留めたようだ。
見上げるとドラゴンの背の彼女は愛用の剣を振りぬいた形のままだった。
翼を傷つけられたのだろう、きりもみしながら落ちるワイバーンの下には水球はない。
ズシャッ!
ワイバーンが地面に激突した直後、ザァァァァ!っと水の粒が落ちてきた。
先程、ジンと私が創りだした水球が割れたのだ。
地面に激突したことでワイバーンは絶命し、ビクビクと痙攣している。
ジンは魔力を使い過ぎたとみえて膝をついており、見れば他の冒険者達も座り込んだり大の字になって横になったりしている。
「はぁ、終わった」
『ラフポーチャ』のマリアが座り込むと盛大なため息をついて、リーダーっぽい人から
「お疲れ」と声をかけられ、頭をポンポンされているのが見えた。
「こいつも雄だ」
闘いの終わった野営地後を歩きながら仕留められた何頭かを検分しつつニコルが考え深げにつぶやく。
『ケモミズ』のメンバーがこう言っていたからだ。
「ワイバーンが襲ってくる前に誰かが『竜麝香』を炊いたんだ。違いねぇ」
『竜麝香』とはワイバーンの営巣地などにある糞を集めてきて乾燥させ他の薬草などとまぜたりして作る、要はワイバーン用のフェロモン剤であり、この臭いを嗅いだ雄のワイバーンは繁殖欲求が刺激され誘因される事になる。
竜とついているが、あくまで誘因されるのはワイバーンだけだ。
「ここにワイバーンが襲来するように仕掛けたバカがいるって事だね」
ネリーが気難しい顔をして頷いた。
休んでいるターメリックと『赤の牙』以外の冒険者達は寄ってたかってワイバーンを解体している。
騎士団の方がワイバーンにめちゃくちゃにされた野営地の片づけと怪我人の手当に追われている事に比べると逞しいものだ。
みるみるワイバーンは翼を削ぎ取られ、首を落とされ、トルソのような姿にされていく。
綺麗に部位ごとにまとめられたワイバーンは次々と冒険者達の収納袋に納められていく。
「おーい『赤の牙』の。そっちの取り分はこれだ。しまっておいてくれ」
言われて、ピールが取りに行く。
まるで釣りすぎた魚のおすそわけをされているような光景だが、今回の獲物はワイバーンだ。
冒険者達の表情はホクホク顔だ。
「とりあえずワームを出して朝食にしましょう」
先日しとめたワームだが、焼くと甘くてエビのような味わいらしい。
おまけに滋養まであるらしい。
ワームを焼くと聞いて、冒険者達は嬉々として焚火の用意をしはじめる。
ガスパも収納袋より焼き網などのバーベキュー用具を取り出すと準備をはじめた。
「ワイバーンに襲われたのが『竜麝香』のせいなら、匂いのしない今なら安心ですからね。」
止めようとした騎士達を押さえてニコルも準備に加わる。
やがていい塩梅に焼けたワーム達は切り分けられ、冒険者達の腹の中におさまった。
途中であまりにも気の毒になったのでワームの肉は騎士達にもふるまわれた。
私も食べたが、ぷりぷりとした肉は甘くて本当に焼いたエビのような味がした。
九死に一生を得たターメリックも仲間と一緒に美味しそうにワーム肉を頬張っている。
そこへ魔術師隊のクリストフの部下、エリアスがやってきた。
「話がある」
「来ると思っていたよ」
きびしい表情で立ち上がったのはニコルだった。




