サムの事情
…何時まで待たせる気だ。
ハイグリーンの冒険者ギルドで、サムはイライラしていた。
もう昼も幾分か回った頃合で腹も減っているし、仕事帰りのため、汗まみれで気分も悪い。
仲間達は彼を置いて先に帰ってしまい、今頃は着替えも済ませて一杯始めている頃であろう。
首を回したり、肩を回したりしてイライラを誤魔化す。
ギルドでキレてやらかして出入り禁止とか一気に生活困窮状態に直結だ。
早朝はごった返すギルドだが、今はチラホラとしか冒険者の姿がない。
ふと見ると依頼票の貼られているボードの前にひとりの冒険者が立っているのが見えた。
今から依頼を受けるのか?
随分と華奢というかひょろっとした奴だった。身長も冒険者としては小柄だしウエイトも軽そうだ。
銀色の髪をうしろで一括りに縛ってマントの背中に垂らしており、装備はピカピカで新品のようだ。
新人なのか?
腰には剣を佩いているようだが本当に扱えるのか?
…見かけねぇ奴だな
まだ若そうだ、俺より少し年下位か?
俺がじろじろ見ていると視線を感じたのか、奴もこちらをチラっと確認するかのように視線をよこした。
奴は仮面をしていた。
目のあたりから鼻のあたりまで、顔の半面を隠すような仮面だ。
だが、それより目を惹くのはその色っぽい唇か。
ややぽってり目のそれは扇情的で妙な気分にさせる。
マスクに隠された顔の上範囲がどんなだかわからないが、目の配置からいって顔立ちも整っているだろうと推測できる。
いいとこのお坊ちゃんがお忍びで小遣い稼ぎか?
冒険者には訳有りも結構いる。基本詮索しないのが暗黙の了解だ。
自分が冒険者になった時には「歓迎」という名の指導があったが今のご時世、戦争で傭兵稼業に転身する者もいてそういった荒っぽい連中の姿を見る事も稀になった。
あんな仮面、目立つだろうに
サムは胡乱気な視線をその冒険者に送る。
「お待たせしました」
カウンターの受付嬢に呼ばれ、サムはその新人冒険者から視線を外すと呼ばれた窓口に立った。
「ご確認を」
そうして受付嬢から渡されたのは、平凡な大きさのひと振りの剣だった。
「間違いありません。俺の剣だ」
黒の飾り紐、蔦の絡まる図柄の飾り金、柄の部分に彫り込まれたのはに碧に彩色された楢の葉とその艶やかな茶色の実、そして一頭の金色の狼がまるで遠吠えをしているような姿で彫り込まれている。
それはサムの旅立ちの朝に、父から贈られた剣だった。
「一体どこに?」
「ハイグリーンの南東にあるダンジョンのひとつに落ちていたそうですわ」
「他には?」
「近くには冒険者の方のご遺品が何点か」
「見せてもらっても?」
「かまいませんわ。…こちらです。」
小さなトレイに乗せられていたのは、冒険者を識別するタグと小さなペンダント。
サムは予想が当たって、小さなため息をついた。
「お知り合いでしたか?」
「ええ、まぁ。今のパーティより二つ前の…知り合いの者です」
「お悔みを申し上げます」
サムはただ頷いた。だが、その瞳は何でもない事を装ったサムの様子を裏切って哀しみが宿る。
「どういたしますか?」
受付嬢は、わざと事務的に対応する事に決めたようだった。
こちらは口調とは反対にサムに対して同情するような表情を浮かべていた。
「盗難届けを取り消す。あと、見つけてくれた人にお礼を言いたい」
「では新たに紛失届と紛失物受理の届を書いて下さい。その人達は今ギルドマスターと上で話をしていますから。もう少しお待ちになれば会えますよ。」
言われるまま書類にサインをして、それらの手続きが終わるのを待つ。
奥から受付嬢がもう一人出てきてカウンターの内側の席に座った。
手にはカードを持っている。
「ではフロル様、登録いたしますので、どうぞ」
ギルド内に向かって呼びかければ、先程の仮面の人物がサムの隣のカウンターへ歩み寄って来た。




