チャラ騎士VS熱血剣士
「すまないな。俺を庇って、毒の武器を受けたんだってな」
アマゾン領主の好意によって用意された部屋で横になっていたジェイ・パットンは、見舞いにきた、かつての学園での友人であったフリードから声をかけられ、窓の外に向けていた視線を病室の出入り口に戻した。
「全く、君もクリストフも油断しすぎだよ」
かつて同じ女性を好きになり、ライバル同士だった二人だ。
そこに流れる空気は親しげなものだけではない。
ジェイは、腹筋だけでベットから身体を起こした。
「君だって、ああいう場面なら騎士として当然助けに入るだろう?」
「…ジェイ、利き腕を…」
フリードはジェイの利き腕に巻かれている白い包帯を痛ましげに見た。
「ああ、これ? いざって時のために利き腕じゃない方も鍛えているけど、『最強』の称号は返上しなくちゃならないかもな」
ジェイがその称号を得るためにどんな努力を己に課していたか、騎士団にいるものなら知っている者も多い。
そんなにあっさり返上とか言えるものなのだろうか。
フリードの視線は、その包帯の巻かれた腕に自然と固定されてしまう・
「以前は、いつも誰かと自分を比較していて自分に自信がなかったからね。
もし昔のままの自分だったら、この怪我に平静でいれたかどうか。」
フリードは困惑していた。てっきりあの時の事を「君のせいで」と責められるかも知れないと覚悟して来たのだ。
「ララリィは平気そう? 襲撃の最初の方で君が庇って押し倒していたけど」
「ああ、少し膝を擦りむいた程度だそうだよ。」
「…生足の女性冒険者なんて、めったにいないと思うんだけど、誰も止めなかったのかな」
「町歩きが目的だからね」
「それでもだよ。浮かれすぎだ。自分の立場を分かってほしいね」
こういう厳しい意見を言う男だとは思わなかった。
フリードは僅かに目を瞠った。
「別に浮かれていたわけでは…」
フリードの抗弁は口の中で小さくなっていく。
たしかに、愛しい人との外出に浮かれて地に足がついていなかった事を思い出したのだ。
「君、ちゃんと感じられているかい? 僕らの行動はいくつもの目に監視されて、測られているんだって事をさ。僕達の行動のひとつひとつに『やっぱり』ってレッテルを貼られて白い目で見られていることを自覚しているかい?」
ジェイはフリードをじっと見つめた。
言い過ぎだと言いたかったが、フリードはその言葉を飲みこんだ。
たしかにアマゾン領を出発した時も民衆の熱は低く、どちらかと言えば白けたもののように感じていたのだ。
「ララリィは君に、なんて言ってくれるの?」
ジェイの突然の話題の転換に、フリードは怪訝な表情を浮かべた。
何が言いたいのか飲みこめないのだ。
しかし、フリードが理解しようとしまいとジェイには関係ないようだった。
「僕にはね、『ジェイなら出来るわ。きっと出来る。信じてる』だったかな。
アドニスは『私ならわかるわ。他の誰に理解されなくても、私はわかってあげられる』だったらしいよ。
フィリペのは聞いてないけど、ライオネルのなら想像つくかな『大丈夫、私がいるわ。今は誰もあなたの本当の姿をわかっていないけど、いつか皆がわかる時がくるわ』あたりかな」
怪我をしていない手で首の後ろを掻くと、ジェイは疲れたような笑いを浮かべた。
「僕が言うと変だよね? 何をわかったような口を叩いているんだって怒られそうだ。第一『本当の姿』って何?ってところだよね。今の姿は借り物なのかって問い詰められそう。」
フリードの心にさざなみが起きる。
さっぱり要領を得ない表現だが、今、ジェイはフリードに何か大切な事を伝えようとしているようだ。
フリードは揺れる心のまま、自身の心の声も出せず、騎士の仲間であるジェイを黙って見つめていた。
「フリード、君が剣を捧げているのは何に対して?」
静かにジェイに問われ、フリードは何故かドキリとした。
たしかに騎士になる時に、宣誓したはずなのだ。
『我が身、我が剣は親愛なる国王陛下と母なる国のために捧げる』と。
― だがジェイが今問いかけているのは、それとは違う事ではないか。
さすがにフリードにもその事は理解できた。
「…僕はね、フリード。石を投げられた事があるよ。4~5歳くらいの子どもにさ。『親を返せって』」
「……」
「アレクの国、ホワイトランドとの戦争の後だったよ。
僕達がもう少ししっかり自分達の立ち位置を自覚して考える事が出来ていたら、あの子の親が戦地へ借りだされて死ぬことも、『魔の森の氾濫』にも、きちんと対応出来たんじゃないかな。」
「……」
「今や僕達が、守るべき国の人々から、髪の一筋程も信用されていない事に気がついているかい? 今回の遠征も含めてね。
僕達騎士の剣はこの国に捧げられた物なのに、それを信じてもらえないなんて、身からでた錆とは言え、寂しい限りだよね」
ジェイは窓の外を再び見た。
フリードも釣られて外を見る。
そこには、セオドアに傅かれ、ライオネル王子に手をとられ、多くの騎士に囲まれて困っている風にも喜びを隠せないでいるようにも見えるララリィの姿が見えた。




