仮面の冒険者
「血が必要ですので、この針で指先を少し傷つけてください」
受付嬢に促され、仮面の人物は手袋を脱ぐと自らの指を傷つけカードにその血を一滴落とす。
白く小さくすべらかな手だった。
その指に再び赤い血液の球が膨らんでくるのを見て、サムは何だか落ち着かないような気分になった。
かすかな血臭がサムの鼻に届く。
〝フロル″と呼ばれた冒険者は、血の滲んだ指を口元にもっていきその血を舐めとった。
それから新たに血がにじんでこないのを確認すると再び手袋をはめる。
思わず凝視してしまったサムの視線に彼は気が付くといぶかしげな視線をさらりと寄越した。
いちいち何か婀娜っぽい仕草のやつだ。
フロルという冒険者のカードは、血が滴って落ちた瞬間に光ると共に魔法陣が浮かびあがり、そして唐突に姿を消していた。
何度見ても不思議な光景だが、あれが個人を識別したりレベルや他の情報を管理するギルドカードになる。
登録者が意識する事によって出現させたり消したりできるらしい。
便利だが、個人識別タグや首に下げるペンダント式の物に比べ割高で登録時に余分にお金がかかる。
やっぱりお金持ちのボンボンか。
サムの興味は仮面の人物から急速に失われていく。
サムの目の前にあるトレイの上のそれも、知り合いの冒険者のものだった。
もっといえば同郷の幼馴染の物だ。
一緒にここで冒険者登録をした時のことが思い出される。
温い水が、頬を伝ってサムは自分で驚いた。
泣いたつもりはなかった。悲しんだつもりも。
もう戻ってこないと思っていた自分の剣が戻ってきた。
喜びはなく、ほろ苦い思いが胸中を埋め尽くす。
辛うじて、人知れずこぼれてしまった涙を指で拭うと、受付嬢に礼を言い、カウンターから離れた。
これ以上平静を装うのはサムには無理だった。
「もうすぐ、ギルドマスターも二階から降りてきますけど」
受付嬢に手をあげるとサムは顔を見られないように俯いたままギルドを出ていった。
「『見つけてくれた人にお礼を言いたい』って言っていたのに」
その後ろ姿をながめつつ、ギルドの受付嬢はぼんやりとそう言った。




